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鬼燈  作者: 鈴木山猫
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●●

 今から数十年前の事。世は戦国末期。

 この村より山を一つ越えたところに小さな山城を構えた諸大名がいた。

 君主の名は鹿原盛久。

 一揆の加勢を煽り立てし、それがお家断絶を招いていた最中、不服とした家臣数名が、

「このままでは鹿原家共々我らの命も危うい。こうなっては仕方あるまい。盛久の首を召し上げれば、あわよくば我らは自害せずに済む」

 そして反旗を翻したのが始まりだった。

 どの道、鹿原家は絶えると悟った重臣本間勝正は扇姫だけはと殿の名により逃げ去っていた。

「姫君、拙者がお連れ申す!」

 扇は複雑な心境であった。父上母上を置き去りにせねばならなかった事。されど、本間とは密かな恋仲に落ちていたこと。

 しかし、迷って立往生する刻はなく扇は選んだ。

「姫君、風丸から振り落とされぬよう拙者をしっかりと掴んでおられよ」

 矢衆が降り掛かる中、二人は駆けた。そう風丸は名馬であった。瞬く間に山を一つ越え逃げ失せた。

 しかし扇は勝正の子を身籠っていた為、暫しの休息をとることにし、小さな湖畔に馬足を止めた。

 よたつく扇を勝正は手厚く介抱する。

 澄んだ湖畔の水をくみ、分厚く逞しい手のひらで扇に水を飲ませていた。

「勝正、このままどこぞ知らぬ地で二人で暮らせれば、この上ない幸せであろう」

「そ、そうでござ……」

 その時、巨体な体が地に伏せた。

 矢衆の中、流れてきた矢が数本勝正の背に甲冑もろとも深く突き刺さっていた。

「拙者も殿に反旗を翻したも同然。報いで御座る……」

「勝正……」

「拙者……いづれは自害しようと目論んでおりもうした……殿のお叱りは必然でしたからのう……」

 勝正はほほ笑みながら冷たく凍てついた扇の細い指先を両手で優しく包む。

 今にも命の燈が消えそうな時、白い粉雪が勝正の頬に落ち一時の息吹を宿した。

「姫は生きてくだされ。拙者の赤子と共に……」

「なりませぬ! 勝正、命落としてはなりませぬぞ!春には美しい野山で夜桜を見せると申したではないか」

 扇は乱舞していた。涙はとめどなく流れ、勝正の泥土に塗れた顔が何時しか洗浄去れるほどに。

「……冬の山には何も御座らぬのう……」

「私の……私の行く先を路頭に迷わす気か勝正」

 既に勝正の目は闇に包まれ、聡明で白く美しい扇の顔は見えてはいなかった。

「姫、拙者を食べなされ……生きるには冬山には何も御座らぬ……拙者を……」

 扇は勝正の体を意図もなくに擦るのがやっとのことだった。

「勝正は扇の名が好きでございましょ……呼んでくだされ」

 それを聞き取ると、勝正は血に塗れた震える手をそっと扇の腕元からはわせると首から頬にあて、静かな声で言葉を告げた。

「懇情のなごり、扇、共に生きたかったぞ……」

 甲冑の音と共に重たい腕は扇に生きた証の暖かい生血を残し、脆くも崩れた。

 扇は啜り泣く声もなく、白糸のような涙を永遠に流していた。


  

 いつ頃まで泣いていたであろう。

 雪は止み、辺りは白銀と化しており、扇と勝正はそれと同化していた。

 静かな時が只々ながれていが、それは刹那であった。

 扇は一身に勝正に降り積もった雪を払い、身に纏っていた甲冑を剥ぎ取った。

 目は虚ろに見つめる。

 そして、醜い迄の音を立て、邪のように貪り付いていく。全身鮮血に染まりながらも血肉を喰い、啜り、臓物までに手を出した。

 ――うえぇぇぇぇ!!

 もはや人の声では無かった……


「なんなんだ一体!?」

 与吉と由蔵は寂蓮の話に背筋に悪寒を走らせた。

 すると、寂蓮は二人に白湯を差し出しす。

「これで落ち着きなされ」

「も、申し訳ねえ。取り乱した」

 寂蓮は二人が心を沈めるのを横目にし終話に向けた。

「扇姫様は空腹を和らげる為と同時に、勝正殿との一体を望んだのでございましょう」

 孫六は白湯の碗を手に包み微動だにしない。

「扇姫様はそれにより呪われてしまいました」

 寂蓮の話に首を傾げた与吉と由蔵。

「なぜじゃ?」


  

 扇と勝正の辿り着いた場所は、さらに遡る事数百年。この地方は夷討伐とされ、皆、鬼と下され斬り殺された念が強く根付いた根念の場であった。

 

 その御霊は浄化されず、数百年の月日が邪となり鬼となった。

 そこに扇の人道ならぬ行いが、鬼の巣食う宿にされてしまったと言う。

 故、赤子は流れ、扇は老けることは無く死ぬことも無く、餓える苦しみと、勝正の元に往けぬ悲しみとに生きながらに地獄をさ迷う事となった。

 そして、何時しか扇は悲しみを癒すためか、赤子を欲するようになり、村村を歩きわたっては若い衆を魅了し交わり、その後餓えの苦しみを癒すため男に生きながらに貪り付いていた。

 無論、呪われた躯には赤子など宿るはずもない。

 鬼と化した扇の道に無残な骸だけが残り、死神の使いにつばまれるだけだった。

 しかし、その頃か、勝正の没した場所に年中枯れる事の無い紅く熟した鬼灯が実をなしたのは。

 まるで勝正の生き血に染まり熟していたかのように。

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