010 予期せぬ来訪者
あの事件から二週間が過ぎ、すでに夏休みの中盤、八月に突入していた。
俺はと言うと、外に出る事も無く妹の部屋で窓からぼーと空を眺めている。
「あ~あ…綾香はどこで何をしてるんだろうな…」
ここ最近になって落ち着いてきたせいもあり、一人っきりになると綾香の事ばかり考えている気がする。
ちょっと前までは、両親を元気にさせないととか、俺自身がうまく綾香として立ち回らないとなんて思っていて、綾香の事を冷静に考える暇がなかった。
だけど最近は今の環境にも落ち着いてきたお陰か、多少だけど考える時間も出来た。
「でもなぁ…」
俺が間違って綾香として生き返ってしまったせいで、両親もそして周囲もみんな綾香が行方不明のままだなんてまったく思っていない。
でも、本当は綾香はこの場所にはいないんだ。だってこの綾香は悟なんだ。偽物なんだからな。
俺は最近になって綾香の部屋を普通に物色するようになった。
最初はあまりいじるのも駄目なんだろうと思って躊躇していたのだが、今は綾香として生活をするのに綾香の私物も俺が使わなきゃ駄目になる。だから色々と物色をしていた。
もちろん、学校のクラスメイトのリストなんかも目を通した。が、
「やっぱこれは写真が無いとなぁ…」
独り言を言いながらクラスメイトの名前だけを頭に入れた。
綾香のクラスメイトの中には俺の知っている名前もあった。俺の友達の妹なんかも同じクラスみたいだ。
俺はふと本棚に入っているピンクのアルバムが目に入る。そして、アルバムへと手がのびた。
「これは中学校の時のアルバムかな?」
そう、これは中学校の時の写真を入れているアルバムだった。
綾香は几帳面なので、アルバムにタイトルをつけてあるからすぐに解る。
そのアルバムをおもむろに開くと、偶然か俺と綾香のツーショット写真が…
これは一年前の一泊二日での家族旅行の時の写真だ。
写真の横には、これまた几帳面に付箋で作ったメモが一緒に挟んである。
付箋には、【お兄ちゃんと一緒! またいこうね!】と書いてあった。
俺は思わず唾を飲むと小さい溜息をついてしまった。
綾香…マジで何処にいるんだよ…
世間じゃもうあの飛行機事故は忘れられてるんだぞ?
そろそろ戻って来ても俺は許す。俺は…お前が戻ってきたら…それはそれでやばいけど。
まぁ、その時になったら考えるから戻ってこいよ。
それとも戻って来られない場所にいるのか? まさか…死んで…ないよな?
それからしばらくアルバムを見ていた…
すると、アルバムに水滴がいくつももこぼれ落ちている事に気が付く。
なっ…くそっ! 何で泣いてるんだよ? 女になって涙腺が緩みまくったか?
俺は涙を洋服で拭い、アルバムの水滴を拭くと元の本棚に戻した。
あー駄目だ! 俺がこんな事でどうするんだよ! 俺が元気出さないでどうするんだ!
いつ綾香が戻ってきてもいいようにがんばらないと駄目なんだろうが!
俺は窓を閉めてピンク色の丸いクッションの上に座った。
「よし、気分を変えて別の事をしよう!」
とは言ってもまさか外に遊びには出られないし、かと言って知り合いに電話を掛けるなんて出来ない。
俺は妹の部屋を物色するが、遊ぶようなものは無い。
しいて言えば、モノポリーがあった。
こんなの一人じゃ出来ない。一人モノポリーとか寂しすぎる。
オセロもあった。
一人オセロとか危ない奴しかやんねぇだろ…
トランプがあった。
一人でトランプって何をすんだ?
結局は妹の所有物で俺が一人で遊べるものはなかった。
仕方ないから俺の部屋に行ってゲームでも持ってこようかな…なんて考えてしまう。
でも問題がある。綾香ってゲームをしないんだよな。
俺は腕を組んで天井を見上げて悩んでみた。
綾香がゲームをやってるとおかしいかな? 怪しいか?
でも、まぁどうせ見られるにしても両親だけだし、別に怪しまないか?
………でも、やっぱり今日はやめておこうかな。
俺の部屋の者は俺の所有物だけど、今の俺(綾香)の所有物じゃない訳だし…今度母さんの許可を得てから遊ぼう。そうしよう。
自分でなんとなく納得していると、
『ピンポーン!ピンポーン!』
っと呼び鈴が聞こえた。
誰だ? お客さんかな? それとも宅急便?
まあいいや、ほっておけば母さんが対応してくれるだろう。
しかし暇だ。本当に今日は何しようかな? やっぱり早速母さんの許可を得てからゲームかな…
ちなみに、勉強をするという選択肢は無い。
「あ~や~か~!」
一階の方から俺を呼ぶ声が聞こえた? 気がした? いや、気のせいじゃないだろ?
『ダダダダ!』と激しい階段を駆け上がる音。
なんだ? すごい勢いで階段を駆け上がってくる音がするぞ?
そう考えている最中に『バン』と勢い良く部屋のドアが開いた。
へっ? な、何だ?
「綾香だっ! 生きてたよ!」
一人の女の子がものすごい勢いで部屋に突入してきた。
え? 何だ? 誰だよ?
「綾香ぁぁぁぁ!」
その子は躊躇なく、そして容赦なく俺に抱きついた!
って、マジで誰だよ!
「生きてたんだね! よかった~! よかったよ! マジ本当に!」
女の子の顔がむちゃむちゃ俺の顔の目の前にある。
なんだこの状況は!?
俺の心臓が凄まじく鼓動を早める。自分でも自分がかなり動揺しているのがわかる。
え、えっと…綾香の友達? だよな? とりあえず誰なのかを聞いてみよう。
「ええと…どちら様でしたっけ?」
後から思った。これって不自然すぎる質問だった。でも、その時には俺はそう質問するか思い付かなかった。
俺が質問をしたら、その女の子はすごく驚いたみたいだった。
口が本気でぽかーんってなってたからな。
「えっ? ナニソレ? 綾香、どうしたの? 私だよ? 佳奈だよ! 忘れちゃったの?」
俺の両肩をがっしりと固定すると、佳奈という子はさらに顔を寄せてきた。というか近すぎる!
待て! そんなに寄られると困る! いやっ! マジで近いって!
「綾香? お邪魔するよ?」
いきなり抱きついてきた女の子に気を取られていると、今度は別の女の子の声が聞こえた。
見れば、部屋にはさらに二人ほど女の子が入って来たじゃないか。
おいおい…何人で来てるんだよ?
よく見ると入って来た2人は見覚えがある子だった。
一人は俺のダチの妹で、確か…真理子ちゃんっていったっけ?
もう一人は綾香の中学校からの友達で、ここ最近は何度か家に遊びに来てる茜ちゃんだ。
そしてこの子は…俺がちょっと気になってる子だったり…する。
真理子ちゃんは、佳奈ちゃんが俺に抱き付いているのを見て、ドスドスと俺たちの横へと来たと思うと、佳奈ちゃんを俺から引き離した。
「佳奈! いきなり抱き付いたら駄目でしょ? ちょっとは綾香の事を考えて行動しなさい!」
「えぇぇ? いいじゃん。綾香とスキンシップだよ? 元気を出してもらいたいんだもん」
「佳奈、真理子ちゃんの言う通りだよ? もしかしたら怪我とかしてるかもしれないでしょ?」
茜ちゃんがそう言うと、佳奈ちゃんはハッとした表情で俺を見た。
「怪我してるの?」
「し、してないけど?」
「ほら! してないよ?」
「だから、怪我してるって断言して無いでしょ? もうっ」
茜ちゃんはおでこに手を当てて首を振った。
この三人は綾香の友達だ。
俺の気になっている子。茜ちゃんはショートヘアでスポーツが得意そうな活発な女の子だ。
今日も、Tシャツにショートパンツというボーイッシュな格好だが、それが俺には好印象だったりする。
一度もまともに話をした事がないが、家に遊びに来たときはいつも笑顔で挨拶をしてくれる子だ。
俺はこの子と仲良くしたいなぁなんて思っている…まぁ俺の勝手な思いなんだけどな。
「怪我してないんだし、大丈夫でしょ~」
佳奈ちゃんがフライング抱き付きで俺をまた攻撃して来た!
と、思ったら、寸前で茜ちゃんが佳奈ちゃんの腰に抱き付いて制止している。
「駄目っ! 離れなさい!」
「やめてよ~茜…あーん…綾香ぁ 助けてよ~」
佳奈ちゃん甘え声を出しながら、引きずられるように俺から引き離されていった。しかし、助かった。
実はさっき、抱きつかれた時にすっごい良いにおいがしたんだ。おまけにおっぱいらしきものが俺の胸部付近にあたって…
いや、俺の中身は男だし、女子に抱かれるとか…興奮するじゃないか!
って…妹の友達相手に俺は何を考えてるんだよ!
「綾香? どうしたの? 頭を抱えて…頭がいたい?」
「えっ? ううん! 違うよ? ちょ、ちょっと…うん…何でもない!」
抱き付かれて興奮したとか言えるはずないだろ? 俺の馬鹿!
しかし、引き離してくれたお陰で、佳奈という子をきちんと確認出来た。
俺に抱きついてた佳奈という子は、髪をサイドにまとめていた。そして、服装はすこし大人ぶった感じはする。が、仕草や体型はまだまだ子供っぽさが残っている。
さっき、胸が当たっていたが、そう。バストサイズはそれほどじゃなかった。
まぁ、今の俺よりも大きいけどな…と言う事は妹よ…がんばらないとな。(なにを?)
そして、この子は髪が茶色だった。
俺は校則違反をして髪を茶色く染めていたが、この子は髪の色素が薄いのだろうか? 根っこから茶色い。
しかし全体のイメージからすると痩せぎでもなくていい感じだとは思う。
こういう子も俺は嫌いじゃない。元気で明るくって…いい匂いがする…
「佳奈はちょっと慌てすぎね。まだおばさんに挨拶してた途中だったでしょ? 挨拶の途中で人の家にづかづか上がりこんじゃ駄目でしょ?」
この正論を言っている子が、俺のダチの妹で真理子ちゃんだ。
長い黒髪がすっごく綺麗で腰のあたりまで伸びている。
しかし、手入れが大変そうだな? 今のこの髪でさえ面倒なのにな。まぁ、俺は絶対に髪は伸ばさないけどな。
しかし、容姿は抜群だな。胸なんか…もうこれ以上は成長しなくっていいんじゃないかってレベルだ。
この子を見ると、佳奈ちゃんはもう無いに等しく見えるし、茜ちゃんだって…うん…頑張れってなる。
そして綾香は…絶壁。
俺はじっと自分の胸を見た。まぁ…四人の中で一番ないのは確定だったけど、見比べると溜息が出る。
そして、俺はもう一度三人を確認した。胸をじゃないぞ?
おさらい。
俺にいきなり抱きついてたのが佳奈ちゃん。
それで、ショートカットの子が茜ちゃん。
ロングヘアの真理子ちゃん。
よし、憶えたぞ。
「あ! そうだ! 茜、真理子、聞いてよ! 綾香が私の事わかんないんだって…忘れちゃったんだって!」
その言葉に茜ちゃんと真理子ちゃんが反応して俺の方を見た。
「え? それって本当なの? 綾香、私よ、茜だよ? 私の事も忘れちゃった?」
茜ちゃんが忘れてないよね? と投げかけるような表情で俺に寄ってきた。
大丈夫だ。茜ちゃんは覚えているから。しかし…どうしようかな…三人とも名前だけは覚えていたという事にしておくべきか?
まぁ、完全に忘れているのもあれだしな…
「名前は忘れてないよ? えっと…佳奈ちゃんと…茜ちゃんと…真理子ちゃん…だよね…ごめんなさい。私ね、ちょっと昔の事が思い出せなくなってて…だから今は名前くらいしか覚えてないの…ごめんなさい…」
ここで悲しそうな表情。これでなんとかなるか?
「え…マジ!? もしかして記憶喪失なの? そうなの? 綾香…かわいそう…」
さっきまですっごく元気だったはずの佳奈ちゃんがいきなり泣きそうな顔になった。
これはこれで困るな…しかし、女の子ってこんなもんなのか?
「あ、あの…私は大丈夫だから。佳奈ちゃん…お願いだからそんな顔しないで」
俺が佳奈ちゃんを懸命に慰めていると、真理子ちゃんが俺の前に座った。
「綾香は飛行機事故にあったんだよね…大丈夫だよ。きっとショックでそうなってるだけだよ。そのうちきっと思い出せるわ…それに記憶がどうこうより、私は綾香が生きてただけでも十分すぎるもん。すっごい心配だったんだよ?」
真理子ちゃん…本当に心配してたって顔してるな。
「ありがとう…でも…私…昔の事を何も覚えてないし…」
「いいよ、無理に思い出さなくっても。あのね、私達はね? 全員が綾香の友達だったんだよ? 名前しか覚えてないみたいだけど…」
茜ちゃんも俺の横に座った。
「綾香…記憶が無くなっても私達はずっと綾香の友達だからね! 大丈夫だからね!」
茜ちゃんが笑顔で俺を励ましてくれてる。何だよ…綾香はいい友達をもってるじゃないか。しかし…横ではついに佳奈ちゃんが泣き始めちゃったぞ。
「うん…ありがとう…茜ちゃん。佳奈ちゃん、私は大丈夫だから泣かなくてもいいよ」
「ぐすぐす…うん…そうだよね…泣いてばかりじゃ駄目だよね…じゃあ…取りあえず買い物にいこうか…」
えっ?
俺は唐突に買い物に行こうとか言われてかなり驚いた。
それに何だ? 佳奈ちゃん…さっきまで泣いてたのに、もう笑っている。
この子よくわかんないぞ…
「佳奈!? 突然また何を言い出すの? 私達は今日は綾香に逢いに来ただけでしょ? 駄目だよ! 綾香だってまだ本調子じゃないんだよ?」
真理子ちゃんも佳奈ちゃんの突然の買い物行こう発言にかなり驚いてる。
俺は考えた。断るのは簡単だけど、しかし、これから先はこの子達とも付き合っていかないといけないんだ。
という事は…この子達とは色々と交流を持つべきだよな。
どうせ今日は暇だし、一緒に買い物に行くのもいいかもしれない。
何事も経験だろうし、女の子としての行動の勉強になるかもしれないしな。
「私はいいよ? 買い物に行っても。買い物で気分転換すれば記憶もすこしは戻るかもしれないし」
俺の言葉を聞いて佳奈ちゃんはすごく喜んでいる。
「やった! ほら! 綾香もいくってさ! 茜だって綾香と買い物行きたいでしょ?」
「う、うーん、綾香がいいなら…私は一緒に行ってもいいけど…」
茜ちゃんはちょっと困った表情を見せて呟いた。
「大丈夫よ茜! 綾香がいいよって言ったんだからさ! 行こう、行こう! 早くいこー」
佳奈ちゃんは早く行きたくって仕方ない様子だ。
「本当にいいの? 綾香、無理しなくってもいいんだよ?」
真理子ちゃんが心配そうな表情で俺を見てる。
なんて優しい子なんだろう、あの勉強馬鹿な貴裕の妹とは思えない優しさだな。
あいつの妹がこんなに優しい訳がない! って何処かで聞いたなこのフレーズは…
あまりみんなを心配をさせるのも悪いし、よし…じゃあさっさと買い物いくか!
「私は大丈夫だよ。心配しなくっていいから買い物に行こうよ!」
「本当に? でも綾香が言うんだしね…それじゃあ…行こうか?」
真理子ちゃんはそう言うとやっと笑顔を浮かべてくれた。
「やった! 真理子! 茜! 綾香! いくぞーれっつごー」
佳奈ちゃんは…うん、よくわかった、こういう子だとよく理解したよ…




