第56話 親切心がとんでもない事態を引き起こす事もあるものだ
よし、少し時間は遅くなったが予定通りお礼のいなり寿司の試作を––––––––ん? お礼?
…………あ、そうだ! 携帯を届けてくれた一年生の子にもお礼しないと! まあ流石に倉稲魂と同じいなり寿司って訳にはいかないから、色んなクッキーを詰めて渡すかな。もちろん手作りのクッキーだ。
先輩はどうやら届けてくれた子を知っていたみたいだし、早速名前とか聞いてみるか。
「あのー、先輩。ちょっといいですか?」
180° 体を回転させ、俺は再び吾妻先輩の方に向き直る。
「ん? どうしたの?」
「もし差し支えがなければ、その携帯を届けてくれた一年生の子の名前を教えてくれませんか? お礼がしたいな〜と思いまして」
「全然オッケーだよー。ふふっ。流石一ノ瀬君。モテ男はその辺の気配りもしっかりしてるねぇ」
「ちょ、せ、先輩! からかわないで下さいよ!」
「ふふふ、ごめーんね。えっと、名前はね、初谷 音々––––」
––––と、その時、開けっ放しにしていた扉から結構強い風が吹き込んできた。
慌てて廊下の方を振り返ると、全開にしてある窓が目に飛び込んできた。
ん? 俺が生徒会室にやって来た時は全部の窓が閉まっていたはずだぞ? 何で廊下の窓が全部全開になっているんだ? こんなに風が強いというのに。
不可解な現象に首を傾げていると、廊下の奥の方から大声が聞こえてきた。
「おい、宮原! 何で窓を全開にしとるんだ! 早く閉めんか!」
「嫌です先生! 俺は……俺は……廊下でスカートを抑える女子の写真が撮りたいんです!」
「何馬鹿な事を言っとるか! って、おいコラ逃げるな宮原!」
「大隣先生! あなたにはにはわからないでしょうね! 廊下という風の起きにくい場所で女子がスカートを抑えている姿のレアさが! 美しさが! ギャップから生み出される萌えが! …………ぐあっ!?」
「はぁ……はぁ……ようやく捕まえたぞ、宮原。たっぷり絞ってやるからな? 覚悟しろよ?」
「……くそっ」
………………いやいやいやいや宮原君、何やってんの? 全然知らない奴だけどさ。
君の気持ちはわからない事もない (メイド服でやるのであれば進んで協力していたに違いない) けど、流石に他人に迷惑をかけるのはなぁ。ほら、吾妻先輩もプリントが散乱してしまって困っているじゃないか。
他人に迷惑をかけずに理想を掴み取る。難しい事だとは思うが、君ならできるはずだ宮原君。…………まあちゃんと生きて帰ってこれるならの話だが。大隣先生は「大怒鳴り先生」って呼ばれるぐらいに恐ろしいからな〜。
などと自分でも若干意味のわからない事を考えながら、俺は一生懸命にプリントを拾っている吾妻先輩の元へ向かった。
元凶は間違いなく宮原君だが、俺が扉を開けっ放しにしてなければこんな事にはならなかったしな。このぐらいは手伝わないと人間としてアウトだ。
「あ、先輩。プリント拾い、手伝いますよ」
「えっ、あっ、ちょっ––––」
俺は先輩に声をかけて、自分の近くにあった一枚のプリントを拾った。そしてそこに書かれてあった文章に何となく目を通す。
『 縮まらないあなたとの距離
どうして?
どうして運命はこんなにも意地悪なの?
どうして運命はこんなにも残酷なの?
私とあなたはお互いこんなにも似ているのに
どうしてすれ違ってしまうの?
どうして抱きしめ合うことができないの?
どんなに追いかけても縮まらない
私とあなたの距離
こんなにも気持ちは通じ合っているのに
わかっているわ
どんな手段をとっても私とあなたの距離が
縮まらないことは
それでも私は追い続ける
あなたのぬくもりを感じられる
その日がくることを信じて今日も
Written by MICHIRU 』
…………………………えっ? ………………………………えっ? 何…………これ…………?
俺はその場で完全に硬直してしまっていた。
プリントに書いてあった内容が余りにも衝撃的過ぎて頭の情報処理能力が追いついていない。
これは…………詩で合ってるよな? ちょっと自信ないけれども。で、最後に書いてある「Written by MICHIRU」という英文。日本語に訳すると「深千流によって書かれた」となる。深千流は吾妻先輩の下の名前。
以上の点から導かれる答えは…………。
「えぇぇぇぇぇぇぇえぇぇえ! 吾妻先輩が詩を書––––––––モゴモゴッ!」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと! 一ノしぇ君! 黙ってくれりゅかな?」
「モゴモゴッ! モゴッ!」
噛み噛みな先輩に口を布か何かで塞がれたと思えば、そのまま物凄いスピードで手足を紐のような物で縛られ俺はなす術なく床に転がされてしまった。
何だこれ! 全然痛くないけど全然手足が動かせない! ほんの一瞬でこんな事ができるのか!
「ふう、小学生の時に弥千流と一緒に通信教育で拘束術を学んでおいてよかったー」
いやいやいやいや! 小学生の時からなにやっちゃってるの? というか拘束術って通信教育で学べる物なの? いや、本当に吾妻姉妹って何者なの? 悪の組織もしくは正義の組織とでも戦ってるの?
これまた衝撃的な出来事が起こり、俺は自分の身に迫りつつある危険をすっかり棚にあげて心の中でツッコミに専念してしまう。
「ね、ねえ一ノ瀬君。言ったよね、ここで私が何をしたのか知ったら社会的に死んで貰うって。で、でも? 今回は散らかしていた私にも非はあるし? それは勘弁してあ、あげるね? あげちゃうね?」
「ムグムグ」
「ただ流石に何もなしって言うのもあ、あれだしなー……そっ、そうだ一ノ瀬君に女装させてしゃ、写真を撮るとかいいかも。メイド服を着た一ノ瀬君……ふふふっ、似合うだろうなー」
「ンンッ?!」
「よかった〜。許してくれるのか〜」などとホッとしていたところに、とんでもない爆弾発言が耳に飛び込んできて俺は目をまん丸に見開いた。
やめてー! やめてくれー! 俺、女装なんかしても似合わないから! メイド服を着ても絶対に似合わないから! というかメイド服は俺みたいな汚らわしい人間が身につけていいような服じゃないから!
「一日中 ずーっと厨二病キャラでいてもらうのもいいわねー。右腕に包帯巻かせてー、眼帯もつけさせてー。あ、ナルシストキャラもいいかも。ふふふ、ふふふふふふふふふ……」
「…………」
おいおい。何だか変な方向に暴走してないか? 顔は真っ赤っ赤だし、心なしか目も焦点が合ってないような。やっぱり詩を見られた事が相当効いているようだ。
何とかして暴走を止めたい所だが、口は塞がれ手足縛られ、と如何せん止めようがない。
これはちょっとヤバイぞ。怪しい独り言を呟く女子に縛られて床に転がされている男。こんな所を誰かに見られたら俺も先輩も社会的に抹殺! ––––とまではいかなくてもあらぬ誤解を生んでしまう。
かと言って、本当にどうしようもないし––––––––あーっ! もう、どうすりゃいいんだよ!
そうやって堂々巡りになりつつも、一生懸命にない知恵を振り絞って解決策を考えていると––––
「は〜っ。やれやれだね〜。全く何をやってるんだか、お姉ちゃんはさ〜」
––––扉の方から聞き覚えのある女子の声が聞こえてきた。
えーっとこの声は…………そうだ、吾妻(妹)だ。
イモムシのように体をくねらせて扉の方に顔を体ごと向けると予想通り、そこに立っていたのは吾妻だった。
「はろ〜、一ノ瀬。元気にしてる〜?」
「モゴモガ」
「ごめんね〜。お姉ちゃんが暴走しちゃって、こんな事になっちゃって〜。あれだけ詩を書くのは家の中でだけにしておけ〜って忠告したのにさ〜」
何でこの場にいなかった吾妻がここで起こった事を知っているのかは最早問うまい。
どうせ盗聴器の類をこの部屋、もしくは吾妻先輩の服とかに仕掛けてあるのだろう。はぁ、もうやだこの姉妹。
そんな事を考えている間に吾妻は俺にサッと近寄って、口を塞ぐ布と手足を縛る紐を取っ払ってくれた。
感触的に紐はどうやら刃物で切断したようなのだが、もう気にしない。気にしたら負けだ。
「ありがとう、吾妻。おかげで助かった」
「いいよいいよ〜。気にしないで〜。わたしも楽しい物を見させて貰ったしね〜。お互い様ってところかな〜?」
ここで何があったのかを “見て” いたと臆する事なく堂々と言い張ってのける吾妻。
まあ吾妻がここを見ていなければ、助けにきてくれる事もなかった訳で。注意しようにも注意できない俺であった。
ただ、流石に監視カメラの類を学校に設置するのはどうかと思うぞ? せめて盗聴器にしておけ。盗聴器に。
「あのね〜、一ノ瀬。解放されてすぐのところでちょっと悪いんだけど、生徒会室から退出してくれると嬉しいかな〜なんて。お姉ちゃんを正気に戻さないといけないし〜、散らばったままのこれも片付けなきゃいけないしね〜」
「あー、それもそうか。じゃあ俺はこれで。何というか色々悪かったな」
「さっきも言ったけど、大丈夫だよ〜。気にしないで〜。ただ、この事は誰にも話さないでね〜」
「ああ、もちろん。誰にも言わない」
というか言えない。吾妻姉妹を敵に回すなんてそんな恐ろしい事、絶対にできないからな。
吾妻先輩に縛られた時は死をも覚悟したが、これからも普通に生活できそうで本当に良かった。
……それにしても最近、危険な目にあい過ぎてないか? 須佐之男さんには天照の件でガンを飛ばされ、倉稲魂の言葉に騙された朧さんにブチ切れられ、倉稲魂の腕輪を何かしら悪い手段を使って手に入れたと勘違いした和と響に無理心中を迫られ。
ああ、他にも昨日は麗奈の胸で幸せを噛み締めながら昇天しかけたし、和が風邪をひいた時も危なかったなぁ。穂乃佳が遊びにきた時もショッピングモールでチンピラに追っかけられたし…………あれ? 俺、本格的にヤバくないか?
これは冗談抜きで天照か倉稲魂あたりに見て貰った方がいいかもしれないなぁ。
「ほ〜ら、お姉ちゃ〜ん。お姉ちゃんの大好きなみかんだよ〜」
「あー、みかんだぁー」
「よ〜しよしよし。いい子だねぇ〜お姉ちゃんは。みかんあげるから、この椅子に座ってじっとしててね〜。………………この儀式、失敗したら対象者が一週間語尾に『にゃん』をつけて喋らざるを得なくなるみたいだけど、大丈夫だよね? …………うん、わたしならやれる! さあお姉ちゃん、いくよ〜!」
俺はそんな事を考えつつ、生徒会室から退出するのであった。
…………ツッコミどころがあり過ぎてどうしようもないけど、儀式失敗して欲しいなぁ。吾妻先輩には申し訳ないが、美少女が語尾に『にゃん』をつけて喋る姿は見たいのだ。
そんなこんなで再び運動場前。
「さて、多少時間くっちゃったけど予定通り、スーパーマーケットに行くかな」
そうとなればまずは材料チェックである。確認しなくても何が必要かは薄々わかるが、お礼に渡すものだしその辺はしっかり調べないとな。
俺はつい先程受け取った携帯を取り出した。
「お、メールがきてる。誰だろ?」
受信ボックスを開く。
送ってきたのは悠里だった。送信時間は1時間ちょい前。ちょうど放課後に入ったあたりだ。内容は––––
『部活後、時間あいてますか?』
––––といった非常にシンプルなものだった。
いつも顔文字とかを使っている悠里らしくない文面である。まあ、使ってないから悪いって訳じゃあないが。
うーん、倉稲魂には悪いけど、今日はいなり寿司は作れそうにないな。また後日、作るとしよう。というか悠里の用事の内容によっては晩ご飯も作れないかもしれないな。響に晩ご飯作ってくれるように頼んでおこう。
悠里には今日は部活がないから図書館で時間を潰して待っているという事。響には用事ができて、何時に帰れるかわからないから晩ご飯を作って欲しいという事を書いたメールを送り、俺は図書館のある方向へ足を向けるのであった。




