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第44話 あの日の約束


「ねえ冬夢。そろそろ閉園の時間じゃない?」


「え? もうそんな時間か? …………あ、本当だ。後30分ちょっとで閉園だな」


今は7時20分を少し回ったところであるから、閉園の8時まではまだもう少し時間がある。



「いやー、目一杯遊んだわね〜」


「そうだな。こんなに遊びまわったのは久しぶりだ。もしかしてアトラクション全制覇したんじゃないか?」


「ううん。まだ全体の半分ぐらいしか乗ってないわよ。足を一歩も踏み入れてないエリアもあるし。近未来エリアとか」


「え? まだ半分しか乗っていなかったのか?」


「うん。ジェットコースターだけでもまだ4つ残ってる。何だったら今から乗りに行く?」


「いや、遠慮しておく。もうジェットコースターにはしばらく乗りたくない。それより––––」


「ん? どうしたの?」


「いや、妖怪屋敷での事なんだけど……」


「はぁ……またそれ? 何度も言ってるじゃない。入って早々、出てきた妖怪に驚いて、私を放って出口まで一目散に逃げて行ったって」


「うーん……でもなぁ……何か引っかかるんだよなぁ……」


「はぁ……ホントに大丈夫?」


「ああ、まあ……」



理由はわからないが、何と妖怪屋敷の中での記憶が綺麗さっぱりなくなっているのだ。

入るまでの事と出てきた時の事はしっかり覚えている。列に並んで、憂鬱な気分になりながら中に入って行き、その後俺が一人で出口から飛びたしてきた事も。


しかし不思議な事に妖怪屋敷の中での記憶だけがぷっつりと途切れてしまっているのだ。

どんな妖怪が出てきたのか。どのぐらい怖かったのか…………などなど、まるで記憶が誰かの手によって消されてしまったかのようにそこだけ消え去ってしまっている。思い出そうとしても全く思い出せない。


俺と一緒にいた美都の言っている事なのだから、当然正しいのだろうが、どうしてか不意に落ちない。


何と言うか…………パズルのピースが上手い事はまらない時みたいに、変な違和感があるんだよな。


うーん……もやもやして気持ち悪い。


…………でもまあ、これ以上悩んでも仕方ないよな。時間もあまりない訳だし。

今度、天照か倉稲魂にでも相談してみよう。究極神であるあいつらなら何かしらの解決策を見出してくれそうだ。



それより早くあそこに行かなくては––––––––10年前、俺と美都が晴れて “友達” の仲となったあの場所へ。



「なあ美都、ちょっと最後に行きたい場所があるんだが……ちょっといいか?」


俺はあの場所への行き方をマップで確認しながら、美都に声をかけるのだった。







「よし、着いた。ここだ、俺が最後に行きたい場所は」


「観覧車だったのね…………まあだいたい予想はついていたけどね」


「ほ、本当か!」


「そりゃあ、こんだけ大きい訳だし。遠くからでも見えるんだからすぐわかるわよ」


「…………そ、そうだよな…………はぁ〜」


「ん? どうしたの? ため息なんかついて」


「いや、なんでもない」


はあ…………観覧車に行く事があらかじめわかっていた––––なんて言うから、つい美都も昔の事を覚えているのかと一瞬期待してしまった。


でも普通に考えて、覚えている訳がないよなぁ。何だってもう10年前の出来事だし。

俺もデモアでの出来事を除いたら、小1の時にあった事なんてほとんど覚えていない。デモアでの出来事でさえも観覧車での事以外はほとんどうろ覚えである。



…………まあ、またこうやって2人で観覧車に乗れるだけでも幸せな事だよな。

正直、デモアの趣旨が趣旨だけにもう2人では来れないだろうと思っていたし。


それ以上の事を望むのは流石に贅沢というものだろう。




「じゃあ行こうか」


「そうね」



こうして俺達は十年前に乗った観覧車(多少見た目は変わってしまっているが)の入口へと向かうのであった。








………………冬夢は昔の事を覚えているのかしら?


私、榎本 美都は一人で列に並びながら(冬夢は和と響にお土産を買うのを忘れたと、顔を青くしながら走ってお土産屋さんに行ってしまった)そんな事を考える。


昔の事––––––––とは、もちろん十年前にここデモアにやって来た事である。



ここへ来てからの冬夢の様子から鑑みるに、どうやらある程度の事は覚えているみたいだ。


十年前の私と冬夢がここで最初に着たコスプレ衣装がお姫様ドレスと執事服である事も、最初は忘れていたようだが、何だかんだで思い出したようだし、最後に乗ったアトラクションが観覧車である事も覚えているっぽい。


でも “あの約束” を覚えているのかはまだわからない。



もうかれこれ十年前の事。覚えていないのが当たり前なのかもしれないが、私としては絶対に覚えていて欲しい事柄だ。


冬夢に直接聞けばすぐにわかる事なのだが……もし冬夢が覚えていないと答えたら––––と思うと怖くて聞けないのだ。


私はこの十年間 “あの約束” を心の糧として生きてきた。

小学校時代に些細な事で友人と大げんかし、絶交を言い渡された時。中学時代にバスケ部の先輩(その先輩は私よりバスケが下手だったのだ)から嫌がらせを受けた時などなど。辛い事があるたびに “あの約束” を思い出して乗り越えて来た。


冬夢が “あの約束” を覚えていないという事は、私の心の糧が失われるのと同じ事なのだ。


そんな事、私には絶対に耐えられない。この十年間、必死になって創り上げて来た “私” が一気に崩れ去ってしまう気がするからだ。



自分でも自分が弱く情けない人間だと思う。

冬夢にフられるのが怖いからと言ってずっと告白する事を避け、冬夢の周りに冬夢に好意を抱く者が次々と現れれば “同盟” などとのたまって、冬夢に誰かが告白してしまうのをやめさせる。



しかしこれでも人としてだいぶマシになった方だ。昔の私––––デモアで冬夢と “約束” を交わすまでの私は今の私に更に輪をかけて最悪最低な人間だった。


ホント、最低な人間だったわよね……。



私は昔の事を思い出すのであった。








幼い頃の私は友達がほとんどいなかった。

赤ちゃんの時から遊んでいた吾妻姉妹以外に友達はいないと言い切ってもいい程に。


友達ができない理由として大部分を占めていたのは、私の性格の悪さだった。

今でもたまにやってしまう(特に冬夢相手に)のだが、私は人の厚意を素直に受け取れず突っぱねてしまうくせがある。


幼い頃はそれが特に酷かったのだ。

心の中では感謝しているのだが、それを口に出す事ができない。代わりに出てくるのは相手を不快にさせる言葉ばかり。

幸いいじめられる事はなかったが、同級生は次第に距離を置き始め、年長になる頃にはみんな私から完全に距離を置き、誰も話しかけてこないようになっていった。


私はそんな自分が物凄く嫌いだった。

流石に自ら命を絶つという発想には至らなかったが、幼稚園に行きたくないと思う事は幾度となくあった。


しかし幼いながらにお母さんに迷惑をかけたくないという思いがあったので、私は幼稚園に行き続けた。



そんな私が自分より嫌うなものがたった一つ存在した。


それは冬夢だった。


冬夢は幼稚園時代から人気者で、冬夢の周りには常に人がいた。


別にそれだけだったならそこまで嫌う事はなかったのだが、あろう事か冬夢は私にほぼ毎日話しかけてきたのだ。



最初の方は素直に嬉しかったのだが、年長の終わり頃には私が突き放した態度をとっても毎日話しかけてくる冬夢に苛立ちを感じるようになった。



なぜなら、冬夢が話しかけてくる事によって自分の冷たい態度を改めて思い知らされるからだ。


冬夢を嫌うというのはお門違いであり、ただの現実逃避に過ぎないのだが、流石に年長の自分にはそこまで理解できなかった。



その苛立ちが冬夢にも伝わったのかどうかはわからないが、小学校に上がったのと同時に冬夢は私に一切話しかけてこなくなった(ちなみに冬夢と私は同じクラスだった)。


入学式の日から一週間、冬夢が全く話しかけてこず「ああ、あいつはもう話しかけてこないんだ」と嬉しさが込み上げてくる反面、淋しさが同時に込み上げてきて驚いたのを今でもよく覚えている。



小学生にもなると同級生が私から距離を置くスピードも速く、一ヶ月もすればみんな離れて行ってしまった。

そして結局、私は小学生になっても幼稚園の時と同じように、先生以外の人間とはほとんど話さずに学校生活を過ごした。




そんな暗い生活を続けて、三ヶ月。

夏休みが一週間後に迫った土曜日の夜の事だった。


ぼーっとテレビを見ていた私にお母さんは突然「明日、冬夢君と冬夢君のママとデモアに行くからね」と言ってきたのだ。


私はもちろん嫌がった。

しかし小1の抵抗など高が知れている。私はあっさり説得され(どうやって説得されたかは覚えていない) デモアへ私と私のお母さんに冬夢と冬夢のお母さんの4人で行く事となったのだ。


ちなみにこれは中学になってから聞いた話なのだが、デモアへ行った理由はやはりと言うか何と言うか、私と冬夢を仲良くさせるためだったらしい。

私は友達がほとんどいない事を完璧に隠していたつもりだったのだが、お母さんにはバレバレだったようで(当然と言えば当然ではあるが)せめて親同士が仲のいい冬夢とだけでも……と考えたのだそうだ。





そんなこんなでデモアで遊んだ私だったのだが、その日の冬夢はいつもの冬夢ではなかった。

何と幼稚園時代の時のように––––––––いや、それ以上に私に積極的に話しかけてきたのだ。


言葉の端々から友達になりたいという気持ちがひしひしと伝わってきて、本当に嬉しかった。

しかし私は期待に応える事ができなかった。


何度冬夢が話しかけてきてもその度に私は突き放した態度をとったり、無視したりしてしまったのだ。


そういう態度を自分がとってしまう度に自分にイライラし、そのうち何度もしつこく話しかけてくる冬夢にも苛立ちを感じた。


どうしてそんなに話しかけてくるのか。一人にして欲しいのに。一人だったらこんな不愉快な思いをしなくて済むのに、と。


しかし一人で勝手に帰れる訳でもないので、私はただひたすらに我慢をした。もちろんそんな状態でアトラクションが楽しめるはずもなく、ひたすら時間が過ぎるのを待っていた。




そしてそのまま耐える事数時間。

全然楽しそうでない私の姿に見兼ねたのだろうか、閉園時間はまだまだ先なのに最後に私が乗りたいアトラクションに乗って帰ろうという話になった。


私は一刻も速く冬夢から離れたかったので、迷う事なく一番近くにあった観覧車を選んだのだか、そこで私にとって地獄とも言える出来事が待ち構えていた。



何とお母さん達は私と冬夢の二人で乗って来いと言うのだ。

多分、少しでも二人の仲を進展させようとやった事なのだろう。


当然私は嫌だったがあと少しで帰れるのならと思い、我慢して乗る事にした。




しかし観覧車の中は想像以上に辛かった。


何しろ物凄く狭いのだ。そんな狭い空間に嫌いな奴と二人きり。辛くない訳がない。


しかも冬夢はこれはチャンスとばかりに話しかけてくる。



私は必死に耐えようとしたが、もう我慢の限界だった。

観覧車が一番高い所まで登った辺りで、ついに冬夢に思い切り怒鳴ってしまった。


どうしてそんなにしつこく話しかけてくるのか。鬱陶しい。話しかけないでくれ……などなど。


今までの鬱憤を晴らすかのように冬夢に向かって怒鳴り散らした。


しかし冬夢は全く臆する様子もなく––––––––




「お〜い、美都」


「…………え?」


不意に誰かに声をかけられ情けない声をあげてしまう。

一体、誰なのだろうか?


「何ぼーっとしてるんだよ、もうすぐだそ順番」


目の前にいたのはやはりと言うか何と言うか冬夢だった。

いつの間にかお土産屋さんから帰ってきたようだ。


「…………あ、ホントね」


「あ、ホントね……って……まあ、いいや。ほら、行くぞ」


そう言って、先に行く冬夢。


…………観覧車の中にいる間にどうにかして “あの約束” を覚えているかを自然に聞き出す方法はないだろうか?


頭の中を切り替えた私は冬夢の背中を見ながら、そんな事をふと考えるのであった。






〜いつもかみるーらじお! を聞いて下さっているリスナー様へのお知らせ〜



今回のかみるーらじお! は吾妻 弥千流の “一身上の理由” によりお休みさせて頂きます。


リスナーの皆様には多大なご迷惑をおかけしますが、ご理解の程、よろしくお願い申し上げます。



吾妻 深千流

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