△ 第04話 謝罪のすゝめ
「本当に悪かった。許してくれ」
「……」
返事はない。
「頼むよ。俺が悪かったから」
「……」
また返事はない。
俺は心の中でため息を付く。
かれこれ、10分以上謝り続けている。しかし進展は全くない。
音尾は自分の部屋(驚くべき事に、音尾は俺の部屋の隣の空き部屋を既に、そして勝手に自分の部屋にしていた)に閉じこもって、出てこない。
しかも、ご丁寧にドアに
「入るな!!」
と書き殴った紙が、張り付けてある。
この状況をどうやって乗り切ればいいんだ?
「あ…桐生なら、アドバイスくれるかも」
善は急げ、である。俺は携帯を取り出して、アドレス帳から桐生を選び出し電話をかけた。
「あ、桐生? もしも…」
「冬夢、悪い!」
いきなり謝られて、俺は返事に詰まった。
何か、今日は謝って謝られてばかりだな。
「どうした? 桐生?」
「いや…お前を置いて帰ってしまっただろ?」
「あぁ…」
余りにも色々とありすぎて、すっかり忘れていた。やられた時は、結構傷ついたけれども。
「別に気にしてないよ」
「本当か?それを聞いて安心したぜ。で、どうした?」
「ちょっと、相談したい事があって。今いいか?」
「ああ、全然大丈夫だ。しかし、冬夢が相談とは珍しいな。好きな子でもできたか?」
「だったらいいんだけどな。実は、女の子を滅茶苦茶怒らせてしまってさ、メールも電話も無視状態なんだよ。どうすればいいかわからなくて…助けてくれ」
もちろん、相手が神であるとか、一緒に家にいるなどは伏せている。説明が面倒だし、信じてもらえない可能性だってあるからだ。
「なるほどな。つまり冬夢は、その子と仲直りしたいんだな?」
「ああ、そうだ」
仮にも、一緒に暮らすのだ。
こんな空気じゃ、精神が参ってしまうのも時間の問題である。
「なら、取引だな」
「取引?」
「そうだ。一つ何でも言う事を聞いてやれ。その代わり、許して貰うんだ」
「…ベタだな」
「ベタだから、効果があるんだよ」
確かにそうだな。効果があるからこそ、一般に定着する訳だし。
「ありがとうな。早速、やってみる」
「ああ、健闘を祈る」
俺は、携帯をしまい、ドアに向き直る。
「あのー、音尾さん?」
「……」
当然、反応はない。
「一つ何でも音尾の言う事聞くから、許してくれないか?」
桐生の言っていた方法を実行する。ホントに効果あるのか?
「…それは、本当か?」
なんと音尾が反応してくれた。
ありがとうありがとう、桐生。
今度、ジュースでも奢ってやらなければ。
しかしここからだ。音尾と仲直りしないと意味ない。
「ああ、もちろんだ。何でも聞いてやる」
そう言うと、部屋のドアがバッと開いて音尾が出てきた。
「本当かっ!!!」
さっきまで、うんともすんとも言わなかった音尾をこんなにも簡単に部屋から出すとは。
しかも、笑顔である。
ベタの力は、伊達じゃない!
「ああ、もちろんだ。ただ、さっきの俺の不始末を許してくれるならな」
「おう。あれは私も怒りすぎた。すまん」
おお、許して貰えるだけでなく、あっちからも謝ってきた。
やはり、ベタの力は以下略。
しかし、どうしてだろう?
目の前で笑っている音尾を見ると、胸騒ぎがする。コイツはヤバい、と直感が知らせてくる。
…あ…あぁぁぁぁぁぁあ!!
気付いてしまった。
気付きたくないのに、気付いてしまった。
…何でも言う事を聞いてやる…つまり、どんな事を要求されても俺に拒否権はないのだ。
そう、どんな事を要求されても…
嫌だぁぁぁぁぁあ!!!
俺、まだ死にたくない!!!
まだ青春を十分に謳歌できてないのに! 彼女できてないのに!!
ここで死ぬ訳にはいかないんだぁ!
「あの…音尾さん?」
「ん? 何だ?」
「さっき、何でも言う事聞いてやるって言いましたけど、流石に何でもは…」
「何だと?」
「だから、流石に何で…」
「何だ? 聞こえんな?」
…怖い! 怖すぎる!
笑顔だけど、目が…目が笑ってない。それに声にも凄みがある。
これ以上言ったら、俺絶対に殺される。
ん? ちょっと待て。
って事は…八方塞がりじゃないか。
どっちに行っても、待っているのは死。
ああ…神様助け…
って神様ここにいるし。
こんな展開、前にもあったような…デジャヴか?いや、実際あった…しかもさっき。
音尾、本当は神様なんかじゃなくて、疫病神なんじゃ…
って、疫病神も神様だったな。
「では、頼みを言うぞ」
「あ、ああ」
えぇい! こうなれば、どんなに恐ろしい頼みがきても、乗り越えて見せようじゃないか!
さあ、来い音尾!!
漢、一ノ瀬 冬夢。全てを受け止める!
「そ、その、私の事を名前で呼べ!!」
「…へ?」
な、名前で呼ぶ?
そ、そんな簡単な事で、いいんですか?
何て優しいお方なんだ!
さっき、疫病神なんて言ってごめんなさい。
あなた様の事、滅茶苦茶疑ってしまってごめんなさい。
あなた様は女神様です。
優しさ100%で出来てる女神様です。
「え?、とは何だ! な、何でも言う事を聞くと言っただろ!」
「ああ、悪い悪い。その…和」
名前で呼ぶ位、簡単だと思っていたが、いざ呼んでみると意外と気恥ずかしい。
まあ、死ぬよりはマシか。
「もう一度呼んでくれ」
「和」
「えへ…えへへへ」
名前で呼んで貰うのが、そんなに嬉しいのだろうか。
和は、幸せそうに笑っていた。
よくわからないな。女の子って言う生き物は。まあ、仲直りできたので、別にいいんだけど。
「そーいえば、和」
前々から、気になる事があったのでこの際聞いてみる。
「お前、巫女服以外の服持ってるのか?」
和は食事の時も巫女服だったのだ。
「当たり前だ。ただ、着替える暇がなかっただけだ。ちょっと待て。着替えてくる」
そう言って、和は部屋の中に戻っていった。
和の私服かぁ。俺の予想では、性格から見て、部屋着はジャージだな。いや、意外に着物とか…。
「どうだ!」
「おぉ」
和の服装は、ジャージでもなければ、着物でもなく…
英語が書かれている白のTシャツに、黒いパンツという、平凡な、どこにでもある服装だった。
しかし、それを和は、上手く着こなしていた。ハデに着飾っているそこら辺の変なモデルより、全然キレイである。
流石神様…いや、神様は関係ないか。
「他には何持ってきたんだ?」
「衣服類以外は…ケータイと財布と通帳位だな」
「ケータイ持ってるのか?」
「当たり前だ。あんな便利なものを使わない訳がないだろう」
神様がケータイを使うとは…俺の頭の中の神様像がどんどん変わっていくなぁ。
「まあいいや。とりあえず、必要な物の中で、家で揃えれる物は揃えよう。で、足りない物…例えば家具とかは、土日に買いに行こう。だから、今日明日の2日は悪いけど、我慢してくれないか?」
「もちろんだ。こっちは住まさせて貰う身だしな。それより、冬夢…」
「ん? どした?」
「その…買い物は二人で行くのか?」
「俺はそのつもりだけど、誰か一緒に行きたい人でもいるの?」
「いや、そうじゃない。ただ確認しただけだ。…二人で買い物か…えへへへ」
「??」
買い物するだけなのに、何であんなに嬉しそうなんだ?
デートじゃあるまいし。
…考えれば考える程、謎は深まっていくばかりである。
「まあいいか。和、風呂入ってないだろ?俺はもう遅いし疲れて眠いから、明日の朝入るけど、和は今入るか?」
「ああ、シャワーを使わせてくれ」
「その代わり、俺はもう寝るから、全部の部屋の電気消しといてくれ。ああ後、バスタオルは洗面台の左下の棚に、ドライヤーはバスタオルの棚の一つ上の棚に入ってる。バスタオルは、使ったら洗濯機の中に入れといてくれ。布団は部屋の押し入れに入ってるから、自分で敷いてくれ」
「わかった」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
こうして、神様と一緒に暮らすと言う、新たな生活がスタートした。
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