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鬼燈  作者: 鈴木山猫
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●●●●●

〇最終話です

 燃え盛る城。

 その城内。

「扇……扇や……」

 扇の父、城主でもある盛久は虫の息での乏しい声。

 激しい雨が振り出した。

「この城は陥落した。盛久は自害したろう」

「もし生きていたら、どうなさいます!?」

「例え、そうであっても焼け死ぬのは必然じゃ」

「そうだの。我らは新しい殿のもとへ参ろう……」

 複数の馬の蹄は泥を散らせ、遠く消えた。

 しばらくすると、雨は炎上する城を鎮火したのだった。

 その時、一部焼け崩れた残骸の下から手が伸び、汚れた煤だらけの腕を雨は洗浄する。

 その手は雨を掴むかのように握られ、正しく生きている証だった。


「扇……扇や……」



 間違いなく渾身の斬撃は、扇の首をとらえていたのにも関わらず、与えたのは衝撃のみに止まっていた。

「貴様からは嫌な臭がただよっている!かつて我らを斬り刻んだ刀の臭い」

 伊右衛門は微動もせず構えている。

「名刀も我らに二度はきかぬようじゃの」

 鬼に操られた扇は力ずくで突進してきた。

 伊右衛門は刀を突いたが弾かれ、体当たりをくらった。

 体が宙に舞い、体五つ程の距離を飛ばされた。

 蹲る伊右衛門。

「ほう。初めて貴様の背を拝借するが、観音菩薩が彫っていたとは」

 そう。伊右衛門の背には合掌して目を閉じ後光を彩し、やさしく笑む姿の観音様が彫られていた。

「拙者を守られておる」

「ならば、直ぐにでも息の根を止めれば、自らが背負う観音に導かれるがいい」

 そう言うと、さらに勢いを増した鬼の力で吹き飛ばされた。

 さらに、二撃、三撃と。

 伊右衛門は吹き飛ばされ、壊れた堂の前に転がった。

(左腕と肋骨が砕けたか……)

 長く束ねた黒髪が乱れ、口内を切り血を垂らす。整った顔は腫れだしていた。

 足を一歩動かしたその時、伊右衛門は鈴の音を微かに聞いた。

(これは!?)

 そう自らが身につけていた鈴の音。

 それは今、足元に埋もれていたものだった。その鈴は長紐に付けられ、それをたどる先には脇差の柄先に結ばれているものだった。

 見た目は決して良くない。さらに太刀ほどに洗練された造りではなく、しかも古びて鞘の一部は朱塗りが剥げている代物。一見は父の形見に見える。

(ほどけていたか)

 扇は伊右衛門が自力で起き上がるのを待っていた。

「もう終いじゃ。飢えをやわらげる」

 勢いよくとどめを刺しに向かってきた。伊右衛門の向けた背中に浮く観音様ごと貫き通すため。

(まだ足が動く……)

 扇が振りぬいた瞬間、身を返し回り、片膝をつき、太刀を扇に向かって投げ付けた。それは真っすぐ扇の顔目がけ向かったが、いともたやすく弾かれた。

「なまくら刀でワシは……」

 伊右衛門は鈴の付いた紐を引きちぎり、脇差を抜いた。

 外見とは別に刀身は太刀よりも洗練され、され、光彩を放つ代物が目を覚ました瞬間だった。

 扇が太刀を弾いた腕に一瞬、隠れた間、光る閃光が向かっているのに気付いた刹那。


 ――――――ツッ


 それは静かな音だった。


  

 それと同く、本堂にいた孫六の白濁した眼からは、扇と似た白糸のような涙が一筋だけ流れた。

「扇……扇や……」

 その言葉を残すと、孫六は蹲り倒れこんだ。

 与吉と由蔵は驚き、孫六を強請り、名を叫んだ。

「ま、孫爺!しっかりせえ。孫爺!」

「寂蓮様!寂蓮様!」

 与吉等の叫び、呼ぶ声を打ち消すかのように、一心不乱に経を唱えるだけだった。

 その目から涙を流しながら。

(盛久殿。姫殿の見守りお疲れさまにございました)

 その夜、寂蓮が唱える経が止むことはなかった。


  

 扇は何もなかったかのように立ち尽くし微笑む。

「ふ、ふっふっふっ……脅ろか……うぐっ!?」

 伊右衛門は合掌し、立ち上がった。

「拙者が持つ『角落とし』は脇差でござる。太刀ではござらん」

 扇は一歩、また一歩と伊右衛門に近づくが、足を進める度に胸元に突き刺さった角落としから血が滲みでた。

 そして伊右衛門の手前で雪崩落ちたのである。

 伊右衛門は扇の瞳を覗き込んでいるとき、雪に籠もる物音がした。

 それは勝正の姿。

 馬上から降り立つと、深々と頭を下げる。

「……忝のう御座った」

 そしてそのまま扇を抱き抱えた。

 伊右衛門はそっと角落としを引き抜き鞘に納めた。

 扇は震える指で勝正の頬に手をあて、

「嗚呼、勝正。勝正」

 勝正は優しく微笑む。

「私はそなたに顔向けできまいぞ」

「よいよい」

「赤子がほしかったのじゃ」

「解っております」

 扇は涙を流しす。いつのまにか取付いた鬼の御霊は浄化され、扇の肉体も消え、魂と成り代わった。

「よいのか、よいのか、私目を許したもうか……」

 勝正は無言で強く包容した。


 そして扇を抱き抱えたまま風丸にまたがると、

「伊右衛門殿。世話に成り申した」

「浄土で達者にするでござる」

 再び勝正は深々と頭を下げた。

「ささ、扇よ。我らが迎う場所に共に参ろうぞ」

「はい。何処までも……」

 そのまま二人が桜木道の奥に迎うと姿が消えた。しかし、その瞬間! 猛烈な吹雪が吹き荒れたのである。

 伊右衛門は乱れたままの着衣を着直し、落ちた太刀を拾うと、刀身を眺めた。

「すばらしい。刃こぼれ一つない。無名の鍛冶屋がうったにはしては稀に見る名工。さすがは戦場刀、胴太貫の一種と見込んだ拙者の目に狂いはない」

 太刀と脇差を帯に通し、角落とし封印の鈴紐と寂蓮から授かった数珠を懐にしまった時、勝正等が消えた道筋に何かを見つけた。

 それに近づいていくと、なんと、雪面に突き出した鬼灯。

 赤く熟した鬼灯はまるで雪上に火を灯した提灯のように見えた。

少なくとも今の伊右衛門には……



 あの日以来、“鬼”は現れなくなったという。

 村村に平穏な日々が続いた。

 初夏に寂蓮と与吉、由蔵と村の衆数人で桜木道に新しく堂を建て、中に観音像とその堂脇に三対の墓石がたてられた。

「あのお侍様は今、何処で旅しておるんじゃろか」

 与吉がふっと溢した。

 寂蓮は眩しく日差しに手をあてがうと山の方を眺め、

「大方、あの山の向う辺りで、扇姫様に似た境遇な御方を救って下さってらっしゃるのではなかろうか……」

 初夏の蝉は煩く鳴き、山々に響き、鬼灯は心地よい風に吹かれて揺れた。二つ茎がよく寄り添っていたのである。


    終

〇作者の嘆き。徹夜で頭朦朧です。編集を二度、三度致しましたが、誤字脱字などの誤りがございましたら申し訳御座いません。今現在執筆中の作品や次回作を頑張ります。※本作品『鬼燈』を読んで頂き有難う御座ました。

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