第54話 聖地へようこそ！
「––––で、本当にそんなに上手くいくのか？」
倉稲魂を呼び出す前にいた場所で未だに電動自転車売り場にいる麗奈を見ながら、俺は倉稲魂に尋ねる。
「…………冬夢は……私を信用してくれないの……？」
「ああ、いや、そりゃあもちろん倉稲魂の事は信用してるぞ？ ただいくら何でもやる事が大げさすぎじゃないかと思ってさ」
「…………はあ……冬夢は全くわかってない……いたずらは大げさなぐらいがちょうどいい……相手に考える隙を与えず……一気にこちらの流れに引き込む……わかる……？」
まるでダメダメな生徒をあきれつつ教える教師のような言い方で(もちろん表情も語調も一切変化はない。ただそんな感じがしただけだ)でそんな事を言う倉稲魂。
ため息まできちんと棒読みなのが彼女らしいな。
うーん、それにしても流石倉稲魂だ。ぐうの音も出ない反論である。
どうやら素人の俺は黙って倉稲魂に従った方がいいみたいだ。
ただ一つだけ。一つだけどうしても指摘したい事があるんだよなぁ。
「なあ、倉稲魂」
「…………何……？」
「えーっと、さ……本当にこの姿勢じゃないといけないのか？」
そう言って俺は、後ろからギュッと俺に抱きつき肩に顎を乗せている––––いわゆるおんぶ状態の倉稲魂の顔を覗き込むようにして見る。
「…………当然……いたずらに必要な……術をかけるには……密着していないといけない……さっき説明したはず……」
「い、いや、確かにそれはそうなんだけど……」
背中に押し付けられる柔らかい胸。耳元で聞こえる規則正しい呼吸音。ふわっと香る女の子特有の甘くいい匂い。
やはり健全な男子高校生である俺にはなかなか精神的にクる物がある訳で。
いやー、倉稲魂って結構着痩せするタイプなんだな〜。正直、響や悠里と同レベルだと思っていたが結構あるぞ。背中の感触が気持ちい––––っておい！ 何ふしだらな事を考えているんだ、俺は！ 相手はロリなんだぞ、ロリ！
って、あれ……？ ちょっと待て。もしかして俺、倉稲魂にからかわれてる？ 身体を密着させられて焦っている姿を見て楽しまれてる？
何の感情も読み取れない倉稲魂の顔から判断する事はできないが、十中八九そうだろう。
いやはや、麗奈へいたずらを仕掛けると同時に俺にも小さいながらいたずらを仕掛けるとは…………。
兎にも角にも倉稲魂を引っぺがさないとな。情けない話ではあるがこのままだといたずらに全く集中できそうもない。
「あのさ、倉稲魂は自分をおぶっていないといたずらを仕掛けるのに支障をきたすって言っていたけど本当はそれ、嘘なんだろ？」
「…………どういう事……？」
「いや、本当は俺をからかう為に自分をおぶらせているだけで、別に離れていても術はちゃんと––––いででででっ⁈」
いきなりぎゅーっと横腹をつねられ、俺は情けない悲鳴をあげる。
「ちょ、急に何するんだよ！ 倉稲魂！」
「………………」
「痛い！ 痛い！ 痛い！」
俺の問いに答えず、再び横腹をつねる倉稲魂。
「…………確かに……術は密着していなくても……ある程度近ければかかる……」
「だろ？ だったらこんなに密着しなくても……」
「…………朴念仁……」
そう言って俺の背中から降りたかと思うと、あろう事か倉稲魂は麗奈のいる電動自転車売り場の方へ走って行ってしまった。
「おい、ちょっと待てよ！ 朴念仁ってどういう事なんだ？ 俺、何かやらかしてしまったのか？ というか、そっちは麗奈がいるんだぞ！」
俺は慌てて後を追いかける。
うーん……わからない。どうして倉稲魂はあんなにも怒ってる(あくまで俺の推測にしか過ぎないが)んだ？ 別に悪い事はしたつもりないんだけどなぁ……。
少し遅れて電動自転車売り場に着くと、倉稲魂が麗奈と何やら話しているのが目に入ってきた。
「おい、倉稲魂。一体どうし…………」
倉稲魂にあんな行動を取った理由を尋ねようとした俺だが、目の前で起こっている異変に気づき、固まってしまう。
「––––で、うかのみたまちゃんはこの人にいかがわしい事をされそうになったんですか？ 本当にこの人なんですか？」
「…………本当……『ゲヘ、ゲヘヘヘ。その非の打ち所がない超魅力的なすーぱーぐらまらすぼでぃーをひん剥いてなでなでしたい。ぺろぺろしたい。くんかくんかしたいよぉ〜』……と目を見開き……よだれをダラダラと垂らしながら襲いかかって来た……怖かった……ぐすんぐすん……」
またこのパターンなのかよ！
そう言って、麗奈に抱きつく倉稲魂を見ながら俺は心の中でつっこむ。
それに何だよ『非の打ち所がない超魅力的なスーパーグラマラスボディー』って。お前、どこからどう見てもグラマラスじゃないだろ！ どこに出しても恥ずかしくないレベルのつるぺた…………ではありませんでしたね、はい。意外とお胸ありましたです。
後、目を見開いてよだれをダラダラと垂らしながら襲いかかって来るって……いくら何でも無茶苦茶過ぎるだろ！ ここ街中だぞ？ そんな奴、即刻逮捕されるから！
前回とは違って、そんな風に余裕を持ってつっこめるのにはもちろん理由がある。
それは麗奈が相手だからだ。
俺と初対面だった朧さんならまだしも、今回はかれこれ一年近く付き合いのある麗奈だ。そんなツッコミどころ満載の嘘に騙されるはずがない。
きっと「冬夢君はそんな事をする人ではありません。そんな嘘をついて、冬夢君を困らせようとしちゃあ めっ！ ですよ？」とか言って、倉稲魂を叱ってくれるんだろうなぁ。
「なるほど……わかりました。よしよし、うかのみたまちゃん、怖かったでしょう？ でももう大丈夫ですよ。ロリコンな冬夢君にはとてもきついきつ〜いお仕置きを受けて貰いますから」
ふぅ、一瞬滅茶苦茶焦ったけれどどうやら平和に終わりそう…………って、あれ？ 気のせいかな？ 麗奈の口からとんでもない言葉が発せられたような……いやいやいや、俺の空耳だな。まさか麗奈がお仕置きなんて––––
「さあ、冬夢君？ と〜っても楽しいお仕置きの時間ですよ〜」
「––––空耳じゃなかった⁈」
これはやばい、やばすぎるぞ。あの鳳凰学園一穏やかと謳われた麗奈が、今まで「怒る」という事をした事がないらしいと噂されている麗奈が––––見事にブチ切れていらっしゃる。
口調も表情も普段と全く変わっていないのがとてつもなく恐ろしい。
何だか今にもミス アビゲイルみたいなガチムチ男を携帯で呼び出して「冬夢君が女の子に邪な感情を抱かないようにたっぷりお仕置きしてあげて下さい」とか命じそうな勢いである。と言うか、既に携帯取り出してるし！
と、とりあえず説得だ。説得しよう。ただでさえミス アビゲイルと雀部さんと関わりがあるのだ、これ以上あっちの世界の住人と新たに関わりを持ちたくはない。
「麗奈、落ち着いてくれ！ 誤解だ！ 誤解なんだ！ 俺はそんな事一切やっていない！ 全部そいつがでっち上げた嘘なんだよ！ 信じてくれ、麗奈！」
「…………それは本当ですか？」
「ああ、本当だ。何だったら本人に聞いてみて貰っても構わないぞ」
「…………わかりました」
自信満々にそう言ったものの最終決定権を握っているのは悲しいかな、倉稲魂なのだ。
倉稲魂が一言「…………そんなの……嘘……」と言ってしまえば俺の貞操は即奪われてしまうだろう。
ここは全力で反省している事をアピールし、許しを貰わねば。
そう考えた俺は麗奈が後ろを向いている隙に倉稲魂にこっそり謝るジェスチャーをし、口パクで「反省している。埋め合わせは必ずする」と伝える。
すると倉稲魂は軽く頷いて、こちらも口パクで「許す」と返してきてくれた。
よし、これで今度こそ平和に何事もなく終わるはずだ。いやはや、それにしても麗奈が怒った姿本気で怖かった……。
これから先、何があっても麗奈だけは怒らせてはならないな。
そんな事を考えていると、どうやら倉稲魂と話し終わったらしい麗奈がこっちにやって来た。
「どうだった？ ちゃんと俺はやってないって言っていただろ？」
「はい……その、すいませんでした、冬夢君……私がちゃんと確認をしなかったばかりに……本当にごめんなさい。ですが––––」
「ん？」
「––––先程うかのみたまちゃんをおんぶした際に、邪な事を考えていたそうですね」
「え？」
「そんな冬夢君には……お、お仕置きが必要ですね」
「え？ えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ⁈」
ちょ、ちょっと待て！ 確かに倉稲魂をおんぶはした。しかし邪な感情なんてこれっぽっちも––––––––考えていました。はい、思った以上にあった胸の感触にテンション上がってました。仕方ないよ、男だもの。テンション上がらない方がおかしいですって。
でもどうして俺の考えていた事が麗奈に––––いや、正確には倉稲魂にばれていたんだ？ 間違っても口には出していないし……もしかして……俺の心を……。
と言うか絶対にそうだ。倉稲魂のやつ、目を赤くしながら(神は力を使っている時、目が赤くなるのだ。今は俺の考えている事を読んでいるのだろう)こっちを見て口パクで「その通り。これはふざけすぎたお詫び。楽しんで」とか言ってきているし。
何が「楽しんで」だよ！ ガチムチ男にあんな事やこんな事をされて喜ぶほど、俺はまだあっちの世界の色に染まってはいな––––
「––––冬夢君？ 私の話を聞いているんですか？」
「えっ⁈ あっ、はい、その、すいません！ 聞いておりませんでした！ 本当にすいません！」
くそっ……倉稲魂の方に意識を向けすぎていて、麗奈が話しかけてきている事に気づけなかった。
これ以上機嫌を損ねると本当に何をされるかわからないからな、ここは正直に言って謝り倒すに尽きる。
ちなみに昨日の和や響の時みたく隙をみて逃げ出そうとしないのは、相手がお金持ちの麗奈だからだ。はっきり言って地球の裏側に逃げても即捕まりそうな気がする。
「じ、じゃあ……もう一回い、言いますよ？」
やばい……顔も真っ赤だし、声も若干震えているぞ。これって相当お怒りなんじゃないか？
もう余計な事はせず、素直に麗奈の言う事に従った方がよさそうだ。
たとえガチムチ男に連行される事になってもだ。まあ、その時はこんな事態を引き起こした倉稲魂も一緒に道連れにしてやるが。
「そ、それではおっ、お仕置きです！ 冬夢君っ！ 膝立ちしてく、下さい！」
「膝立ち……？ 今、ここでですか？」
「はい、そ、そうです！」
「……わかりました」
そう言って、俺は麗奈に言われた通りにその場で膝立ちをする。
……一体何をするんだ？ とりあえずガチムチ男に連行––––といった事はないみたいだが……。
「それでは！ 目をしっかりとつむってく、下さいっ！ 絶対にぜ〜ったいに開けてはいけませんよ？」
「…………はい」
目をつぶる事数瞬間。
「…………冬夢君をロリコンを治すため……は、恥ずかしいけどが、頑張りますっ！」
何やら小さい呟きが聞こえた後に誰かに頭をつかまれたかと思うと、何かむにゅんとした柔らかい感触が顔一面に広がった。
な、何だこれ？ 物凄く柔らかくて肌触りもなめらか。それにいい匂いもする。ああ、このままずっと顔を––––––––って、まさか！ これは麗奈の––––！
何をされたのか理解した俺は目を開け、慌てて顔をあげた。
しかし––––
「だ、駄目ですっ！ 今顔をあげちゃ駄目です！」
––––麗奈にがっしりと後頭部を抑えられ、俺の頭は再び麗奈の胸にダイブする事となった。
これはやばい！ おっぱいが！ 麗奈の大きなおっぱいが！ 鼻と口を塞いでしまってほとんど息ができない！ 助けて！ おっぱいで窒息するっ！
「息ができない！ 助けてくれ！」と叫ぼうとしたが、口はほとんど塞がれていている訳で。「うーっ！ うーっ！」と唸る事しかできなかった。
「きゃっ！ と、冬夢君っ⁈ 喋らないで下さい！ くすぐったいですっ！」
そう言って、更にホールドを強めてくる麗奈。
これは本気で危ないと暴れて脱出しようともしたが、立ち膝＋頭をがっしりとホールドされている＋前が見えないせいで上手く力が出せない。
ああ……俺、このまま死ぬのかな……？ おっぱいに埋れて死ぬのかな……？ こんな事になるとわかっていたら、パソコンのHDDをフォーマットしていたんだけどなぁ………………ああ、何だか…………だんだんと頭が真っ白になって意識が––––––––
「水沢 麗奈やり過ぎ冬夢が死んじゃう」
「ええっ⁈ 死んじゃうってど、どういう……って、とっ、冬夢君⁈ どうしたんですか！ しっかりして下さいっ！」
––––––––はあ……ど、どうやら間一髪助かったようだ。
俺は死ぬ事は無事回避できた事を確認し、胸を撫で下ろしながら意識を手放すのであった。
今回は “かみるーらじお！” をお休みさせて頂きます。すいません。
