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鬼燈  作者: 鈴木山猫
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鬼灯ほおずき・ナス科の多年草。時期は主に初夏。例外もあり。果実は球形で袋状の萼に包まれて赤く熟す。種子を除いた果実の皮を口に含んで鳴らして遊ぶ。古来、中国では子供が持つ提灯に似ていることや、口に含み頬づきからなどの由来がある……

 女の輪郭は夜の闇に朧である。

 月が光彩を放ち、秋に見える広めたうろこ雲の行雲を浮き彫らせる夜の折り。

 そんな月光の微かな明かりにも照らされぬ女は白い着物に紅い斑模様を滲ませ、手には季節外れの赤く熟した鬼灯を狭み、暗く枯れた桜木道を素足のまま覚束ない足取りで歩るいている。その後には少しばかり早期の雪虫がまるで人魂の燈のように静寂に漂っていた。

「鬼だ。鬼が出た」

 村人は度々現れるその女を“鬼”と呼び称し恐れ戦慄いていた。

  

「また現れたか」

 村人は翌朝早くから集い、口々に女の噂を語りだす。

 幾度となく現れては血色に染まる白裳に気味の悪さを憶えては、背中に冷水を滴らせたような悪寒と焦燥に耐えなくてはならない。

「即策を講じなければこの村だけでなく、隣の村々までも若い衆が女の餌食となる」

 事は急を要していた。

 鬼に喰われ若い者が村から消え失せることは、何れ村が衰退することを予兆している。

 女がその容姿を現す度に幾度となく策を講じてみるが果敢く散っていた。

 そこで何か知恵はないかと思考する村人達は村の長寿である孫六に相談する事に結束した。


 翌日、孫六の家屋の前に大概の村人が群がり、拝むように頼りの念を講じている。

 群がる大衆に気付いた孫六は老退した足をおぼつかせながらも姿を見せ濁った声を発した。

「現れたか……」

 事を既に悟っていたかのような口振りに村人は驚を隠せない。

「孫爺、知ってたのか?」

 白濁した眼は何かを見透かしているようだった。

「目は見えんでも、気配は感じておった」

 そう語る孫六だが、事の起りは既に承知するところ。

 孫六は敢えて村人に実弁を口外する事は避けていた。

 前夜に女と共に姿をみせ舞いはじめた雪虫の知らせに空をどんよりと滲ませはじめ、紅く頬を染めていた山々が秋季の終を告げるとともに白化粧に染まり、直に村も厳しい冬の到来を迎えることとなる。

「雪っこが舞い始めたの。今年はいつになく早い冬が来るな」

 村の皆々がかじかんだ手を擦りながら、吐く息は白く、それが冷えた空気に溶け込んでいく様は村人の不安と恐怖を除きたい願いのように消えていくことを思わせてならない。

「村の衆、夜にまた此処へごそくろ願えんかの」

 孫六は思い立った言葉を投げ掛けた。

「皆を連れていきたいところがあるでな」

 村人達は素直にそれに応じ、一旦は個々の家へと身を帰した。


 その夜は凛々と肌身にしみる夜になり静かに雪が無風の中に音もなく降る。村に初雪が舞ったのだった。

 孫六の家の板戸を村人が叩くと、待ち構えていた孫六が直ぐ様戸を開けた。

「孫爺、今夜は二人だけできた。この雪だし、夜にぞろぞろ行くわけにもいかんでな」

「それでいいか? 孫爺よ」

 孫六は小さく頷き、

「その声は与吉と由蔵か」

「あぁそうだ」

 孫六は土間に立て掛けてた数本の松明に火を付けると、二人にも手渡した。

「よもやその方がええじゃろ。今から向かうのは寺だでな」

「……」

 与吉等は顔を見合わせ、迎う場所を思い当たっていた。

「寂蓮様のところか?」

 孫六は頷いた。

 わら沓や笠などの支度を終え三人は山奥の寺に足を向けた。

 静かに降る雪は粉雪で、さらさらと足元を舞い上がる。

 狐火のような松明の火は、雪が触れると微かな音を成し孫六の足を向けさせる目安ともなっていたが、先を急ぐ二人は孫六の手を引き寺へと導いていく。

 決して早い足取りとは言えなかった。

 

  

 その頃、一人の侍が同じ寺に向かっていたことは誰も知るよしはない。

 雪夜の闇に冬支度もせず、染み入る雪の冷たさももろともせずに歩いている。

 頭上の笠には雪が積もり、夜通し歩いていた事が伺えた。

 帯に結んだ鈴の音が夜の雪に籠もる。

 足を進める度に成る鈴は単調な音を鳴らし、侍に躊躇いなく突き進む様に見え、さらにその鈴の音は雪の夜に調べを奏で、空は深々と小雪を落とし、夜は次第に更けていく。

 しかし、侍は妙な気配に気付き足を止め耳を澄ました。

 ゆっくりと腰に下がる太刀に手を差し伸べるが、侍はその矛先を反らせた。

 侍が頭を上げる最中、笠からの低い目線の先に大きな馬の蹄が見て取れる。

 笠を指で押上、顔を上げると屈強そうな鎧武者が薙刀を構え侍をじっと見つめていた。

 侍は不思議とその姿に殺気はないと感じる。

 それが太刀を貫かない理由だった。

「おぬしは伊右衛門か?」

「……左様」

 その返答を聞くと、武者は馬から降り立っち、そして深く頭を下げた。

「馬上から失礼であった。拙者、本間道次郎勝正と申す」

 伊右衛門は微動もせず、耳を向けていた。

「伊右衛門殿ならば姫君をお救いなされるはず」

「一体なんの話を申しなさる? この地に拙者を知る者もない。然るに何故?」

 勝正と名乗る武者は伊右衛門の問いに答えもせず、馬にまたがりだした。

「お任せ申した」

「待たれよ」

 伊右衛門は声を張って勝正を留めようとしたが、馬は駆け出した。

 その時、伊右衛門が何かに気付き言い様のない感覚に陥ってしまう。

「何かの前触れか……」

  その言葉を残し、伊右衛門はその場を惜しむように先を急ぎ歩きだした。


  

「孫爺、寺についたでな」

 与吉等が本堂入り口から寂蓮を呼ぼうと入ると、既に寂蓮は待ち構えていた。

「ささ、中へ。外は寒かろうて」

 驚きはしたが、与吉等は孫六の手を引き本堂奥の居間へと足を進めた。

「孫六殿が此処へ来るこは承知しておりました」

 人里から少し離れた山の奥に寺はひっそりとあった。

 そこに尼僧の寂蓮は日々仏殿で合掌している。

 そこの居間は客人の為の囲炉裏が暖をとっていて、凍みる寒さに曝された者達には居心地の善いものだった。

「孫六殿が村の方々をお連れなさって来ることは、扇姫様の事とお見受けします」

「もはや語るしかあるまいの」

 与吉と由蔵は息を呑みんだ。

「では、私からお話致しましょう……」

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