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ぷれしす  作者: みずきなな
ココロもカラダもそして俺たちも
124/173

124 親友

 特別実験室の空気が普通とまったく違っていた。

 教室の中では普段はいるはずのない男子が苦笑しながら両手を挙げていた。

 その男子の名前は『桜井正雄』俺の友達だ。

 そして、正雄をニヤリと微笑みながら見ているマッドサイエンティストがいた。

『野木一郎』俺の変態だ。いや、ごめん、俺の学校の先生だ。いや、学校の先生のふりをしている魔法使いだ。でも変態だ。


「悟君、そういう事らしいよ? 桜井君は君の大事な妹さんが気になっているらしい」


 野木は気持ち悪い笑みのまま俺に視線を移動した。

 視線が合った瞬間、背筋がゾクッとした。

 やばい犯される。そんな視線に感じた。けど、こいつ女なんだよな。って、違う、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 俺は視線を正雄に移す。

 しかし、マジで正雄が綾香の事を気に掛けていたなんてな……。


「正雄、もしさ……もし綾香がお前が好きだって言ったら……付き合う気はあるのか?」


 ついそんな事を聞いてしまった。すると正雄は、


「ああ、もしそんな事があれば俺はそれでもいいって思ってる」


 なんてハッキリ言いやがった。言いやがった後にいきなり正雄の顔色がいきなり変わった。


「おい、ちょっと確認していいか?」

「なんだよ?」

「お前、本当に悟なんだよな?」


 眉間にシワを寄せて正雄は俺をじっと見ている。

 今更疑う? いや確かに、もし俺が本当の綾香だったらこれって告白になるけどさ。でも今更すぎないか?


「さっきの状況を見て疑う余地があるのか?」

「だからこそ疑うんだよ。姫宮妹が悟に化けててその魔法が解けた可能性だってあるからな」


 なるほど、それは確かに……。だけど俺は正真正銘の本物の姫宮悟だ。


「正雄、安心しろ。俺はマジで悟だよ。お前と一緒に空手教室に通っていた悟だ」

「嘘じゃないよな?」

「何だよ? まだ疑うのか? なんならお前の部屋にあるエロ本のタイトルをいくつか言い当ててやろうか?」

「……そういう台詞を野木先生に言わされてとかないよな?」


 ここに来てからいきなり疑い深くなりやがったな。仕方ない……。


「じゃあ……まず中学校三年の時にお前が気に入っていた『セクシーボディ おっp「ストオオオオプ!」』」


 俺の口が逞しい手のひらで塞がれた。


「ま、待て! わかった! お前が悟だって理解した。いくらなんでも俺の家のエロ本のタイトルまで知ってるはずないしな」


 少し焦りながら正雄はそう言うと大きく息を吐いた。っていうか、苦しい!


「んごんご!」

「あ、すまん!」


 正雄は俺が苦しそうにしていたのを見てやっと手を放しやがった。


「はぁはぁ……だ、大丈夫だって。お前を俺が騙すはずないだろ」

「……さんざん今まで騙してただろ」


 ここは冷静に突っ込まれた。

 そうか、その通りだった。ごめん。


「桜井君、僕が今そのにいる綾香君が悟君だと保証する」

「保証ですか……で、先生に確認したいのですが」

「なんだい?」

「先生はいったい何者なんですか?」


 おっと、ここで正雄が核心に迫ってきた? 野木の正体を知りたいと思っている?


「さっきも言っただろう? 僕は魔法使いだよ」


 一瞬だけ眉を動かした正雄。しかし、それほど過剰な反応はしてない。


「それは本当なんですよね?」

「僕は嘘はつかないよ。ついても意味がないからね」

「なるほど……まぁ、今ここで起こっている事を考えれば野木先生が魔法使いだと言うのは本当なんでしょうね。ですが、何で姫宮妹の失踪事件になぜ魔法世界が関わっているんですか?」


 そうだ、なんで魔法世界が人間世界の事故に関わっているんだ?


「すまないが、そこまでは調べがついていないんだ」

「……本当にですか?」

「ああ、本当に調べがついていない。魔法世界が関与していたとわかったのもつい先日だからね」

「そうですか」

「だけど、姫宮綾香が魔法世界で発見されたのは事実だ。これは確実に魔法世界が人間世界に関わってしまった事を現している。そして、今までこの事がおおやけになっていなかった。これは魔法世界の誰かがこの事故を隠蔽した事になる」

「なるほど……複雑な話ですね」

「ああ、だからこそ君たちにはこの事件については深入りはして欲しくない」

「……わかりました」


 正雄は小さくうなずいた。

 だけど、だけど俺は納得できない。

 なんで綾香が魔法世界の事件に関わってしまったのか知りたい。いや、俺には知る権利があると思う。


「野木、俺は納得してないぞ? 綾香がどういう経緯でこういう事態に巻き込まれたのか、ちゃんと説明してくれ」


 野木は腰に手を当てて俺をじっと見た。その目に俺がすごい威圧感を感じる。


「そ、そんな目で見ても俺は納得しないからな!」


 俺はそう言い切ってからごくりと唾を飲み込んだ。

 すると、威圧感のあった野木の目がいきなり柔らかい視線に戻った。


「大丈夫だよ。原因がわかったら君には教えよう。確かに君には知る権利があるからね」

「そ、そうだろ?」


 正雄は俺と野木を交互に見る首をひねる。


「……悟が姫宮綾香の代わりに生活している理由……んっ?」


 納得のゆかない表情の正雄。

 さっきの話で俺が綾香のかわりになっている理由に疑問がわいたのかもしれないな。

 だけど、正雄はそのまま野木に質問をする事もなく、自分の心に気持ちを押し込んでしまったようだ。

 ことあと正雄は何も勘ぐってはこなかった。しかし、


「姫宮妹はいつこの世界に戻ってくるのですか?」


 正雄は綾香がいつ戻るのかと野木に質問をした。

 俺はここでハッとした。そうだ、それってすっげー重要じゃないか。

 ついつい自分のピンチで頭がいっぱいになって綾香が戻ってくる日とか聞いてなかった。


「そうだよ、綾香はいつこの世界に戻ってくるんだよ?」


 戻る日程によってはこれからのスケジュールとか考えないといけない。

 綾香が戻れば俺は綾香の姿でいるのはおかしい。

 そうなれば魔法で元の姿に戻る必要がある。いや、でも魔法力って貯まってないよな?

 その場合はどうすればいいんだ? 俺が学校に行くのをやめて綾香に行かせれば?

 その前に綾香に今までの経緯を話す必要もある。

 そうだよ、綾香が戻るなら色々と考える事がいっぱいじゃないか。


「教えろよ。俺だっていろいろやんなきゃダメな事がでるんだろ?」


 野木は少し表情をゆがめた。なぜ?

 その表情を見て胸がキュっと締め付けられた。何か悪い予感がする。


「来週には……戻ってくるだろう……」

「来週ですか?」


 正雄の問いに「その予定だ」と答えると野木は自分の机に腰を落とした。


「じゃあ、姫宮妹がこの世界に戻ってくれば悟は元の姿に戻れるんですね」


 正雄はそれが普通だと思って質問している。俺だってそうだといいと思っている。しかし、


「それはない」


 ここだけは即答しやがった。

 そうか、やっぱり戻れないか。


「まぁそうだろうな。でも、俺は綾香が戻ってきてどうすればいいんだ?」

「君は当分の間はその姿だ」

「魔法力が貯まるまでだよな?」


 返事が返ってこなかった。なぜ?

 俺の脳内に疑問符が大量に発生した。

 意味がわからない。なんで返事しない?


「野木?」

「なんだい」

「俺は元に戻れるんだよな?」

「ああ、そのうちな」

「そのうちっていつだよ?」

「そうだな……色々と解決してからだ」

「色々?」


 なにか野木に言葉を濁されている。喉になにかひっかかったような言い方をされている。

 なんだこの反応は?


「ともあれ、君が戻るには絵理沙の魔法が必要だ。まだ絵理沙は魔法力が回復しきっていない。だからいくら綾香君が見つかろうが君は元には戻れないんだよ」

「ま、まぁそうだよな」

「絵理沙の魔法?」


 正雄は怪訝な表情で野木を睨む。


「桜井君にはまだ話していないね。そうだよ、今の悟君は僕の妹の魔法でしか元には戻れないんだ」

「……妹?」

「そうだ『野木絵理沙』君も名前くらいは知っているだろう?」

「……一年の?」

「そうだ」

「先生の妹だったんですか?」

「ああ」


 じっと俺を見る正雄。


「そ、そうなんだよ。俺はなんかすっげー高度な魔法でしか元に戻れないらしいんだ。だから多分だけどあと半年はこのままだと思う」


 そうだよな? 野木? 俺は半年くらいで戻れるんだよな?


「……じゃあ、お前は俺と一緒に卒業できないって言うのか?」

「そ、卒業!?」


『卒業』その言葉を聞いて俺は自分が三年だったと思い出す。

 でも、俺は二学期の最初から休学になっているはず。だから、出席日数も足りずに留年が確定してしまうはずだ。

 そう、俺はどうせ正雄とは一緒には卒業できない。


「正雄、それはもう多分無理だよ」

「無理って? おい」


 心配そうに俺を見る正雄。マジでこいつ良い奴だな。



「俺は大丈夫だ。高校を留年したって大丈夫だよ。別に俺は目指してるものがあった訳じゃないし、お前と一緒に卒業できないのは悲しいけど、だけど俺はいいんだ」

「……ふぅ」


 正雄は小さくため息をついた。


「桜井君」


 そんな正雄を見ていた野木が険しい表情で立ち上がる。

 正雄も野木の声に反応してすぐに野木の方を向いた。


「君にお願いがあるんだが……」

「お願いですか?」

「ああ、悟君の事だよ……」



 ☆★☆★☆★☆★☆



「お前がまさか悟だとは思わなかったよ……」


 学校から出た帰り道、俺と正雄は自転車を押しながら田んぼ道を歩いている。

 すっかり日も沈み、吹き抜ける風が俺の体温をガリガリ削り取ってゆく。

 寒い、もうすっかり冬だなこれ。


「そうだろ? って寒っ……」


 俺が身を震わせると、正雄はマジマジと俺の姿を見た。


「しかし、マジでその格好は寒そうだな」


 何気に正雄が俺の太もも付近を凝視しているじゃないか。


「ど、どこ見てんだよ!」

「どこって? 脚?」


 照れる様子もなく正雄は言い切る。

 確かにその通りです。


「なんだよ? 俺がお前の脚を見ちゃダメなのか?」

「いや、ダメじゃないけど」

「だよな? 別にお前を押し倒してる訳じゃないんだからな」


 押し倒されたら一大事だよ!


「しかし、女って寒そうだよなぁ」


 俺はスカートをぎゅっと押さえた。


「そ、そうなんだよ。このスカートっていう装備の防御力は最低だよ。最近はタイツを履く事を覚えたから防御力が多少はあがってるんだけど」

「タイツ? 素足じゃないか」


 そう今日の俺は素足だった。だって伝線したんだもん!


「い、いいだろ? 色々あったんだよ!」

「いろいろ? 大二郎に襲われた?」

「襲われてないし!」

「じゃあ……野木先生に押し倒された?」

「な、なんだそれ!?」


 正雄はケタケタと声を出して笑いやがった。なんかムカツク!


「しかし細いよな?」

「はいっ!? な、何がだよ」

「お前の脚だよ」

「俺の脚だと? 馬鹿か、俺は綾香まんまなんだぞ? だから足が細くって可愛いのは当たり前だろ?」

「俺、可愛いなんて言ってないぞ?」


 かーっと顔が熱くなった。


「綾香は可愛いだろうが! だからお前も綾香が気になってるんだろ!」


 攻撃的に言ってみたが、正雄はきょとんとしている。


「なんで怒ってるんだよ?」

「お、怒ってない!」

「お前、あれだな」

「あれって何だよ?」

「ツンデレみたいだな」


 そう言って笑う正雄。

 俺はまたしても顔がすっげー熱くなった。

 お、俺がツンデレ? 俺は男だし! 男だし!


「そういう台詞は女に言え!」

「お前、今は女だろ」


 色々もうダメだぁぁぁ!

 完全に俺のペースは正雄に握られているだろこれ。


「お、女だけど……」

「でもさ」

「な、なんだよ」

「お前の反応ってマジですっげー可愛いんだな?」


 ドカーン! と何かが爆発した気がした。


「お、おれかわひくないひ!」


 すっげーぼろくそに噛んだ。

 正雄は楽しそうに笑顔をつくっていた。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 綾香になって正雄の横に並んで気がついたけど、正雄ってこんなに高かったんだな。

 今の俺からだと見上げる程に高い。

 それに、こいつってハンサムだし、ガタイもいいし、女にもてる理由がわかる。

 もし……あの腕でぎゅっとされるとどんな気分なんだろうな。

 ……ちょっと頼んでみようかな……って!? おい! 俺ダメだろおおおおおお!


「悟? 顔が真っ赤だぞ? どうした?」

「な、なんでもない!」

「えっと……マジでなんでもないのか? 何があったなら言えよ」

「言えるか!」

「……何かあったんだな?」


 誘導尋問にひっかかったぁぁ!


「俺を見てエロい事でも考えてたのか?」

「エ、エロい事? なんで俺がお前を見てエロい事を考えるんだよ! 俺はちょっとお前の逞しい腕に抱かれるとどんな気分なんだろうって考えて……」


 ギュ……。


「はへ?」

「してみた」

「はへぇぇ!?」

「どうだ? ぎゅっとされた感想は?」


 いや、えっと? だ、大二郎とは違った感覚で、違う臭いで……って違うぅぅぅ!


「はなせぇぇぇ!」


 混乱する俺を横目に、腹を抱えて笑う正雄。

 マジで俺をからかいやがって!

 でも、でも……。


「ぷっ……あははは!」

「なんだよ? あははは…… 何がおかしいんだよ? あははは!」


 思わず俺も笑ってしまった。


「お前の……反応だろうがっ! あははははは!」


 楽しい。マジで楽しい。

 正雄、マジで一緒だと楽しい。

 そして良かった。マジでよかった。

 正雄にばれた時にはもうダメかと思ったけど、でも今となっては結果オーライだったと思う。

 正雄が俺が悟だって知ってくれてよかったと思う……。


「ありがとう、正雄」


 そう言って俺は自転車に跨がった。


「んっ? な、なんだよ?」

「ううん、なんでもない!」


 振り返りながらそう叫ぶ。


「お、おい! 悟!? いきなり帰るのかよ!?」

「そう! じゃあ、また明日な!」


 俺は手を振りながら全力でその場をあとにした。

 そして俺は不思議な気持ちになった。

 綾香になってからこんな気持ちになるのは初めてかもしれない。


【なんだろう? 心がすっごく暖かい】

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