012 予期せぬ出会い 後編
大二郎を目の前にして見ると、まるで大男に見える。
身長にして三十九センチの差。数字だけだと解らないが、凄まじい体格差だ。
俺は唾を飲み込んで心の中で構えた。
「ちびとか、小学生とか…酷い言い方するんじゃねぇよ」
「見たまんまだろうが! このちび! 小学生!」
「ど…どこが小学生だ! どう見ても違うだろ!」
「何を言ってるんだお前? 見たまんまだろ? いや、小学生でも低学年だったか?」
そう言うと、大二郎は「ふんっ」っと鼻で笑った。
かーっと血が頭に上るのが解る。頭に血が上るってこういう事なんだな。
しかし、久々に超絶むかついた。そしてすっげー頭が顔が熱いぞ。
「大二郎。お前はもう少しまともな男だって思ってたよ」
「何だ? 俺はお前の事なんてしらねぇし、俺の何がお前に解るんだよ!」
「お前の事? わかんねぇよ? 俺はお前じゃないからな」
「だったら黙れ! このガキ!」
大二郎は真っ赤な顔で俺に向かって右足で前蹴り放った。
こいつ、俺が素人だと思ってるな。それが命取りなんだよ! 俺はお前よりも空手がうまい!
「お前の攻撃、単調すぎだ!」
この蹴りは単調で甘い攻撃すぎる。
だいたい制止状態からの前蹴りなんて、攻撃を予測していた俺に対して通用すると思ってるのか?
しかし、大二郎は素人じゃない。凄まじいスピードで俺の目の前にまで大二郎の右脚が迫る。だが俺も素人じゃない。
今だっ!
「大二郎の馬鹿ぁぁぁヤロウがぁぁ!」
俺は怒鳴りながら蹴りをギリギリで右に避けると、大二郎の右脚に左手の手の甲を思い切り当てて左へと流した。
ぐっ! 思った以上に蹴りが重い。だけどいける!
左手の甲に押し当てた大二郎の右足を左へとながすと、そのまま大二郎の太ももの上をくるりと反時計回りに一回転する。そして、ふらつく大二郎の懐に入った。
「な!? 何だ!?」
焦る大二郎。そして、右脚を流された大二郎は、右前方のめりに体勢を崩している。
慌てた大二郎はそれを懸命に立て直そうとしてるみたいだが…
「男がな? 女にな? 手を…じゃない足を出すんじゃねぇよ!」
俺は思いっきり右肘を大二郎のあごに向かって突き上げた!
「おりゃあああぁぁぁ!」
「なっ!? っ!」
バランスを崩した前のめりの大二郎の顎を俺の右肘が捉える!
「…っ! ヵ!」
鈍い音とともに大二郎はそのまま後ろに仰け反るように仰向けに倒れた。
そして大二郎は完全にのびてしまった。
やばい…もろに入ってしまった。
「な、何だ大二郎? どうしたんだよ?」
そこに大二郎が来るのが遅かったのを心配してなのかはわからないが、正雄が戻ってきた。
正雄がそこで目にした光景は俺(綾香)にのされた大二郎の姿。
「えっ? 何だよこれ? まさかこのちびっこが大二郎を倒したっていうのか?」
正雄はまさかという表情で俺を見た。
「お、お前もやる気かよ?」
俺は正雄を睨んだ。
「おいおい、そんなに睨むなよ。俺はそんなつもりはない」
「あ、あれだぞ? 大二郎が悪いんだからな? 女の子に手じゃない…足を出したんだ」
正雄はのびている大二郎を見た。
「なるほどね…大二郎がね…まぁ、今日の大二郎なら考えられるか…しかし、そんな体つきで大二郎をこんなにするなんて…怖いねぇ、最近の女の子は。でさ、お前、悟の妹だろ?」
「えっ?」
心臓が激しく脈を打った。緊張が走った。
何だこいつ? 綾香が悟(俺)の妹だって知ってるのか?
「そ、それがどうしたんだよ」
「やっぱりそうか! そうそう、悟が行方不明になったんだってな?」
こいつ…俺が行方不明になった事まで知ってるのか?
「煩いな! そんな話は今したくないんだよ!」
俺は正雄から視線を反らすと、声を張り上げてしまった。
「ふーん…まぁいいや。取りあえずその口調はやめろ。女らしくないぞ? お前は大人しくしてりゃそこそこ可愛いんだからな? わかったか?」
そう言いながら正雄は俺の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「なっ!? か、可愛いって…」
ガキとか小学生とか言われるとむかついたけど、可愛いとか言われると超絶恥ずかしいじゃないか!
こいつ…ナンパヤロウだな? くっ…何人の女をその顔と台詞で落としたんだよ…
「だから睨むなって。まぁいいけどさ…しかし、大二郎も完全にのびてんな。よいしょっと…」
正雄は気絶している大二郎を肩に抱えた。
「重いなこいつ…じゃあな。大二郎が迷惑かけてごめんな」
正雄はそう言うと大二郎を抱えて数歩ほど進んだ。しかしそこで止まって再度こちらを振り向く。
「じゃあまたな! 悟の妹!」
「えっ…」
何で俺だけに挨拶?
「は、早くいけよ! 馬鹿野郎!」
正雄は笑いながら大二郎を連れて駐輪場の方に歩いて行った。
「ふう…みんな大丈夫か?」
そう言って俺が三人を見ると…あれ? 皆の様子がおかしい。
なんかきょとんとして俺を見てるぞ?
ここで俺は我に返った。そう、思いだした。
そう、俺は…俺は綾香なんだ! うわぁぁぁ!
やばい! 口調とか、素の俺に戻ってた…
今のはどう見ても怪しいよな…
どうしよう…まさか中身が俺(悟)だってばれたりしないよな?
「あ、綾香…綾香ぁ!」
佳奈ちゃんが立ち上がってすごい勢いで俺に向かってきた。って、早速ばれた?
「は、はい?」
俺が動揺していると佳奈ちゃんはいきなり俺に抱きついてきた!
佳奈ちゃん! なんですぐに抱きつくの!?
ちょっと待って! また胸が胸が、今度は俺の顔にあったてる! 苦しい! 離して!
「すっごい! すっごいよ! 綾香、すっごいよ!」
「か、佳奈ちゃん? 離してよ、苦しいよー」
胸があたってとは言えない…
「綾香? ほ、本当に綾香なの? 今のは綾香がやったの?」
真理子ちゃんが目を見開いて、すっごい驚いた表情で俺を見てる…
これはマジでまずい。どうしようか…えっと…とりあえずは頑張って誤魔化す!
「あ、あのこれは…私は…」
「綾香って運動はいまいちだし、武道とかそんなのもしてなかったよね? 今のは空手…だよね?」
…真理子ちゃん? 何で空手を…って、そっか! よく道場に真理子ちゃんも来てた! だから、真理子ちゃんは空手の技を知っているのかよ? マジでやばいな。綾香が空手をやってたとか、絶対にない。
「言葉使いだっておかしかったよ? 俺とか言ってよね? ねぇ、貴方って本当に綾香なの?」
もう完全に疑われるじゃないか…と言うか、俺って言ってたっけ? 自分でも忘れてる。
「まってよ真理子! 綾香は私達を助けてくれたんだよ? それだけでしょ?」
俺の横にはいつの間にか茜ちゃんが立っていた。
茜ちゃん…俺をかばってくれるのか…優しい…天使だ。
「ごめん。私、いますごく混乱してる。今何をしていたのかよくわからない。体が勝手に動いて…どうなっちゃったんだろ? 怖いよ…うう…」
咄嗟に俺は顔を俯けて泣きそうなふりをした。
「あ、綾香…で、でも…今までの綾香とは全然違って…私…すごく驚いたの…だから…」
真理子ちゃんは俺の仕草に困ったのか、立ちあがると俺の背中に手を置きながら慰めてくれている。
「全然違う? うん、確かに違ったかもしれないよ? でも、そんなのどうでもいいでしょ? だって見てよ! どうみても綾香だよ!」
茜ちゃんが俺の肩をぐっと抱いてくれた。
「真理子はこの綾香が偽者だって疑ってるの? ほら見てよ! 綾香だよ! 私達の友達の綾香だよ!」
茜ちゃんが一生懸命に真理子ちゃんに向かって叫んでいる。
でも…俺、偽物なんです。
「あ、茜…ごめん」
真理子ちゃんは目を閉じると深呼吸を数回した。
すると落ち着きを取り戻したのか強ばっていた表情が元に戻った。
「そうよね…うん…ごめん…私びっくりしちゃったの…でも、そうよね。綾香は綾香だよね?」
「うん! そうだよ? 綾香は綾香なんだよ」
ふう…なんとかなったか。しかし、茜ちゃんお陰だな。これはお礼を言っておかないと…
「茜ちゃん…ありがとう…私…茜ちゃんを…みんなを助けたくて夢中で…」
「うん。私の方こそありがとうね。綾香が助けてくれたから…私は怪我しないですんだよ…」
茜ちゃんの頬がほんのり桜色に染まった。照れているのか、ちょっともじもじする姿がすごく可愛い。
「綾香! やっぱりすっごいよ! 綾香! 佳奈は感動したよ! 記憶喪失で覚醒した系?」
ぎゅううううう! と締め付けられる間隔と同時にまた胸が顔に!
締め付けがさっきよりもきつい! お願いだから胸で顔を埋めないで…くれぇぇ!
「綾香、大好き! 佳奈はずっと綾香と一緒にいるからね! 永遠の友達だよ! 死んでも友達だよ!」
しかし、すごいテンションだな。さっきまで大二郎とやりあって蹴られたなんて思えない明るさだ。
見れば佳奈ちゃんも足に怪我をしてるじゃないか。大丈夫なのか?
そして、死んでも友達って…うん…まぁいいか。
そんな事を考えていると、茜ちゃんが俺の耳元で「ちょっといいかな」とか聞いてきた。
もちろん俺は「うん」と答える。すると、茜ちゃんが俺の耳元で小声で言ったんだ。
「綾香ちゃん、私ね…さっきの綾香を見てて、綾香のお兄さんの事を…姫宮先輩を思い出しちゃったよ…えへ」
え!? 今のってどういう意味だ? 茜ちゃんが俺を思い出したって何だそれ?
俺にだけ聞こえるように茜ちゃんは言ったのだろうが、地獄耳なのか、佳奈ちゃんも今の茜の話を聞いてしまったみたいで、俺を抱きしめる力が抜けたかわりに茜ちゃんの方をじっと見る。
「ねぇ…今の茜の発言は何? 小声だったけど私には聞こえたよ?」
「えっ?」
茜ちゃんは顔を真っ赤にして動揺している。
「ねぇ、茜ってもしかして…姫宮先輩の事が好きだったの? ねえ?」
すっごく楽しそうに佳奈ちゃんがストレートに言い放つと、ずんずんと
茜ちゃんに迫っってゆく。
茜ちゃんは俺から手を放すと、後ずさりながら佳奈ちゃんと距離を置こうとするが…佳奈ちゃんからは逃げられなかった。
首に腕を回して、佳奈ちゃんはニタニタしながら茜ちゃんの顔を覗き込んでいる。
「わ、私は…そんなんじゃないよ…別に…」
茜ちゃんはそう言いながら、真っ赤な顔で顔を背けた。
「説得力ないなぁ…そんなに顔を赤くしちゃってさ」
「う~う~」
茜ちゃんは唸るので精一杯になってしまった。
そこへ、起き上がった真理子ちゃんが乱入。
「やめなよ、佳奈! 茜が困ってるじゃないの。茜が誰を好きとか、私達が追求するものじゃないわよ? 佳奈だって好きな人を追求されるのって嫌でしょ?」
そう言いながら真理子は佳奈を茜から引き離した。
「私、好きな人なんていないもん!」
「そういう問題じゃないの! そういう行動を非常識って言うんだよ?」
「う、うん…わ、わかったよ…ごめん茜、悪かったよ」
佳奈は真理子に怒られて少しは反省したみたいだ。
「ううん…いいよ別に…」
そう言いながら茜ちゃんは真っ赤な顔のままで俺の方を見た。
そしてまた耳元でぼそりとつぶやく。
「綾香、誰にも言ってないよね?」
「へっ? 言ってないって?」
「ああ…いい。やっぱりいい」
一体なんの話だろう? キニナル!
「でさ、あのね綾香。さっきの人が姫宮先輩が行方不明って言ってたけど…あれって本当なのかな?」
げげ…茜ちゃんに聞こえてたのか?
どうしようか…たぶん、俺が行方不明なのはあまり広まってないはずなんだよな…
でも、新学期になったら100%ばれる。今ここで話しておいたほうがいいかもしれないな。
「あのね…実は…」
俺はここで三人に悟が行方不明になった事実を伝えた。三人はかなり驚いた表情をしていた。
その後、茜ちゃんは気分が悪くなったと言って一人で家に戻った。
俺は送るよって言ったけど、一人で大丈夫だからって言って戻っていってしまった。
仕方ないので俺は佳奈ちゃんと真理子ちゃんと三人で買い物をした。
ほとんど佳奈ちゃんの行く方向について行っただけで、自分から何をすると言う事はま
ったくなかったし、ずっと佳奈ちゃんが一人で話しをしていて、それは本当にラジ
オのような感じだった。
よく話す子だよ…正直話題についていけてなかったけど。
数時間の買い物を終えると現地で解散になった。
俺は二人に手をふると自転車で自宅へと向かう。
しかし気になるのは茜ちゃんだ。気分が悪いって言ってたけど、大丈夫だろうか…
あと…あの態度と台詞。
もしかして俺(悟)の事を…いや、まさかな…




