第49話 人間誰しも何があっても譲れない物が一つぐらいはあるものだ
「おー、何だか懐かしいなぁ。桐生の家」
白塗りのいかにも高級な雰囲気をまとったマンションを見上げてそんな事を呟く。
役所家のあるマンションは俺の家から比較的近く、歩けば10分 自転車なら5分ちょっとで着く事ができる。
桐生とは中学からの付き合いで、家が近い事もありよくお互いの家に泊まってバカ騒ぎしたものだ。最後に桐生の家に泊まったのは去年の夏休みだったな。
久々の桐生の家。楽しみで仕方ない。
早速エントランスに入り、インターホンに桐生の部屋の番号を入力して桐生を呼び出す。
今度は先ほどの電話とは違い、あっという間に繋がった。
『あ、冬夢? 20分ぐらいで着くって言ってたのに、えらい時間かかったね。どうしたの?』
「まあ、色々あって。とりあえず自動ドアを開けてくれ」
『はいは〜い。どうぞ〜。ついでに家のドアの鍵も開けてるからね。勝手に入ってきて』
そう言って開けられた自動ドアをくぐり、俺は奥にある階段で3階へ向かった。
ここのエレベーターはやたらとのろく、3階へ行くぐらいなら自分の足で行った方がはるかに早いのだ。
二段飛ばしで階段を駆け上がり、そのままの勢いで役所家のある場所まで向かう。
「お、おじゃま……しまーす」
息切れしつつ家の中に入ると玄関にジャージ姿の桐生がいた。あきれたようにこっちを見て笑っている。
「俺が自動ドアを開けてから冬夢がここに来るまでジャスト30秒。一ノ瀬選手、新記録樹立おめでとうございます! 今のお気持ちをぜひお聞かせ下さい!」
「…………」
仰々しい口調でそんな事を尋ねてくる桐生に俺は黙って親指を立てて見せるのであった。
「これ、お土産」
玄関で靴を脱ぎ、俺は突っ立っている桐生に手に持っている3つのスーパーのビニール袋の内の2つを渡す。
何もお土産を持たずに泊まらせて貰うのは流石に親友という間柄とはいえ失礼な事なので、コンビニではなくスーパーに行って適当にお土産を買ってきたのだ。
ちなみにもう一つのビニール袋には自分用の下着が入っていたりする。
「うわっ! 重っ! 一体何を買ってきたの⁈」
「まあ色々と。手当たり次第に買ってきた」
「あ、ありがと。じゃあ早速リビングに行こうか」
「おう。そういや桐生、晩ご飯は食べたか?」
「いや、冬夢が来るからと思ってまだ食べてないよ」
「よし! じゃあ俺が作ってやるよ」
「マジで? あ、でも今家にあんまり食材ないかも……」
「心配するな。それも見越してあらかじめ食材をスーパーで買ってきてる」
「いよっ! 流石大将! 準備がいいねぇ! 久々の冬夢の料理! いやー、楽しみだね〜」
そんなたわいも無い会話をしながら俺たちはリビングに向かった。
「おー! やっぱりいつ見ても桐生の家は豪華だな」
前来た時とは家具の種類や配置が変わっていたりしているが、役所家は相変わらず “いかにも金持ち!” という雰囲気を醸し出している(流石に麗奈の家には及ばないが)。
置かれている家具はどれもこれも高そうなものばかりだし、そもそも部屋が広い。全く羨ましい限りである。
「そうかな? 俺はそうは思わないんだけどな…………まあいいや。適当にソファーにでも座っといて。飲み物出すからさ。何がいい?」
「じゃあ炭酸系で」
「オッケー。確か三ツ矢サ○ダーがあったはずだから、ちょっと待ってて。取ってくる」
「おう」
俺は桐生がキッチンへと消えて行ったのを見送ってからソファーに腰を落とす。
「あ゛ー…………疲れた……」
流石役所家のソファー。ふかふかでありながら、中で芯が通っているかのようにしっかりしている。
座っているだけで和と響とのいざこざで溜まっていた疲労がみるみる和らいでいくように感じた。
はぁ…………俺の家のソファーとは全然違う。俺の家のソファー、ぐでんぐでんにくたびれているんだよな。
まあ、俺が小学生の時から使っているから当然といえば当然なのだが。
と言うか、ソファーだけでなく使っている家具––––和と響に買ってやったもの以外は––––ほとんど全部くたびれていたりする。
今までは俺一人しか使わなかったからたいして気にしてはいなかったが、和と響が使う今となってはそんな悠長な事は言ってられない。なるべく早く買い換える必要がある。
「それはわかっているんだけどなぁ…………」
如何せん色々と面倒臭すぎる。
部屋全体のレイアウトやデザインも考えなくてはいけないし、サイズなどの問題もあるので家具屋に行って実物を見なければならない。
それになによりお金がかかる。一応、親から送られてきているお金の何割かを毎月貯金しているが、まとめて買い換えるとなると結構痛手だ。
ソファー 一脚でさえそこそこいい物を買おうとしたら、軽く数万円はかかってしまう。
そこに更に配送料や組み立て料も入ってくるから…………。
「はぁ…………考えるだけでため息が出てくる」
「お待たせー、ってどうしたの? そんなため息ついて?」
キッチンから桐生が戻ってきた。片手に三ツ矢サ○イダーの1.5Lペットボトルにコップが二つ。そしてもう片手に俺が買ってきたお土産の内の一つであるスナック菓子を持っている。
「いや…………まあ色々あって」
「ふーん、まあ詳しい事は聞かないでおくよ。はい、これ」
「ありがとう」
飲み物を持ってきてくれた事と気を遣ってくれた事。その二つに感謝しつつ、俺はコップに注がれた三○矢サイダーを口にするのだった。
「あ、そういえば」
「ん?」
飲み物を口にし、一息ついたところで俺は横に座ってスナックを頬張っている桐生に尋ねる。
「時間も時間だし、そろそろ晩ご飯を作ろうと思うんだけど何人分作ればいい? 2人分? それとも4人分?」
「あー、4人分作ってくれる? もうすぐ2人とも帰って来ると思うからさ。後、冬夢が買ってきてくれたやつ、全部炊飯器の横にそのまま置いてるから」
「了解」
コップに残っていた三ツ矢○イダーをぐっと飲み干し、ソファーから立ち上がる。
久しぶりにあの2人とも会うんだ。喜んで貰えるように頑張って作らなきゃな。
俺は2人の顔を頭の中に思い浮かべながら、キッチンへ向かった。
「さて、と。始めますか」
ビニール袋の中から今から作る料理に必要でないものは冷蔵庫などに入れ、必要なものはシンクの横にある調理スペースに並べていく。
鮪、鯛、 鮭、帆立、海老、烏賊、海苔、葱、山葵、青紫蘇…………。
今から作るのは他でもない海鮮丼だ。
最初は揚げ物でもしようと考えていたのだが、何度もスーパーに通う内に仲良くなった鮮魚店のおっちゃんに「冬夢ちゃん、生きのいいマグロとタイが入ってるよ! どうだい? 特別に安くしとくよ!」と声をかけられ、急遽変更。海鮮丼にしたのだ。
海鮮丼は魚介類を切ってご飯の上に盛り付ければそれで完成なので一見誰にでもできそうに見えるが、魚介類を均等の大きさに切り見栄えよく盛り付けたり魚にあうタレを作ったり美味しい酢飯を作るのには結構な技術が必要だったりする。
タ
昔はよくマズイ海鮮丼を作ったよなぁ……。
「……って、うかうかしてると2人が帰ってきてしまう。早く作らないとな」
包丁とまな板を出し、マグロの入ったトレーを手にした所で俺はある事に気付いた。
「イクラを買うのを忘れた」
たかがイクラ。されどイクラ。
俺はイクラは海鮮丼には絶対に欠かせないものだと思っている。
なぜならイクラは海鮮丼において重要なアクセントであるからだ。見栄え然り。食感然り。味も然り。
「…………くそっ」
慌てて冷蔵庫の中を探ってみるもイクラは見当たらない。
どうする? イクラ無しの海鮮丼を作る気は全く無いから、今から買いに行くしか選択肢はないが、そうなるとみんなを待たせる事になってしまう。
「…………仕方ない」
マグロの入ったトレーを置き、リビングへと向かう。
そしてソファーでスナックを食べながら携帯をいじっている(萩原とメールをしているのだろう)桐生に声をかけた。
「なあ桐生、ちょっといいか?」
「ん? どうしたの? もしかして料理の手伝い? 俺、全く料理できないよ?」
「そんな事はとうの昔から知ってる。そうじゃなくて、お使いを頼みたいんだ」
「お使い? それならお安い御用だよ。何を買ってきたらいいの?」
「イクラをそうだな……200gから300g買ってきて欲しいんだ。お金はちゃんと出すから」
「いやいや、いいよ。俺が出す。冬夢の料理が食べれるんだから、そのぐらい安いもんだよ」
テーブルの上に置いてある財布を手に取り、お金を渡そうとしたがあっさり受け取りを断られてしまう。
「いいのか? 本当に?」
「いいっていいって」
「そうか。悪いな」
「じゃ、ぱっといってくるわ。冬夢はちゃんと作っとけよ? この俺様がわざわざ買いに行ってやるんだからな。まずいものを作ったら即刻死刑だぞ〜わかってるな〜? 料理長?」
意地悪い顔でそんな事をのたまう親友に俺は跪いて––––
「はっ。全力で作らさせて頂きます。舌も心もお子様な王には美味しさが理解できないかもしれませんが……」
––––しっかりと言い返してやるのだった。
「ふぅ…………よし。後は食べる直前に盛り付ければ完成だな」
下準備が全て終わりほっとため息をつく俺。
ちなみに桐生は本当にあっという間––––約10分ぐらいで帰ってきた。
よっぽど疲れたらしく、今はリビングのソファーでへばっている。
「さてと。次はデザートの下準備をーっと」
冷蔵庫の野菜室の扉を開け、大きなメロン(青果店のおばちゃんに安くで売って貰った)を取り出していると––––
「「ただいま〜」」
––––綺麗にハモった声が玄関から聞こえてきた。
お、ようやく2人が帰ってきたみたいだ。早速挨拶しにいくか。
取り出したメロンをそのまましまい、リビングに行く。
「ね〜、きーくん。何か食べるものないかな〜? おね〜ちゃんお腹減っちゃった〜」
「あー、もうちょっと待ってて。そろそろ晩ご飯できるはずだからさ」
「晩ご飯ができるって…………ま、まさか桐生! 料理したの⁈ わたし、絶対に食べないからね! まだ死にたくないから」
「あのさぁ……」
するとソファーの所で3人が何やら言い合いをしているのが見て取れた。
帰ってきた2人は俺にちょうど背を向ける形でたっており、俺がリビングに入ってきた事に気づいていないようだ。
桐生とはリビングに入った瞬間に目があったのだが。
「俺作ったのは俺じゃなくって冬夢だよ」
そう言って、俺の方を指差す桐生。
「「え?」」
さっきまで背を向けていた2人が同時にこちらを振り向く。
「あ、とーくんだ〜。久しぶりだね〜」
ふわっとした肩まである茶色の髪の毛にややたれた大きな目。唇はぽってりとしていて色っぽく、胸も大きいが背は低め。
そしてふんわりとした服装におっとりとした喋り方。
思わず守ってあげたくなってしまうような雰囲気を醸し出しているのは––––
「柚子さん、お久しぶりです」
––––役所 柚子。
「と、とーちゃん⁈ ずいぶんと久しぶりねー」
まっすぐな肩まで伸ばした黒髪に少し釣りあがっている目。
鼻は小ぶりで唇は薄く、胸も小さいが背は高い。黒っぽい服がよく似合っている。
スポーティーでハキハキしており、男勝りな印象のある彼女は––––
「杏子さん、お久しぶりです」
––––役所 杏子。
そう、彼女達は桐生の双子の姉(大学2回生)なのであった。
吾妻 深千流(以下深)「深千流と」
吾妻 弥千流(以下弥)「弥千流の」
深・弥「かみるーらじお!」
深「こんにちは。鳳凰学園高校3年、放送部部長をやらせて頂いている吾妻 深千流です」
弥「はろ~! 鳳凰学園高校2年の吾妻 弥千流だよ~。ちなみに、わたしは放送部副部長やらせて貰ってま~す」
深「“かみるーらじお!”とはもっと読者様に“神√”を知って頂きたい! という思いから生まれたラジオです」
弥「ゲストを呼んでフリートークをしたり、リスナーの皆からのお便りを読んだり、質問に答えたりしちゃうよ~」
深「さて “第49話 人間誰しも何があっても譲れない物が一つぐらいはあるものだ” いかがでしたでしょうか?」
弥「はぁ…………」
深「どうしたんですか? ため息なんてついて」
弥「いや、やっぱり男の娘じゃなかったんだな〜と思ってね〜」
深「あれだけ違う! と言っていたのにまだ信じていたんですか⁈」
弥「そりゃね。可能性はゼロじゃないからね」
深「はぁ……男の娘の何がそこまで弥千流の本能を駆り立てるのかはわかりませんが、そんな弥千流に朗報ですよ」
弥「なになに? もしかして登場キャラが全員男の娘に––––」
深「なりません! そんな小説、カオスな上にホラーですよホラー!」
弥「そうかな〜? わたしはアリだと思うよ〜。で、実際はなんなの?」
深「実はですね…………男の娘キャラを神√ に出すのが見事決定致しました!」
弥「え? それだけ?」
深「ええ、まあそうですけど……」
弥「甘い! 甘いよお姉ちゃん!」
深「ひっ!」
弥「今の時代、ラブコメに男の娘キャラが出てくるのは当たり前なんだよ! 男の娘を出すだけで満足してちゃダメなんだよ!」
深「は、はあ……」
弥「つまりね! 男の娘のキャラをいかに魅力的なキャラにしたてあげるか……これをきちんと考えなきゃ!」
深「な、なるほど……」
弥「そもそもお姉ちゃん! お姉ちゃんは男の娘の重要性をわかってるの?」
深「いえ……」
弥「はぁ…………情けないなぁ。男の娘って言うのはね、大前提として可愛くなくちゃダメなの。たまに『男の娘って要するにただのオカマだよね』っていうバカがいるけど全然わかっちゃいない! オカマはあのクソ野郎みたいにガチムチでもオッケー。でもね男の娘は可愛くなくちゃダメなの。見た目はもちろん声もね。野太い低い声はダメ。綺麗で高い声じゃないといけないんだよ。で、男の娘がラブコメで必要とされている理由はやっぱりギャップなんだよね。見た目は女の子だけど実は男っていうギャップ。そもそも人間はギャップに弱い訳で––––––––––––」