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ぷれしす  作者: みずきなな
ココロもカラダもそして俺たちも
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119 ココロもカラダも 中編

 野木は真剣な表情で俺を見ながら小さく息をはいた。

 俺は心を読まれてしまっているのに文句すら言い返せない。

 今は野木が心を読むとかどうとかより、自分の問題の方が大きいからだ。


「考えるなって言っても、なりゆきとは言え俺は綾香の代わりに生活をしているんだぞ? 綾香が戻って来なかったらって考えるのが普通だろ?」

「しかし、君は綾香さんではない。姫宮悟なんですよ? それを自覚すればどういう未来を目指すべきかの答えは出るはずです」


 野木の言葉に俺はハッとした。そしてよくよく考える。

 俺が女になったのは絵理沙が間違って俺を殺したから。

 そして、たまたま持っていた妹の写真を見てしまい、俺を妹として生き返らせた。

 そうだ、俺は綾香の代わりをする為に生き返ったんじゃない。

 たまたまそういう結果になっただけで、そうなりたかった訳じゃない。

 いくら綾香の代わりに生活を送っていると言っても、その代わりに俺本人の生活が犠牲になってるんじゃないか。

 このままでいいのか? このまま綾香のままでいる選択なんてあるのか?

 良くないよな? そうか、だったら結論は出てるのか?

 そうだよ……俺は男に戻るんだよ。

 俺は姫宮悟なんだ。


「野木、俺はっ……っ!?」


 横を向くと気配もなく野木がぴったりと体をつけて座っていた。


「な、なんで俺の横に座ってんだよ!? それも近い!」

「綾香さん……」

「へけっ!?」


 野木は俺の話を完全にスルーして、イケメンボイスを放ちながら俺の手をいきなり取る。

 どうしてさっきの会話からそういう行動にでる?

 そして、俺はというと条件反射かなのか顔がすごく熱くなり、そして心拍数が跳ね上がってしまった。


「どうしたんですか? 顔が赤いですよ?」

「ば、馬鹿! お前がいきなり真横にくるからだ!」

「ほほう……僕が真横に座ったからと言うのですね?」

「う、うるさい! とにかく早く離れろ!」


 くっそむかついた。なんで俺が野木にこんなにドキドキしなきゃいけないんだよ。

 だいたい今の野木は男なのに!


「なるほど、僕にもそういう反応をしてくれるのですね」


 野木は俺の言う通りに体を離すと、嬉しそうな、でも悲しそうな表情になり苦笑した。


「何だよその顔は。そういう反応ってどういう意味だよ」


 俺の心臓のドキドキはまだ止まない。


「そのまんまですよ。そのまんま……」

「えっ?」


 そのまんまってどういう事だ?


「では悟君、その心境を覚えておいて頂けますか?」

「えっ? どういう意味だよ?」


 次の瞬間だった。俺の視界がいきなり高くなったように感じた。いや高くなった。

 もしかしてと思い、慌てて胸元を見るとそこには膨らんだ胸がなかった。

 男子学生服のボタンがきっちりととまっており、元々存在感のなかった谷間はその姿を完全に消していた。

 そう、やっぱり俺は男に戻っていた。


「おい、なんで男に戻したんだよ!?」


 男に戻った。そう、これは野木の魔法だ。

 野木が俺を男の姿に変身させる魔法を使ったからこうなったんだ。

 そして次の瞬間、俺は野木を見て心臓が口から出そうな程に驚いた。

 横にいるのは野木かと思ったら輝星花がだったからだ。

 輝星花は顔を赤くして、俺を上目遣いで見ていた。

 その潤んだ瞳に俺はさっきよりももっとドキドキしてしまい顔は熱くなり、おまけに変な汗までかいてしまった。


「僕がこんな格好だと……君はどんな反応をしてくれるの?」


 輝星花はそんな台詞を吐きながら俺から恥ずかしそうに視線を外す。

 そして、さらさらの髪がふわりと肩から胸元へと落た。

 やばい、やばい、やばい!

 この前、屋上で真横に輝星花が座ったけど、その時のドキドキとレベルが違う。あんなの問題じゃない。

 この輝星花は反則だ。

 なんでこんなに女女してんだよ!?

 そんな事を考えている最中もほのかに香る甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。


「な、なんで女の姿になってるんだ?」


 輝星花の首筋を見ると白いすべすべの肌が見えた。

 開いた胸元からは綾香とは比べ物にならないほどの存在感のある谷間が見えていた。


『ごくり』


 俺は思わず唾を飲んでしまった。

 心臓はさっきとは比べものにならないくらいに鼓動を早める。

 汗は勢いを増し、額が汗まみれになっている。

 いくら冗談でもその姿でその態度を晒すのは卑怯すぎるだろ。

 演出なのか? 本気なのか? まず本気はありえないだろうが、しかし、輝星花の赤くなった頬が反則的な可愛らしさを演出している。


「輝星花、じょ、冗談はよせって!」


 ちらりと視線を俺に向ける輝星花。

 俺と目が合うとまた視線を外した。

 まるで好きな人に対して恥ずかしがる彼女みたいじゃないか!


「……冗談? 僕が冗談でこんな事をすると思うの?」


 可愛い声に胸が痛くなるほどに心臓が跳ねた。

 いや、待て、なんだその破壊力抜群の台詞は。

 こいつが冗談以外でこんな事をする訳がない。

 こいつが俺を好きになるなんてありえない。


「お、思ってる。お前は俺にそんな態度を見せる奴じゃない」


 俺が言い切ると、輝星花は何も答えずにニコリと微笑んだ。

 いや、なにその微笑み?


「おい、だからこれはどういう実験なんだよ? 俺の女性化になにか関係あるのか?」

「……あるよ」

「あるって……どうあるんだよ」

「……ねぇ悟君」


 輝星花は俺の太ももにそっと手を乗せた。手のひらから温もりが伝わってくる。


「また顔が真っ赤だね……」


 もう腹が立つ。なんでこんなにも輝星花に振り回されなきゃいけないんだ?

 今日は体調も悪いのに、余計に具合が悪くなる。


「真っ赤もなにも、男だったらこういうシチュエーションで赤くならない奴はいないだろ!」

「そうなの? という事は、僕が相手じゃなくても反応するの?」


 口調までちょっと女っぽい。だが絶対にこれは演技だ。

 演技とわかっていても動揺する俺。オイ……。


「そういう意味じゃない」

「じゃあ、どういう意味?」

「うぐっ……」


 思わず言葉に詰まってしまった。

 ここでまさか「輝星花だからだ」なんて言えるはずがない。

 でも、だけど、それが事実。輝星花だから俺はこんな反応をしているんだ。

 俺はこいつを……可愛いって思ってる……だから……。

 って! 何を考えてるんだ俺はぁぁぁあ!


「もう俺を虐めるのはやめてくれぇぇぇ!」


 俺が頭を抱えて輝星花は動揺したのか、驚いたような表情で慌てている。


「い、虐めてなんてないよ?」

「じゃあ、これはどういう実験だよ! これの意味を教えろ!」

「あ、う、うん。でもその前に……」


 またしても頬を染める輝星花。俺の心臓は休み暇を与えて貰えない。


「な、なんだよ?」

「あのね……僕は……女としての魅力はあると思う?」


 突然のおかしな質問をされた。それも照れくさそうに聞いてきやがった。

 輝星花は自覚がないかもしれないが、ぶっちゃけそこらの女よりもずっと女だ。

 容姿も声もだが、仕草だってめちゃくちゃ女してるじゃないか。

 今のお前が女じゃなかったらこの世の中の女の半分は女じゃなくなるだろ?


「ふ、普通に……あるんじゃないか?」


 俺は天井を見ながら頑張って言った。

 でもおかしい。絵理沙の時にはこれほど緊張しなかったのに、なんで輝星花だとこんなに緊張するんだ?

 あれ? もしかして、俺って精神不安定状態なのか?

 それを確認する実験だったりするのか?


「正解だ。君の精神は不安定なんだ」

「ま、また心を読んだな!?」


 我に返って輝星花を見るとすでに野木に戻っていた。

 そして、もちろん俺も綾香の姿に戻っていた。


「まずはお礼を言っておこう。実験に付き合ってくれてありがとう」

「うぐぐ」


 俺の状態を確認する実験だったのかもしれないが、こういう実験はマジでやめてほしい。心臓にめっちゃ悪い。


「どうしたんだい? もう実験は終わったよ?」


 俺はまだドキドキしているし、まだ顔も熱いままだ。

 急に『はい終わりです』なんて言われても普通になんて戻れない。

 まったく、野木の奴はよくすぐに普段のテンションに戻れるな。


「ああ、そうですか! はいはい。終わったんだな。くっそ」

「いやいや、そんなに怒らないでくれ」

「怒ってない! 腹が立ってるだけだ」

「それって、俗に言う立腹だよね? 怒っていると同じ意味じゃないのかい?」

「うぐぐぐ……うるさい!」


 ああ、なんかこいつに腹が立つより自分に腹が立ってきた。


「だけどよかったよ」

「何がよかったんだよ」

「悟君の心は男性としての心の方がずっと強いってわかった。まだまだ女性化は進んでいないみたいだ」

「そうか? それなら良かった……のか?」

「だけど……」


 野木はまた不安そうな表情を見せた。


「おい……やぱり俺はだんだんと女性化していくのか?」

「……君の今の体に起こっている事。それは一気に女性化を進ませる要因になるだろう」

「俺の体に起こってる事が女性化の要因!?」

「そうです」

「それって何だよ? 痛っ」


 その時、俺の下腹部に急激に痛みが走った。そして妙な感覚が……。


「悟君、ちょっとごめん!」


 野木は険しい表情で俺の腹を触った。


「な、なんだよ!?」

「抱えるよ」

「えっ!?」


 野木は有無を言わさずに俺をひょいっとお姫様抱っこした。


「な、なんだ!? 何をするつもりだよ」

「何を? これはこれは重要な問題なんだ。と言う事で失礼するよ」


 野木は俺のスカートを捲り上げると、中に手を突っ込みやがった。

 それもただスカートの中に手を入れたんじゃない。よりによって……。


「ぎゃあああ! やめろ! 変態! なにすんだよ!」


 俺の…………を野木に触られました……。

 もうお嫁にいけない……。


「君は嫁に行きたいのかい?」


 心を読んだな!? で、そこは突っ込むのか!


「行かない!」

「っと、そんな事はどうでも良かった」


 お前が突っ込んだんだろうが!


「悟君、体調はいつから悪かったんだい?」

「き、昨日の夜から?」

「そうか……でももう少し前から体調が悪いって思わなかったのかい?」

「いや、えっと? そういえば……そうだったかも?」

「ふむ……まぁ初めてだからわからないんだね……。仕方ない」


 いきなり抱えられた位置が下がった。と思えば野木が輝星花になっていた。

 抱えられている関係上、野木の胸は俺の腕に無条件で触れる訳で……。

 いやぁ柔らかかったです。


「もう始まってる」

「な、何が?」


 険しい顔で野木は始まってるって言った。

 始まる? 何が始まる? 女性化? 女性化なのか?


「悟君、よく覚悟して聞くんだよ?」

「何だよ?」


 何だ? 何だその真面目な顔。

 さっきとは別の意味で心臓がドキドキする。


「君は……初潮が始まったみたいだ」


 そう言って輝星花は唇を噛んだ。


「しょちょう? しょちょうって?」

「初潮だよ。別の言い方をすれば生理だ」

「生理?」


 野木はそう言いながら右手を俺に見せた。

 俺は野木の右手を見て背筋が寒くなった。

 すっと出した輝星花の指には血がついていたからだ。

 俺のスカートに手を突っ込んだ手に血?

 初潮って言ったよな?

 生理って言ったよな?

 そうだ、生理って女性特有のあの現象の事だ。


「見事なまでにきちんとした生理だね」


 俺は言葉を失った。それと同時に腹部に鈍痛が走った。


「仕方ありません、とりあえず保健室へ行きましょう」


 輝星花きらりは俺を抱えたまま特別実験室を出て保健室へと向かった。



 ☆★☆★☆★☆★



 保健室のベッドに俺は頭を抱えて座っていた。

 もう何が何だかわからない。どうしてこうなった?

 俺の前には唇を噛んだ制服姿の輝星花が座っていた。

 さすがに野木の格好ではまずいと言う事で、輝星花が絵理沙を名乗って保健室まで俺を運んだのだ。

 そして、流石は双子だと言うべきか。

 瞳の色が違うのに、まったく桶川先生は気がつかなかった。

 俺には輝星花と絵理沙はまったく別人だと思うんだけどな。

 そして、保健の桶川先生は用事があるみたいで席をはずしている。


「おい、何で俺に生理なんてくるんだよ」


 俺は輝星花に問いただした。

 女になって四ヶ月近くたった。今まで何もなかったのに今更なんで?

 生理という現象は保健体育で習っているし、どういう事なのかは理解しているつもりだ。

 でも、それは女性特有の生理現象であり、男の俺とは縁遠いものだとばかり思っていた。

 だけど……俺に生理がきた。何で俺に……。


「それは、あなたが完全な女性だからよ」


 野木は絵理沙の口調を真似て俺に話してくる。

 いや、似てるよ? 声ももともと似てるから、すっげー似てるよ?

 しかし、俺には違和感満点すぎる。


「いや、でも……」

「高校一年での初潮は決して早くない。遅い方だよ」

「そう意味じゃなくって!」

「そう言う意味じゃないって言われても困るわ。だってあなたは完璧に女の子なんだから、生理がくるのは当たり前なのよ」

「うぐ……」


 確かに、女性に生理がやってくるのは普通の事だ。

 早ければ小学校で初潮がくるし、ましてや綾香は高校生だ。

 気にしてはなかったが綾香に初潮がきていなかった。そう、遅すぎた。

 だけど、俺は綾香じゃない。

 俺は綾香の姿をした悟であって、本物の綾香でお女でもないはずなんだ。


「いやいや、俺の姿は確かに綾香だけど、生理までくるとかおかしくないか? 元は俺の体を再構成したんだろ? 女性としての機能まで完璧に再現してるって言うのか? 俺は完全に女だっていうのか?」

「うん」


 輝星花に即答された。

 即答されると何も言えなくなる。輝星花は嘘なんて言わない奴だからだ。


「まさか……子供も生めるとかないよな?」


 冗談半分で聞いてみた。しかし、


「生理がきたんだし、生めると思うわ……」


 俺は頭を抱えた。すっげー頭が痛くなった。

 女の姿になったのは最近になって仕方ないと思っていた。

 でも、姿が女なだけで俺は純粋な女じゃない。いつかは男に戻れる。

 そんな安直な考えが俺の脳内にあった。

 さっきの話もあったけど、俺は間違いなく本物の女になりつつある。

 これは安易に考えていたらダメだ。そう感じた。


「おい、俺は男には戻れるんだよな?」

「前にも言ったけど、戻れると思うわ」

「でも、おまえじゃ無理なんだよな?」

「そう、私では無理よ……絵理沙あのこじゃないと無理なの」


 輝星花は申し訳なさそうにうな垂れた。

 だけど、俺がこうなったのは輝星花のせいじゃない。

 元はと言えば絵理沙のせいだ。絵理沙のせいなんだ……。

 でも、だからと言って絵理沙を責められない。

 今更あいつを責めても仕方ないからだ。

 こうなったら、早く綾香を見つけて男に戻らないといけない。

 じゃないと俺の未来はおかしい方向に進む。


「おい」

「はい……」

「早く見つけないとないけないな」

「そ、そうね……うん。そうよね。私、あなたに協力するわ。早く見つけましょうね」


 力強く言ってくれたつもりなのだろうが輝星花に元気がない。言葉に力がない。

 俺の事で悩んでいるのか、俺に生理がきてショックなのか?

 こいつは見た目以上に真面目だからな。


「悟君……落ち着いたら特別実験室に来てもらえるかな?」

「えっ?」


 輝星花は俺の返事を聞く事もなく保健室を後にした。

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