106 大宮バトル 救世主は俺だ! そのⅠ
俺は大宮の街中を一人で歩いていた。
目指すは茜ちゃんに教えてもらったコーヒーショップだ。
クーポンの裏の地図から、どうやらコーヒーショップは駅から多少離れた場所にあるみたいだ
あまり近くはないらしい。
しばらく歩いていると、だんだんと周囲の通行人の数が減ってゆくのがわかった。
大宮は有名な街だが、商用区域は決して広いわけじゃないからな。
だから、少しあるけば人通りもめっきり少なくなる。そして、コーヒーショップはそのはずれにある訳だ。
周囲を見渡しながら俺は歩いた。
またしばらく進むと、専門学校が見えた。
その脇には路地があり、その路地を抜けるとコーヒーショップのある通りに出られる。
俺はそっと、路地を覗く。
古びた路地には学生狙いの古いゲームセンターや古着屋なんかが見える。
昼間はやっていないだろうけど、居酒屋もあった。
そして、人通りはほとんどない。
普通の女性ならこんな路地なんて通りたくないだろうが、ここを迂回するのも面倒だ。よって、俺は路地を突っ切る事にした。
細い路地を歩きだして、すぐにゲームセンターから出てきた20代の男二人とすれ違った。
二人は俺をじっと見て、こそこそと何かを話ながらすれ違って行った。
どうせ、俺が小さいとかそういう話でもしてたんだろう。
またまたしばらく路地を進んでいると、今度は後ろから空き缶の音が聞こえた。
ふと振り向くと、そこには見た事のある女性が……。
っていうか、輝星花がなんでここに!?
そう、俺の後方七メートルに輝星花が立っていたのだ。
「空き缶はくずかごにいれないと駄目ですよね?」
いや、今はそういうのは問題じゃないだろ。
「何で輝星花がここにいるんだよ!?」
俺が驚きながらそう問うと、輝星花は笑みを浮かべて俺の目の前まで歩いて来た。
「私も綾香さんと一緒に休憩しようかと思って」
そう言いつつも本当はストーキングじゃないのか? と一瞬考えてしまった。
そう、こいつの中身はあの野木なんだからな。
「綾香さん、いま私の事、ストーカーだと思ったでしょ?」
「こ、心を読んだのか?」
あまりの的確な質問にちょっとドキッとした。
「いえ、だから今の私には無理ですと言ったはずですよね?」
「じゃあ、なんでわかった?」
「ええと、綾香さんの態度と表情で理解できます……」
輝星花はそう言うとふぅと小さく溜息をついた。
って、俺の考えって思考を読まなくてもわかるのか!?
「いや、俺ってそんな顔してた?」
「してました。と言いますか、ほら、口調」
「あっ」
俺は両手で自分の口を押さえた。
輝星花は苦笑しながら
「注意してください。油断は大敵ですよ?」
なんて再度俺に注意をしてきた。
「あ、ああ……うん……そうだよね」
やばい、俺ってすっげー油断しまくりだった。
いっつもそうだ。気を抜くとついつい元の口調になる。
ついさっき茜ちゃんにも俺とか聞かれたばかりなのに……。
自己嫌悪に若干なりつつも、しかし輝星花がキニナル俺。
マジでなんでここに輝星花がいるんだ?
「綾香さん、大丈夫ですよ。二人にはちゃんと断って来てます。そしてこれを茜さんに頂きました……」
また俺の表情から質問を予想したのか、今度は輝星花はコーヒーのクーポン券を俺に見せた。
「それって……」
「綾香さんの貰ったクーポンと同じですよ? 茜さんに、休憩するのなら綾香さんと一緒にコーヒーでも飲んでて下さい。って言われたんです」
輝星花はそう言いながらクーポン券をバッグに仕舞い込んだ。
「そ、そうなんだ」
「そうなんだって? あれ? もしかして、私が一緒だと嫌なのですか?」
輝星花はもの寂しげな票所になり、口を手で押さえる。
そんな女々しい仕草の輝星花に、またしても俺の心臓がドキっと鼓動した。
「い、いや、そうじゃない」
「そうですか? では一緒でも構わないという事ですね。ありがとうございます。では、コーヒーショップに一緒に向かいましょう」
輝星花は俺にぺこりと頭を下げると、笑顔で俺の右となりに並んだ。
こなったら仕方無い。いまさら輝星花を追い返す訳にもいかないしな。
そして、俺は輝星花と一緒に路地を歩きだした。
しばらく進むと、前から男が三人ほど歩いてくる。
一人は赤いリストバンドをしている男。
一人は体格の良い男。
もう一人は金髪の男。
正直、全員があまり品行の良い男には見えない。
こういう奴は目を合わせずにやりすごすのが一番だな。
俺は視線を下げて唾を飲んでやり過ごそうとした。
どんどんと男たちに近寄る俺たち。そして、男たちの横を通過しようとした時、
「ねぇ彼女、なにしてんの? 今ひま?」
男の声が聞こえた。それもどう聞いても……。
慌てて顔を上げると、輝星花が早速ナンパされていた。
輝星花に声をかけて来たのは赤いリストバンドの男だ。
へらへらした顔で、輝星花に声をかけていた。
そいつの身長は170センチくらいでちょっと痩せている。強そうには見えない。
その横に茶色いジャンパーの体格の良い大柄な男が立っていた。
そいつは腰に手を当てながら、いやらしい表情で輝星花の胸を見ていた。
こいつの身長は180はありそうだ。あとでかいな。
しかし、誰かに聞いたけど、男がどこを見ているか女は解ってるって言っていた。
確かに、俺はこいつらが輝星花のどこをみてるのかわかる。
女になってわかった。まったくもって男はエロい。
そしてさっきのエロ男の後ろには金髪の細身の男が立っていた。
奴は何故か俺を見ている。それも俺の瞳をだ。だから慌てて視線を外した。
何で俺があんな奴となんで見詰め合わなきゃいけないんだ。
「ねぇねぇ彼女ぉ」
相変わらずナンパは継続中みたいだ。
しかし、なんでここでナンパなんだよ。運が悪いというか……。
「ねぇねぇ、暇なら俺たちとどっか行かない?」
見れば赤いリストバンドをつけた男が輝星花の横に立ち、なれなれしく肩に手を乗せている。なんて奴だ。
「いえ、ご遠慮させて貰います」
輝星花はその手をやさしく払うと、笑顔で断りを入れていた。
しかし、男らは諦めるつもりはまったくないようで、輝星花を囲むようにトライアングルアタック形態になりやがった。っていうか、さっきまで俺を見ていた男までもが輝星花を囲んでいる。
おい、俺は無視か!?
「私たちは用事があるんです! 行こう、輝星花さん」
俺が手を輝星花に伸ばすと同時に『パチン』と音がした。
そして、痛みが手に走った。
「おい、おまえはどうでもいいんだよ!」
そう、俺の手が男に叩き落とされたのだ。
こいつらの目的は輝星花だけか。で、俺は邪魔ものか?
邪魔な女には手をあげるっていうのか? こいつら最低だよ!
腹わたが煮えくりかえりそうにムカついてきた。
でも、ここで喧嘩する訳にはいかない。
どうにか撤退しないと……。
「用事があるなら、お前が一人で行けよ、チビ」
茶色いジャンパーを着た男が馬鹿にした笑みを浮べながら俺を指差した。
「ああ、そっか、お前小学生か? じゃあ保護者がいないとだよな? でも残念。君の保護者は僕達と遊びに行くんです。一人で帰ってくださいね~」
赤いリストバンドの男が俺の頭に手を乗せると、ぐりぐりと撫でる。
いや、これは撫でてるんじゃない。押さえつけてるんだ。
そんな事をされている俺は頭に血が上りまくっていた。
マジでこいつら最低だ。ムカツク!
綾香の可愛さを理解できないとかないだろ!(そこか)
「申し訳ありませんが、私たちは用事があるので貴方たちとは遊べません。それに人を見下すような言葉を使う方とは仲良くなりたいとは思いません。これからの人生、そんな事では駄目だと思いますので、今後は言葉づかいに気をつけた方が良いですよ? それでは失礼します」
輝星花は笑顔でズバリと言い切ると三人の男を無視して歩き出した。
しかし金髪の男が先回りして行く手を塞いだ。
路地が狭いので、男が一人でも十分に行く手を阻める。
この路地に入ったのは失敗だったかもしれない。
「ひゅー。すっげー強気じゃん?」
「強気なのではなく、貴方たちの間違いを指摘しただけです」
「いいねぇ! そういう女子は大好きだ! いいじゃん? そんな事を言ってるけど、どうせ暇なんでしょ?」
俺がここで気が付いた。輝星花の表情がひきつりはじめてると。
どうやら輝星花もそうとうイライラしているみたいだ。
俺もむっちゃ腹が立ってる。
ここで俺が男なら蹴りでも入れて逃げる所だけど……今は女だし……。
「暇ではありません!」
輝星花は行く手を塞いだ金髪の男を睨んだ。
だけど、男は平然とその場に立ったままだ。
周囲を見渡したが人気もない。誰も助けてくれそうもない。
しかし、本当に生意気な奴らだな! よし、こうなったら俺も……。
俺は行く手を遮る男と輝星花の間に割り込んだ。




