105 大宮お買い物ツアー そのⅢ
茜ちゃんと絵理沙が俺の前を進んでいる。
俺と輝星花が後を追うように並んで歩く。
しかし、どうしてこんな風になったんだろうな?
俺の目の前では相変わらず二人が楽しそうに会話をしていた。
そして、俺はと言うと……。
「さっき、輝星花さんの笑顔が消えたような気がしたんですけど……」
俺は口調を崩さないように注意しながら輝星花に聞いた。
勘違いかもしれないけど、さっき輝星花の表情から笑顔が消えたように見えたからだ。
すると、輝星花は小さく溜息をついて俺を苦笑した。
「そう見えましたか?」
「見えました」
「あはは……綾香さんは良く見ていますね」
「いや、見たくてみた訳じゃないんですけど」
そして、輝星花は絵理沙の背中を見ながらゆっくりと口を開いた。
「綾香さん……(大好きな貴方が、実の姉である私と一緒に楽しげに会話をしていたなんて……)嫌だったのでしょうね」
しかし、タイミングが悪かったのか、すれ違った男子高校生の話声の大きさに輝星花の声が途中聞き取れなかった。
「ご、ごめんなさい、途中がよく聞こえなかったからもう一度言って貰えませんか?」
聞き直そうとした俺の顔を輝星花が見た。そして次に前を歩く絵理沙へ視線を移す。
「そうですね。早く買い物に行けないから嫌だったんでしょうねって言いました」
「えっ? 違うでしょ?」
「何が違うのですか? ほら、置いて行かれそうですよ? おっかけましょう」
「あっ、ちょっと待って」
輝星花は小走りで二人を追って行ってしまった。
そんな輝星花の背中を見てなんとなく解った。
さっき輝星花が俺に教えてくれた言葉は……嘘だ。
そして、俺にその言葉は言うべきじゃないと判断したのか。
☆★☆★☆★☆★☆
俺は先ほどの輝星花との一件があり、何とも言えないもやもやした気持ちのまま色々なお店を巡っていた。
しかし、やっぱオカシイよな? どういう事なんだ?
俺の予想を反して絵理沙はともあれ、あの輝星花までもがが買い物を楽しんでいるじゃないか。
おかげでさっきの嘘の言葉の真実を聞き出せない。とは言いつつ正直もうどうでも良くなっていたりもするのだが。言いたくなさげだったし。
「ですよね~」
「うんうん! そうだよね!」
「あら、そうなんですか?」
わきゃわきゃとまさに女性同士のお買い物を繰り広げている3人。
俺はというと、女性物のブランドとか、流行とか、可愛い服の基準とか、化粧品とか、買い物を楽しむ方法とか、そういう知識が未だに無いに等しい状態だ。
というか興味がまったく無い。
正直、大宮と言えば某大手カメラ屋や某大手パソコンショップがるし、そっちで最新ゲームやパソコンをチェックする方が何百倍も楽しいと思う。
いや、今からでも見に行きたいレベルだ。
でも出来ない。だって俺は悟じゃなくって綾香なんだからな。
そして、俺は彼女たちの話題にはついて行けず、なんとか相づちで誤魔化していたりした。
ああ、こういう時に佳奈ちゃんがいれば……。
そう、動くラジオ佳奈ちゃんだ。
こっちが一言も話をしなくても数時間は話続けてくれるという画期的なマシーン!
ここにきて佳奈ちゃんの偉大さがすごくわかった。
しかし、これで再び確信出来た。俺はやっぱり男なのだと。
男だからこそ、女性の趣味にはまったく興味が持てないのだと。
絵理沙も輝星花も根本は女性だ。だから楽しいんだと。
うん、俺ってすごく哲学的だな。うんうん。
茜ちゃんたちと少し離れた場所で、興味もない服を触りながら俺は納得していた。
しかし、横にあった姿見を見てハッと我に戻る。
そう、鏡に映っていたのは綾香だった。
そうだ、俺は……今の俺は姫宮綾香なんだ。
現実逃避してどうするんだよ俺!?
楽しげに買い物をする女性客を見て、俺は小さくなった自分の女の子の手を見た。
そうだ、このままじゃ駄目だろ?
少しは女の気持ちが理解出来るようにならなければ、この先いつかボロが出るかわかんねーんだぞ?
そうは考えてはみるが、いくら懸命に理解しようとしても一生女性の事は理解出来ないような気がしてならない。
考えるだけでも鬱になりそうだ。
そうなれば解決方法は一つしかない。
魔力を貯めて、綾香を見つけて、俺が男に戻る事だ。
ああ、早く元に戻りてぇ……。
「どうしたの綾香? そんな深刻な顔しちゃって。疲れちゃったの?」
「わぁ!」
「わぁ!」
いきなり茜ちゃんが俺に声をかけてきたせいで、俺は驚いて思わず声を出してしまった。
俺が声を出したせいで、茜ちゃんまで胸を押さえて驚いている。
「び、びっくりしたぁ……何でそんなに驚いてるの? 私までびっくりしたよ~」
しまった。油断してた。
「いや、えっと、ごめんね」
茜ちゃんはふぅっと息を吐くと、唇を尖らせてまたぷんっと怒った。
「もうっ、今日の綾香って変だよ? 全然楽しそうじゃないじゃないの」
腰に手を当てて茜ちゃんは眉間にしわを寄せた。
「いや、楽しいよ?」
「駄目です。認めません! だって、今日は試着もしてないでしょ」
「試着?」
「う~ん……」
茜ちゃんは唸りながら俺のおでこに手を当てた。そして真剣な目つきで俺の瞳を見据えた。
いきなりの茜ちゃんの行動に俺の顔が熱くなる。
「ちょっと熱っぽいかも? 休んだ方がいいかもしれないね……」
先ほどよりも険しい顔になった茜ちゃんが本気でそんな事を言い始めた。
なんて優しいんだろう。茜ちゃん、本当にこの子は良い子すぎるよな。
でも、ここで調子悪いですとか言えるはずもない。
熱が上がったのだって……女の子におでこを触られたからだし……。
「大丈夫だよ! 本当に大丈夫だから。私はここにいるから、茜ちゃんは絵理沙さんと輝星花さんの買い物の続きにつきあってあげて」
「でも、私は綾香にも楽しんで欲しかったんだけどなぁ……だからちょっと一緒にいるよ、やっぱり」
心配そうに俺を見る茜ちゃんは中々絵理沙達の所には戻ろうとしない。
やばい、相当に心配されているらしい。これ以上心配されるのもあれだし、ここは休憩すると言って少し離れようかな。
「えっと、じゃあ私はここの近くにあるコーヒーショップで休んでていいかな? そこで休憩すればきっとすぐによくなると思うから」
「ああ、うん、そうだね。私も綾香はちょっと休んでた方がいいと思うし。あ! そうだ」
茜ちゃんは携帯をバッグから取り出すと時間を確認した。そして何か納得したのか、こくりと頷くと、今度は何か小さな紙切れを取り出す。
「綾香、お昼まであと三十分くらいあるからさ、休憩するのならこのクーポンの使えるコーヒーショップに行くといいよ」
茜ちゃんはそう言って俺にクーポン券を手渡した。
俺はクーポン券を確認した、どうやらこの券はコーヒーのタダ券みたいだ。
聞いた事の無いお店だな。行きつけのコーヒーショップなのだろうか?
そして、発効日がそんなに昔ではない。
「ほら、そのお店はここから少しだけ歩くけど、そこの近くのお店でランチしようかと思ってるから。それにその券を持って行けばタダだし♪」
そうだな、まぁここを離れるには丁度いいし、タダというのも財布に優しくっていいな。
ここは茜ちゃんの提案を受けようかな。
「わかった。私はそのお店で待ってるね。少し休めば良くなるだろし、タダ券もいいよね!」
「うん! 私も絵理沙さん達とお買い物をしてからすぐに行くからね」
茜ちゃんにやっと笑顔が戻った。
「あ、うん、でも別にゆっくりして来ていいからね? まったり待ってるから」
俺はそう言いながらクーポンをお財布に入れた。
そして俺は「じゃあ行ってるね」と言ってから移動を始めた。
しばらく歩いた所で茜ちゃんの声が俺の背中ごしに聞こえる。
「綾香! 伝えたい事があったらちゃんと言ってね? 私は綾香じゃないんだし、綾香の体調までわかんないんだからね! あとあまり人に気を使いすぎちゃだめだよ?」
振り返れば、 茜ちゃんは両手を腰に添えてまるで体育教師の様な格好で俺を見送っていた。
「うん、ありがとう!」
茜ちゃんは俺の返事を聞くと小さく頷き、俺に背を向けて店内へと戻って行ったのだった。




