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ぷれしす  作者: みずきなな
七月
1/173

001 この世の中の信じられない事実

「何度見てもマジでそっくりだよなぁ……」


 姿見に映っているのは俺の妹で【姫宮綾香】の姿だった。

 何回も見直すが、それはやはり俺の妹だった。


「はぁ……」


 つい、深いため息が口から漏れてしまった。

 理由は簡単だ。

 目の前の鏡に映っているのは実は本当の妹じゃないからだ。

 目の前に映る妹は、実は俺の姿だったりするからだ。

 そして、今の俺は姫宮綾香として生活を強いられている。

 まったくもって理解が出来ないというか理解したくない現状。

 だけど、現実に俺は実の妹である姫宮綾香の姿になって生活をしている。

 こんな生活がいつまで続くんだろう……

 また深いため息が漏れた。


 こうなってしまった原因は今から一月前に遡る……


 ☆★☆★☆★☆★☆


 俺は空を見上げた。

 すると、そこには雲一つない青空が広がっていた。

 これが俗に言う良い天気というやつだと実感をする。

 しかし、この天気の良さは今の俺には必要ないと言うより邪魔だった。

 夏の熱い日差しがジリジリと俺の体に降り注いくる。

 そして俺の体温を上昇させまくっている。


「暑っつ……」


 仕方なく右手で太陽光を遮るようにして、目の前に建っている三階建てコンクリート造の校舎を見上げた。


 目の前に建っている建物は彩北高校という学校。

 ここは俺と妹が通学している高校で、規模もそれほど大きくはない普通の進学校だ。

 最近は改装もしてすこしは小奇麗になった。

 そのせいで受験生も若干だが増えたらしい。

 まぁ、今の俺は三年だし受験生が増えようが増えまいが関係ないんだけどな。


 実はこの高校に俺の妹が今年入学をした。

 しかし、出来の良かった妹がなぜこの高校に受験したのかがすごく疑問に思ってしまう。

 綾香の偏差値は高く俺と同じこの高校に入学する必要はなく、もっと上の高校を狙う事も出来たはずだ。

 しかし、綾香は何故かこの高校を選んだ。

 だけど、何だかんだと言ったが兄としてはそれはとても嬉しい事だった。

 俺はシスコンでは無いが、妹は大好きだからな。

 だけど、いくら妹が大好きって言っても俺はもう三年だ。

 そうなると妹とはたった一年しか一緒には通えないって事になる。

 だけど、俺はそれでも満足だった。そして、妹とこれから一緒に過ごす高校生活が実に楽しみだった。

 そうなるはずだった! はずだったんだ……。

 だけど…………。

 だけど、それももう難しいかもしれない。

 それはもう叶わないかもしれない。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 今から数日前の某日の事だった。


 俺の家には嬉しくない一報が飛び込んだ。

 それは、妹の姫宮綾香が飛行機事故に遭ったという一報だった。

 妹は飛行機事故にあって現在も行方不明だと言う。

 なんてこった……こんな事なら……。


 俺の家族は今年は山口の祖母の家へ帰省する事になっていた。

 だけど、家族内での日程の調整がつかずに妹の綾香だけが先に山口の実家を目指す事になっていた。


 帰省の日。

 朝の五時に起床した妹は早朝の飛行機で山口を目指す事になっていた。

 俺は大好きな妹が出発するのに寝ているなんて出来るはずもなく、もちろん朝から妹を送り出すために玄関にいた。

 タクシーを呼び、それを待っている僅かな時間に妹と話をした。

 その時にはまさか、その会話が妹との最後の会話になるなんて思ってもいなかった。

 違う。妹はまだ死んだ訳じゃない。まだ死んだと確定していないんだ。

 だから、最後という表現は間違っている。いや、間違っていると思いたい。


 俺は学校の玄関へ向かって歩きながら妹が出発した日の会話を思い出していた。


「あのね、お兄ちゃん」


 その時、チラリと上目づかいで俺を見た綾香。

 その表情にはちょっと笑みが漏れていた。

 とても可愛い。そして愛らしい笑み。

 だが、何かちょっと引っかかる。


「どうしたんだよ?」


 妹は俺の頭や顔をジロジロと見る。そして唇を突き出すようにして言った。


「えっとね、学校の皆がお兄ちゃんの事を怖いって言うんだよね。何でだろうね?」


 いきなり来たのは変な質問。

 しかし、まぁそういう質問がくるのもおかしくはない。

 学校では俺をそういう風に思っている奴だっているって知っていた。

 まぁ俺はそういう風に見られる事を目指してたんだけど。


「髪もこんなに茶色く染めてるし、学校じゃあ不良っぽい格好をしているからだろ?」


 そう、俺は高校に入ってから髪を染めていた。

 いわゆる高校デビューという奴だ。

 どうせ染めるのならいっそ金髪と思ったのだが、流石に金色は恥かしいし目立ちすぎるから薄い茶色にした。

 半端な奴だなんて言うなよ?

 だが、俺にはそこまでやる勇気がなかったのは事実だ。

 ちなみに、高校デビューと言っても、別に不良になりたかった訳じゃない。

 ただ、何かこう何か新しい自分を見つけたかったんだ。

 中学では親友だと思っていた奴とは疎遠になり、幼馴染とも話さなくなった。

 そして小中と同じ学校だった奴が激減した高校。

 俺はそのタイミングで色々とリセットしたかった。

 新しい別の自分になってみたかった。

 でも、結果は俺は俺だったという事。

 所詮は実際に髪の色を変えても、不良っぽくなってみても、俺は俺だった。

 不良っぽくなって親友が出来た訳でもないし、恋人だって出来なかった。

 三年経過しても結局は何も変わらなかったんだ。


「私は別に髪が茶色くったってお兄ちゃんを怖いとは思わないけど?」


 妹は何か納得のゆかない表情で俺の顔をジロジロと見ている。


「そりゃ妹にまで怖がられたら流石に俺も凹むぞ?」


 俺がそう返すと、綾香は唇を舐めた。

 綾香が唇を舐めるのは癖だ。言葉で表せば「ええと…」と言っているような時に舐めている気がする。

 という事はこの後に何か質問でもしてくるのか? なんて思っていたらやっぱり質問をしてきた。それもとんでもない質問を。


「お兄ちゃんはさ、好きな人とかいるのかな?」


 俺はちょっと動揺した。ちょっと焦った。

 生まれて今まででに、妹に恋愛沙汰を聞かれた事はない。

 そりゃ、色恋沙汰の話は高校姓にもなれば誰でも普通に話すかもしれないし、決して珍しくもない。だから聞いたのだろうか? しかし実の兄にか?

 しかし残念だ。俺はそういう浮いた話はない。


「なにを唐突にそんな事を聞くんだ? そんなのいるはずないだろ?」


 俺はそう言い返す。現実にそうなのだからここで嘘を言っても仕方ない。


「ふーん」

「ふーんって何だよ」


 でも、本当にぶっちゃけると気になっている子はいた。

 だけど、まだ告白している訳でもなく、告白をされた訳でもない。だからノーカウント。告白してうまくいく保証もないからな。

 あはは、ヘタレ万歳。


「ううん、何でもないけど?」


 何でもないけどと言っておきながら、本当にいないの? と言わんばかりに目を細めて睨んでるじゃないか。おいおい。

 綾香は何でそんな疑うような目で俺を見るんだ?

 俺は嘘は滅多に……いや、多少しか嘘をつかない健全な……いや、普通の兄だぞ?


「ええとね? お兄ちゃんもそろそろ彼女の一人くらいつくってもいいんじゃないのかなぁって思うんだけど?」


 綾香は両手をお腹の前でもじもじと弄りながら綾香が目を逸らした。

 何故か頬が赤く照れが見える。

 しかし、何でここで彼女を作れ的な話をするんだ?

 今の俺には彼女が出来る可能性なんて皆無に等しい。

 知っているか? 片思いなんて実る確立の方が低いんだよ。

 でも、ちょうど良い機会だな。俺も綾香の色恋沙汰には興味があったんだ。


「そういう綾香はどうなんだ?」


 まさか逆に質問をしてくるとは思っていなかっただろ?

 綾香の顔が真っ赤になっている。

 ふふふ、甘いな綾香。俺はそんなに甘くないぞ。

 でも俺は知っていた。綾香がデートをしたり、特定の男子と仲良しだという事は無いって。今になっても携帯すら持っていないんだしな。

 だからこそこういう質問をしたのだが……。


「わ、私? そんなの秘密だよ!」


 まさかの予想外の反応だった。というか、居ないって否定されなかったぞ?

 という事は……まさか好きな奴が居るのか?

 しかし、ここで宣言しておこう。

 お兄ちゃんは相手が変な奴だったら許さないからな!


「わ、私の事はいいでしょ? 私はお兄ちゃんに彼女が居ないかを確認したかっただけなんだから」

「だから、居ないって言ってるだろ? だいたい、俺に彼女が出来たらまず綾香にはバレるだろ? それに俺は彼女が出来たらお前には話すし」

「そ、そっか、そうだよね? お兄ちゃんって嘘がつけないしね? 顔に出るしね!」


 そう言って綾香はくすくすと笑った。

 ああ、どうせ俺は顔に出るよ!


「えっとね、お兄ちゃん」

「なんだよ」

「きっとお兄ちゃんを好きな子はいると思うんだ」


 綾香は両手を今度は背中の後ろに回して組んだ。

 そして、ちょっと前のめりになり笑顔を作っている。

 いやいや、何だ? 綾香は俺を好きな子がいるとか言ったのか?

 俺を好きな子がいる? 好きって事は好意があるって事だよな?

 想像するけど脳裏には俺を好きそうな女子が浮かばない。


「そんな事ないだろ? 俺がもてるはずない」

「そう思っているのはお兄ちゃんだけなんじゃないかな?」


 綾香は俺の目をじっと見て微笑んだ。そして頬がすこし桜色に染まっている。


「お、おい! まさか綾香が俺を?」


 俺は冗談半分にそう言ってみた。すると、綾香の顔はまた真っ赤になる。

 いや、もしてかして妹フラグ立ったのか? と思ったら。


「そんな訳ないでしょ!」


 と否定。うんそうだよな。と思ったら。


「そ、そりゃお兄ちゃんの事は好きだけど……」


 と肯定されて動揺しまくりな俺。

 俺を見て綾香は両手を左右に目の前で振り違うジェスチャー。


「あ、あれだからっ!」


 わかってる。その好き兄妹としての好きだよな?


「俺もお前が好きだ。妹として」

「わ、私もお兄ちゃんが好きだけど、妹としてだからね?」


 やっと着地できた。近親相姦フラグが折れてよかった。


「あのさ、お兄ちゃん?」

「俺は兄として慕ってくれていると聞いて嬉しいからな」

「あのさ……」

「綾香はやっぱり可愛いからな。うん、俺はずっとお前が好きだと思うんだ」

「お、お兄ちゃん! もうっ! 先に言っておくからね? シスコンだとモテないよ?」


 口調が強い綾香だったが、舌をぺろっと出して微笑んでいた。

 いや、マジ可愛いなこいつ。


「じゃあ、そろそろ」


 綾香は両手で荷物を持って玄関を出て行った。

 いやいや、これだけは言っておかねばならぬ。


「綾香! ちょっと待て!」

「なに?」

「俺はシスコンじゃない! っていうか、お前もブラコンじゃないのか?」


 綾香は俺の方を振り返る。


「……うん! 解ってるよ! 私はブラコンだよ」


 笑顔でそう言い切った。

 俺の顔が急に熱くなった。真っ赤になっているだろうって自分でもわかる。


「お、お兄ちゃんをからかうな!」

「えへへ……じゃあ、行ってきま~す!」


 綾香は笑顔でそう言うと、玄関前に到着したタクシーに乗り込んだ。


「気をつけろよ?」

「うんわかってる!」


 そして綾香を乗せたタクシーは駅へと向かったんだ。

 あの時、俺は綾香を引き止めていればこんな事には……。

 でも、まさか事故の遭うなんて予想できるはずもない。

 俺は神様じゃないんだ。


 ☆★☆


「悟?」


 俺は父さんの声で我に返った。


「あ……」

「父さんたちはこっちでいいのか?」

「ああ……」


 俺は両親と一緒に校舎へと入った。

 校舎に入った瞬間にヒヤッとした空気が俺の体から熱を奪ってゆく。

 流石に中は外とはまったく温度が違った。

 外は灼熱地獄だが、中は風が抜けて妙にここちが良い。


 俺は微妙に抜ける風を感じながら、靴を自分の下駄箱に入れた。

 下駄箱の中には上履きなんてもちろん無い。夏休み前に自宅へ持って帰ったから。だから俺は素足のままコンクリートの床に触れた。

 しかし、これはこれで気持ちがよかった。そう、コンクリートのその冷たさが妙に心地いいのだ。

 いっそ、このままコンクリートの廊下に寝そべりたいくらいに感じになるが、まぁそれは無理だ。いや、したくても両親の前でそれはちょっと出来ないな。


 俺は自分の下駄箱から少し歩いた位置にある来賓用の玄関に両親を迎えに行った。

 来賓用の玄関には両親が靴を持って立っていた。

 俺は両親の靴を指定の靴箱に入れさせて、来賓用の緑色のスリッパを両親の前においた。


「言っておくけど、俺は職員室には付き添わないからな?」


 スリッパを置きながらそんな事を言ったが、まったく返事がない。

 両親に目をやると、顔面蒼白になった母さんの顔が飛び込む。

 学校に来てから一気に気持ちが落ち込んだのか? 綾香の事を思い出したのか?


「おい、大丈夫か? こんな所で倒れないでくれよ?」


 しかし、母さんは返事をしなかった。

 それはそうだろな。返事をする元気も無さそうだし。


「悟、母さんは父さんが見ているから大丈夫だ」


 母さんの肩を抱くように抱えている父さんが笑顔で俺にそう言う。

 しかし、その笑顔に本当に笑みはない。

 でも、父さんも大丈夫かよ? なんて聞ける訳も無い。


「じゃあ父さん、母さんをよろしくな」


 俺は母さんを父さんに託す事にした。

 職員室へ続く廊下を歩き始めて数歩目で母さんが急にふらついた。

 慌てて俺と父さんが母さんを支える。

 母さんの手からは勢い余ってバッグが廊下にこぼれおちてしまった。そして、見事ほどに中身が散乱してしまった。


「まったく、言ったそばからこれだよ。本当に大丈夫なのか?」


 俺は廊下に散乱した母さんのバッグの中身を集める。すると、その中に妹の生徒手帳を見つけた。

 思わず俺はそれを手にとり、そして中を確認する。

 見開きの部分。そこには初々しい制服姿の綾香の顔写真が張ってあった。

 俺に最後に見せたあの笑顔と同じ、夢と希望に満ち溢れる笑顔の綾香の写真が貼ってあった。


「母さん、これ、俺が持ってていいかな」


 俺は母さんの答えを聞く事もなく、手帳をズボンの後ろポケットに入れる。

 別に綾香の生徒手帳を持っていたから何がどうなるという訳じゃないのだろうけど、俺は妙にこの生徒手帳を持っていたくなった。

 そして、俺は職員室の前で両親と別れた。

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