101 まさかの大ピンチ!?
俺は現在大ピンチです。
不注意で男口調がまた茜ちゃんに聞かれてしまいました。
絵理沙は何してんのよ? って顔で見てるし、輝星花は笑顔にも頬肉がひくついている。
「ねぇ綾香? ええとね? 前も『俺』とか言ってた時あったよね?」
疑心暗鬼な表情から悲しそうな表情に変わってゆく茜ちゃん。
どうしてそんなに可愛そうな小犬を見るみたな目で俺を見るんだ?
「そ、そうだったっけ?」
「うん、夏休みに私を助けてくれたのを憶えてる? 清水先輩と佳奈との喧嘩の時だよ? あと、体育祭のバレーの試合の時もそうだったよね?」
正解です。よく覚えていらっしゃいますね……。
「そ、そうだったかな?」
「あの時は綾香の感情が高ぶってたし、記憶喪失の後遺症か何かで『俺』とか無意識に出たのかと思ってたの。私はそうだと信じてた。だけど……今のは違うよね?」
確かに、ここで感情の高ぶりはなかったとは言わないけど……あの時みたいなシチュエーションじゃない。
「ええと、さっき、なんで俺とか言ってたのかな?」
「いや、私は……」
どう答える? うまく誤魔化すしかないだろ?
ここで茜ちゃんに疑心暗鬼になられると困る。
俺も困るけど、戻ってきた綾香まで困るんだよ。
「あのぉ……茜さん」
輝星花の声が後ろから聞こえた。
「あ、はい?」
「お話に割り込んでしまってすみませんが……。その『俺』の件なんですけど……」
「はい?」
なんだ? 輝星花は何かフォローしてくるのか。
「ファミリーストアの『俺のタルト』っていう洋菓子の話をしていたんですけど……」
それを聞いた茜ちゃんの顔が一気に真っ赤になった。
しかし、なんだその『俺のタルト』って……。
「へっ? 『俺のタルト』の話?」
「はい……綾香さんには申し訳ないですけど、私が言ってしまいますね」
何を言う気だ?
「こんど茜さんに『俺のタルト』をプレゼントしようかってお話になっていまして……それも内緒で……」
そ、そうだったのか……って、そういう事か。
こいつ、そういう逃げ道を考えていたのか。
「私に内緒で?」
茜ちゃんが右手で口を押さえて俺を見た。
「おいしいから、茜さんにも食べて欲しいんだけど、サプライズでプレゼントしたいなっておっしゃってたんですが……」
「そ、そうだったんだぁ……」
茜ちゃんはすごく申し訳なさそうな表情になった。
「すみません、私のせいでサプライズが消えちゃいました」
ぺこりと謝る輝星花。そして茜ちゃんはあわあわと輝星花に「私がいきなり変な質問をしたからですよ」って言っている。
そして、完全に俺に対する疑心が消えてしまったみたいだ。
「綾香、ごめんね……私、心の奥でずっと『俺』って言っていた綾香が引っかかってたんだ……。だからって、こんな所で……ごめんなさい!」
瞳を潤ませて俺に謝る茜ちゃん。
正直、悪いのは俺なのに、茜ちゃんに謝らせてしまった。
「ううん、私もごめんね。勘違いされるような事を言った私が悪いんだもん」
「そんな事ないって!」
俺がちらりと輝星花を見ると視線が合った。
そして輝星花は「うまくいったでしょ」と笑みを浮かべている。
しかし、こいつは冷静だな。流石は魔法管理局の野木一郎ってとこか?
「でも……私、ちょっと嬉しいかも」
茜ちゃんが笑みを浮かべた。
「何が嬉しいの?」
「だって、私も『俺のタルト』が好きなんだもん」
そうだったのか!? ここで茜ちゃんの好物を1つ知ったぞ! やった!
「でも、意外ね、綾香ってあまり甘いものが好きじゃなかったでしょ?」
えっ? そうなのか? そういえば綾香は甘いものをあまり食べてなかった気も……。
実の兄なのにそんなのもわかんねぇのか俺は!?
「えっと、『俺のタルト』はお母さんが勝手に買ってきたの。そうしたら美味しくってハマったんだ」
「へぇ、そうだったんだ! じゃあ今度一緒に食べようよ! もちろん絵理沙さん、輝星花さんも一緒にね!」
「はい、絵理沙共々、是非今度ご一緒させて下さい」
俺はほっと胸をなで下ろした。
なんとか危機は回避出来たな。
そして、再び移動を開始する。
先頭はもちろん茜ちゃんだ。その次に俺、後方に双子だ。
しかし何だろう? どうにかなったはずなのにとても痛い視線を感じる。
俺はゆっくりと絵理沙と輝星花の方を振り返った。
すると二人が俺を睨んでいるじゃないか。
俺は咄嗟に視線を外した。
やばい、二人ともすっごく怒ってる?
もう一度振り返る。まだ睨んでいる……。
わ、わかったよ、注意するよ。
まったく、そんなに睨むな。
俺が心の中でそう言うと、二人が睨むのをやめた。
あれ? 何だ? 心を読まれた? いや、それはないよな?
でも、まぁ……いっか。
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「よーし、まずは服を見に行こうね! 大丈夫だよ、私が案内するから」
今日の茜ちゃんはやけに張り切っているな。
佳奈ちゃんがいないと茜ちゃんってこんなに活発でリーダーシップを発揮する子だったんだ。
また茜ちゃんの新しい発見をしたな。
学校で見せるのとは違う本当の茜ちゃん。
本当にこんな子に俺が好意を持たれているなんて今でも信じられない。
スタスタと普通に歩いていると、突然茜ちゃんが立ち止まった。
そして、申し訳なさそうな表情で輝星花を見ている。
輝星花もなんで立ち止まったのかが理解できないみたいで、きょとんとした表情で茜ちゃんを見ていた。
「茜さん? どうしたのですか?」
「あ…えっと…輝星花さんは何処か行きたい場所がありますか? 私が一人ではしゃいでも意味ないんだっていま頃きがついて……」
なんて良い子なんだろう。これが気遣いだよな。絶対に俺には出来ない。
「ああ、お気遣いせずとも大丈夫です。私は特定の目的があっての参加ではありませんので。皆さんと一緒におでかけしてみたかっただけですから」
「それじゃあ、えっと…私がお店とか決めちゃっていいんですか? 私は輝星花さんにも楽しんで欲しいんですけど……」
「大丈夫ですよ? 私は皆さんと一緒にいるだけで楽しいのですから」
輝星花は茜ちゃんにニコリと微笑みかけた。
「はい、わかりました! でも、途中で気になったお店とかあったら言って下さいね?
「はい、ありがとうございます」
茜ちゃんは輝星花との会話を終えると俺の方を見る。
「綾香はどっか行きたい所はある?」
おお、俺にも気遣いか。うんうん。
「私は別にないよ? 茜ちゃんについて行くよ」
「絵理沙さんは?」
「私も無いわ」
「OK! わかった! じゃあ私に任せて!」
茜ちゃんは意見を纏めおえると楽しそうに笑顔で歩きだした。




