番外編その5 人間という生き物は大好きな物を目の前にすると、人格が大きく変わってしまうものだ
「さあ、いよいよ始まります! 第一次メイド大戦! 三人の女達が己のプライドを掛けて挑む、負けられない戦い! 相手を蹴散らし、栄光を掴むのは果たして誰なのか! 今からもう目が離せ––––」
「…………」
一人でバカみたいに盛り上がっている(まるでスポーツの実況みたいである)響を俺はジトッとした目で見つめる。
今俺達は先程までいた天崎さん達の部屋を出て、同じ寮内にある多目的ルームに来ていた。
何でも響曰く第一次メイド大戦は広い場所でないと行えないんだそうなので、わざわざ多目的ルームの使用許可を得、ルーム内にあった長机やパイプ椅子などを響の指示––––椅子三脚をホワイトボードの横に、また机二台と椅子三脚をホワイトボードから少し離して正面に置き、後は全部隅っこに寄せろというもの––––通りに片付けたのだ。
それにしても……第一次メイド大戦って一体何をするんだ?
準備中に何度か響に聞いてみたが「内容を知ってしまったら面白くねーだろ?」と言って一切教えてくれなかった。
ただ「冬夢はオレの横に座ってくれ」と頼まれただけである。
「どうやらまだファイター達の準備がまだできていないようなので……ここで簡単に第一次メイド大戦のルール説明をしたいと思います」
誰も見ていないに熱くそしていつに無く丁寧な口調で語っている響の姿はギャグを通り越して最早シュールではあったが、今から第一次メイド大戦の内容を話すみたいなので、俺は黙って響の話を聞く事にした。
つっこみたい気持ちは山々なのだが、やはり今から何が行われるか知りたいからな。
「準備が終わり次第、ファイター達には『メイドとしてこのぐらいはできて当然』な課題をいくつかこなして頂きます。そして全部の課題が終わった所で審査員である彼––––方城 時雨君に誰が一番メイドにふさわしかったかを決めて頂く……という流れとなります。よろしくお願いしますね、方城君」
「えっと……あの……はい、よろしくお願いします」
困ったようにぎこちない笑顔を浮かべながらも、頭を下げる超イケメン。こいつが無意識ハーレムを築いている方城 時雨である。
どんな奴かと思えば……これがまた、めちゃくちゃいい奴なのだ。
用事から帰ってきた所でいきなり響が「お前が方城 時雨なんだよな? いきなりで悪いんだけどよ––––(中略)––––っつー訳で、審査員やってくれねーか?」と詰め寄ったら「面倒くさい事は嫌いなんだけどなぁ……」とか言いながらも、最終的にはOKしてくれたし、多目的ルームの片付けは積極的にやってくれるし……非の打ち所がない人間とはこういう奴の事を言うんだろうな。
そりゃあ女の子がメロメロになる訳だ。人としての出来が俺達一般人なんかとは根本的に違い過ぎるのだ。
ちなみにそんな方城の人間性に魅せられて、先程アドレスを交換できないか聞いたのだが、二つ返事で快く交換に応じてくれた。
本当にいい奴である。
「そしてこの戦いの模様はわたくし善家 響が司会進行と共に実況させて頂きます。そして解説として、メイドを語らせたら右に出る者はいないとその業界では有名な、自称メイドマスターである一ノ瀬 冬夢さんをお呼びしています。一ノ瀬さん、よろしくお願いしますね」
「……へ?」
色々とつっこみたい所はあるが……とりあえず状況整理だ。
えーっと、つまり何だ? 俺は今から行われる第一次メイド大戦を解説しなくちゃいけないのか?
うーん、いくらメイド好きと言っても(念の為に言っておくが、もちろん俺はメイドマスターなんて名乗っていない)……流石に誰も見ていない場所でそんな小っ恥ずかしい事をするのはなぁ。やっぱり気が引ける。
「流石にそれは……」と響に断りを入れようとした俺であったが、響の顔を見てそのセリフは喉の辺りで止まってしまった。
……響の奴…めちゃくちゃ楽しそうじゃないか…。
こんな天使のような溢れんばかりの笑顔を見せられてしまっては、断るものも断れない。
そんな魅力が響の笑顔にはあった。
それに……せっかくのGWなんだ。思いっきりバカやって思いっきり楽しまなきゃ損だよな。
こんなぶっ飛んだイベント、そうそうお目にかかれないし。
「……はい、よろしくお願いします。今日はこのメイドマスターであるわたくし、一ノ瀬 冬夢がメイド初心者にもわかるように詳しく丁寧に解説していきたいと思います」
……俺の左横に座っている方城の物凄く驚いたような感じでこっちを見てくるのがとても辛いが……まあいい。
俺みたいな一般人が響の横に並んで一緒に上に昇る事なんてとてもじゃないができやしない。だが、下から響を押し上げてやる事ならいくらでもできる。
是非とも響(もちろん美都達も同様だ)には幸せになって欲しい。
笑っている響を横目で眺めながら、そんな事を思う俺であった。
「さて、ファイター達が入場してきた所で早速一つ目の課題をこなして頂きたいと思います。一つ目の課題は––––コレだっ! じゃじゃん!」
そう言って、何か文字が書いてある画用紙を机の下からおもむろに取り出す響。
恐らく響が手描きなのだろう。可愛らしい二頭身のウサギが「はいあ~ん」と書かれたプラカードを持っている絵が描かれていた。ふむふむ、意外と絵心あるんだな、響って。
ちなみに、天崎さん小夜さん標部さんがメイド服姿で部屋に入ってきた時、そのあまりの素晴らしさに俺は思わず我を忘れて、ついついメイド服のよさを熱く語ってしまった。
俺が語り終えた後、みんなの目線がもう思い出すのも嫌になるぐらいに冷え切っていたのだが、これは仕方のない事である。
三人とも物凄く似合っていたのだ。あんなメイドさんにご奉仕されるんだったらもう死んでもいい、うん。
特に時々チラッと見えるガーターベルトと太ももの組み合わせがもう…………ああ、写真に収める事ができないのが本当に悔まれる。
「メイドたるものご主人様にご奉仕してなんぼです! そこでファイター達は今から審査員である方城君にご飯を食べさせてあげて下さい。俗に言う『あ~ん』ってつですね。皆さん頑張って下さいね~」
「「「……な…」」」
響の言葉を聞き、顔を真っ赤にして固まるメイドさん3人+方城。
しかしよく観察してみると、メイドさん達は心なしか嬉しそうだ。
……まあ、そりゃそうだよな。恋人同士ならまだしも、片想い状態じゃよっぽどの事がない限り「あ~ん」なんてできないもんな。
多分これは響が方城に片想いしている3人に対して、いい思いをさせてあげようと考えてたんだろうな。
流石響だ……って、感心している場合じゃない。ちゃんと解説をやらなくては。
「今回はバトルですからね……普通に『はいあ~ん』とするだけでは勝ち残れないでしょうね」
「なるほど。だとしたら一ノ瀬さん。勝利のポイントはどこでしょうか?」
「そうですね……ポイントですか……。やはり自分らしさを存分に前に押し出す事でしょうね」
「自分らしさ……ですか」
「ええ。確かに上目遣いなどのお約束は存在します。しかし、お約束は破壊力が一定なんですよ。誰がやっても同じぐらいの破壊力しか生まない。それでは相手に差をつける事ができません。なので、自分にしかない個性を全面的に押し出すのが勝利へのポイントですね」
「それでは今からシンキングタイムを30分取りますので、ファイターの皆さん、先程の一ノ瀬さんのアドバイスを参考にしてどのように『あ~ん』をするか考えてみて下さい。それではスタート!」
「「「…………」」」
響の掛け声と同時に、真剣な顔でああでもないこうでもないと考え始めるメイドさん達。
いやはや、こんなに想われているなんて……本当に幸せ者だよなぁ、方城は。
しかしそんな方城は––––
「……本当にやるんですか? こんな事」
––––とあまり乗り気ではない様子。
「ったく……お前はただ口を開けて待っとけばいいんだから、文句言うんじゃねーよ」
いつも通りの口調に戻った響が方城に言う。
もう少し言い方ってものがありそうな気がしないでもないが……うん、黙っておこう。俺までぐちぐち言われるのはゴメンだからな。
「そうかもしれませんが…………恥ずかしいですよ……」
「まあ、オレはどっちでもいいけどよ。方城、あの真剣に戦いの準備をしている3人にやめてくれって言えるのか?」
そう言って、響は必死にあれこれ考えている3人を指差す。
「……うっ…」
どうやら方城は理解したようだ。
女の意地と意地とのぶつかり合いに男が口出しする事など不可能である事を。
それに方城自身は気付いていないだろうが、この戦いで勝利する––––つまり、最終的に方城に選ばれる事は彼女達にとって物凄く大きな意味を成すのだ。
そんな彼女達にとって大切なバトルを「恥ずかしいから無理」だなんて言って中止にしたら、ほぼ確実に殺される。
「わかりました……やりましょう……」
顔をやや青くしながら頷く方城。
「お? そうか! やってくれるか! ありがとーな、方城!」
それに対して響は真っ黒い笑みを浮かべている。いかにもしてやったりといった顔だ。
もしかして和に性格が似てきたんじゃないか……と心配せずにはいられない俺であった。
「……5……4……3……2……1……はーい、そこまでー! シンキングタイムしゅーりょーで~す!」
ストップウォッチ片手に声を張り上げる響。
正直な所、シンキングタイムに30分も費やすのはやり過ぎだと思っていたのだが……そんな事は全然なかった。皆、響がストップをかけるまで考え続けていた。
それどころかまだまだ時間が足りないらしく、若干不満そうな目を響に投げかけている。
それだけ方城が想われているって事なんだろうなぁ……はぁ。羨ましいよ本当に。
「それでは今から方城君に『はいあ~ん』をする順番をくじで決めたいと思いますので、こちらに来てくじを引いて下さ~い」
しかし響はそんな視線を一切気にする事なく、どんどん話を進めていく。
「皆さん引きましたね? では一斉に開いて見せて下さい。えーっと……天崎選手が一番で標部選手が二番。そして最後は小夜選手ですね。では天崎選手、早速始めましょうか! 他の2人は席に座っておいて下さいね」
「ひゃっ、ひゃい! が、頑張りますっ!」
顔を真っ赤にさせながら、こくこくと頷く天崎さん。
くっ、ただでさえ物凄く可愛いのに……メイド服を着ている事で更に可愛さが増している。
もう少しでノックアウトされてしまう所だった……メイドマスターであるこの俺が。
これは史上稀に見る激しい戦いになりそうだ……。
俺は緊張からくる汗でにじむ手をぎゅっと堅く握りしめるのであった。
「『はいあ~ん』をする事ができるのは一回だけ! さて、天崎選手はどのような作戦で攻めてくるのでしょうか?」
「それについては私にもわかりませんが……天崎選手はトップバッターですからね。後の2人へプレッシャーをいかに与えられるかがカギとなってきますね」
「それにしても……天崎選手、先程からもじもじしているばかりで行動に起こそうとはしません! やはり年頃の男の子に『はいあ~ん』をするのは恥ずかしいのか? このままリタイアしてしまうのか?」
響が言っているように天崎さんはお刺身(方城の大好物が魚介類との事で、食堂から持ってきたのだ)の乗ったお皿を持ったままオロオロしている。
好きな男の子にメイド服を着て、『はいあ~ん』するって……冷静に考えたら物凄く恥ずかしい事だもんなぁ。
やっぱりリタイアするんだろうか? まあ、オロオロしている姿は言わずもがな可愛いから、俺としては一向に構わないのだが。
などと、考えていると––––
「こっ、こらっ! ご、ご主人様っ!」
––––唐突に天崎さんが怒ったような声を出した。
「おーっと! ついに天崎選手が行動を開始したーっ! さあ、天崎っ! お前の『はいあ~ん』を見せてくれっ!」
「もっ、もうっ、ご、ご主人様っ! こんなに食べこぼしてっ! めっ! ですよ? あれ程、き、綺麗に食べて下さいと言ったのに……本当に……ご主人様はわ、私がいないと何も出来ませんね。仕方ありません……わ、私がた、た、食べさせてさしあげます。ほらっ、ご主人様っ! お、お口を開けて下さい! はいあ、あ~ん」
「……あ、あ~ん」
「な、何と素晴らしい! Great! Excellent!! Magnificent!!!」
天崎さんの『はいあ~ん』を見た俺は思わず席から立ち上がってしまった。
天崎さんがこんなにもできる子だったなんて……! 俺は……俺は今猛烈に感動している!
「ど、どうしたんですか? 一ノ瀬さん。急に立ち上がったりなんかして」
「善家さん! あなたにはわからないんですか? あの天崎さんの素晴らしさが!」
「は、はい……普通の可愛い世話焼きなメイドさんのようにしか見えませんでしたが…」
「はぁ……これだから素人は! いいですか? 確かにパッと見では普通の世話焼きなメイドさんです。しかし! しかしですよ! 一つだけ、決定的に違う部分があるんです! それは恥じらいです! 恥じらいがある事でメイドさんの魅力は通常の何倍も……いや、何十倍も凄い物になるんです!」
「……そ、そうですか…」
…………し、しまった! また熱く語ってしまった……。ううう……響達の目線が嫌という程、心に突き刺さる。
次からはちゃんと冷静に解説しなければ……。
「で、では続いて標部選手、いってみましょー!」
「……」
無言で席から立ち上がる標部さん。先程の天崎さんのように慌て取り乱してはいないものの、若干顔が強張って緊張しているように見える。
緊張しているメイドさん……最こ––––って、何考えているんだ俺は! 落ち着け! 俺は解説者なんだ。興奮して我を忘れてどうする! 冷静になれ冷静になれ冷静になれ……。
「すーっ……はーっ。すーっ……はーっ」
俺は大きく二度深呼吸をする。
……よし! もう大丈夫だ。これで冷静に解説する事ができる。
そうやって何とか気持ちを落ち着かせ、いざ標部さんの解説(何だかんだで俺が心を落ち着ける間に、始まっていた)に臨む俺。
よし! 今ならどんなに魅力的なメイドさんが現れても––––
「どうしてご主人様はそんなに食べるのがトロいのかしら? 箸使いはなってないし食べ方は汚いし……ホント、ダメダメよね。こんな調子じゃ、とてもじゃないけど社会で生きて……え? 学校に遅れそうだから食べさせてくれって? …………し、仕方ないわね。ほら、さっさとく、口開けなさいよ!」
「あ、あーん」
「い、言っとくけど、ご主人様の命令だからし、仕方なくやったのよ! 仕方なくよ! そこんとこ、勘違いしないでよね!」
「あ、ああ……」
「おお! ツンデレです! 標部選手はツンデレで攻めてきました! 一ノ瀬さん、標部さんはいかがでし––––」
「Oh YES! YES!! YES!!! YES!!!! 素晴らしい! 標部さん、素晴らし過ぎる! まず口調。ご主人様に仕える身でありながら、タメ口。このギャップがもう、ね。言葉では言い表せない程の破壊力を秘めています! そしてテンプレ感は否めませんが、ツンデレなセリフを最後にしっかりと入れている所も素晴らしい! 天崎さんも良かったですが、標部さん! あなたもとっても良かったですよ! ああ、私も天崎さんや標部さんのようなメイドさんにご奉仕して貰いたいです!」
「なるほど……ちなみに、ご奉仕の詳しい内容はどんなものなんですか?」
「そりゃあ普通の家事手伝いからあーんな事やこーんな事まで……って、え?」
何だか聞き覚えない女性の声が聞こえた気がするんだが……
俺は声がした方へ顔を向ける。
すると、そこにいたのは––––
「ほら菜奈! あいつなのじゃ! さっき言っていた、ウチを襲おうとした変態不審者はあいつなのじゃ!」
「理事長の事なので、どうせデタラメだろうと思っていましたが……先程の発言からみるに、どうやら本当のようですね。フフッ……血祭り確定です」
––––さっき外で会った天照もどきと、赤がかかった黒色のアホ毛ありの髪の毛を肩を少し越えるくらいまで伸ばしている「なな」さんとか言う若い女性(服装から予想するに、ここの学校先生だろう)のだった。
ななさん、優しそうな見た目なんだけど……どうしてだろう。全身から物凄い殺気が放たれておりますです、はい。しかもその殺気は全て俺に向けられている気がしてならないです。
……もしかして俺、本気でやばくないか?
俺は命の危機を感じて、席を立ち逃げようと試みたが––––
「か、体が動かないっ!」
––––まるで金縛りにあったかのように体が全く動かないのだ。
あれ? ……こんな感じの光景、どこかで見た事あるぞ?
そう、そこにいる天照もどきみたいなちっちゃい奴にはめられて……あのななさんみたいな冷たい目をした人に何だかエグい事をされそうになって……。
……ああ、わかった。倉稲魂と朧さんだ。
GWに3回(後1回は和と響だ)も命の危機に瀕するなんて……ははは。俺、ついてないなぁ。今度、天照辺りにでもお祓いして貰わないとなぁ。男難の相の件もついでに相談しないといけないなぁ……あはは、あはははは。
……って、現実逃避をするんじゃない俺!
そんなくだらない事を考えている間に、ななさんがどんどん近づいて来ているじゃないか!
どうすればいいんだ? どうすればいいんだ? どうすればいいんだ? どうすればいいんだぁぁぁぁっ!
「さあ血祭りの時間です。外部の方でも容赦はしませんよ」
ななさんがそう言って、手を伸ばし俺の肩に触れようとした、まさにその時––––
「そういえばさぁ、空巻先生って彼氏とかいるのかなぁ? 今年で26歳らしいし、そろそろヤバイよなぁ」
––––突然、方城が立ち上がりそんな事を大声で叫んだ。
「でもそんな話聞かないしなぁ。彼氏とかいないんだろうなぁ。まあ、こんな性格じゃあ仕方ないよなぁ」
一瞬にして固まる空気。メイド3人組は信じられないと言ったような目で方城を見ている。
そして一番周りの空気がやばいのはななさん(どうやら上の名前をからまきと言うらしい)だ。
殺気というものを遥かに凌駕した、得体のしれない空気がななさんの周りを渦巻いている。
「ほ、方城君。いい、い、い、今、何とい、言いましたか?」
ななさんがゆっくりと視線を俺から外し、方城の方に顔を向ける。
俺の方からは見えないが、ななさんを見た方城の顔が一瞬引きつった所から、般若並みの怒り顔をななさんがしている事は容易に想像できる。
「いっ、いや、空巻先生に彼氏はいないんだろうなぁ、って」
でも……どうして……? そんな核ミサイルに至近距離からミサイルを打ち込むようなバカな真似をするんだ……。
某然と方城を見つめる俺。
そんな俺の目線に気づいたのか、方城が俺の方を見て、顎でくいくいっと多目的ルームのドアの方を指して、にこっと笑った。
まさか方城……お前……。俺を逃がす為に、わざとそんな事を……悪いのは全部俺なのに。どこまでいい奴なんだお前は……。
俺は近くにあった荷物を手に取り、出口を目指して走る。
今できる事は方城の作ってくれたチャンスを無駄にしない事。
ここで無駄にしてしまっては、犠牲になってくれた方城に申し訳ない。
「方城、この恩は必ず返すからなっ!」
俺はそう叫び、多目的ルームを後にするのだった。
「えーっと……『さっきは本当にありがとうな。そしてごめんなさい。必ずこの恩は返すから、もし何か困った事があったら言ってくれ。できる限りの事はするから』。よし……これでいいな。送信っと」
家に帰ってきた(ちなみに響も方城の意思を汲み取ったらしく、俺に続いて多目的ルームを脱出した)俺は自分の部屋に入ってすぐに方城にメールを送った。
初めて送るメールが謝罪とは、情けない事この上ないが……もし何か頼まれた時は本気で力になるつもりだ。
空巻先生の相手だって何だってやってやるさ。
「さて、と。やる事やってしまうかな。アイロンかけなくちゃならない洗濯物も溜まっているし……」
携帯をポケットにしまい、リビングに降りようとすると––––
『♪~♫~♪』
––––そのポケットからスピ○ツのロビンソンが聞こえてきた。
この着信音は確か……
「もしもし」
『もしもし。私だけど』
「ああ美都か。どうしたんだ? 急に電話をかけてきて」
『そのさ、いきなりで悪いけど明日ヒマ?』
「まあ、ヒマっちゃヒマだが……」
明日はゆっくりと家で休もうと思ったんだが……。美都の願いを断る訳にはいかないよな。
『よかった~。どうしても行きたい場所があったのよ』
「行きたい場所って……どこだ?」
『それは秘密。言ったら面白くないもん。でも冬夢も知ってる場所よ』
「俺も知ってる場所? もしかして小学校とか? 同窓会やる為に」
『さあね。とりあえず今言えるのは冬夢も知ってる場所って事だけ。7時半にショッピングモール前の駅に集合ね』
「7時半って……えらい早いな」
まあ、いつも5時半起床だから別に構わないけれども。
そんな早くに集合して何をするんだ? 全然予想がつかない。
『ゴメンね。でもその時間じゃないとダメなのよ』
「わかった。7時半にショッピングモール前の駅に集合だな。和や響にも言って––––」
『それはダメ! 絶対ダメ! 冬夢と2人じゃないとダメなの!』
「そ、そうなのか?」
思わずたじろぐ俺。
美都がこんなにはっきりと「ダメ」と言うなんて……滅多にある事じゃないぞ。
『うん……何かゴメンね。で絶対にも2人じゃないとダメなの』
「わかった。和にも響にも言わない。約束する」
『ありがと冬夢。……じゃ、また明日ね。バイバイ』
「ああ。じゃあな」
そう言って、俺は電話を切った。
……俺がよく知ってる場所、か。
一体どこなんだろう? 近くのショッピングセンター? 隣県にある水族館? それとも––––
「うーん、わからん。まあ、明日になればわかる事だけど。気になるなぁ……」
美都がどこに連れて行こうとしているのかを色々考えながら、俺はリビングに向かうのだった。
吾妻 深千流(以下深)「深千流と」
吾妻 弥千流(以下弥)「弥千流の」
深・弥「かみるーらじお!」
深「こんにちは。鳳凰学園高校3年、放送部部長をやらせて頂いている吾妻 深千流です」
弥「はろ~! 鳳凰学園高校2年の吾妻 弥千流だよ~。ちなみに、わたしは放送部副部長やらせて貰ってま~す」
深「“かみるーらじお!”とはもっと読者様に“神√”を知って頂きたい! という思いから生まれたラジオです」
弥「ゲストを呼んでフリートークをしたり、リスナーの皆からのお便りを読んだり、質問に答えたりしちゃうよ~」
深「さて“番外編5 人間という生き物は好きな物を目の前にすると、人格が大きく変わってしまう事がよくあるものだ”いかがだったでしょうか?」
弥「いやー、一ノ瀬のキャラの崩壊っぷりがひどかったね~」
深「ですね。いつものカッコいい一ノ瀬さんのイメージの欠片もありませんでしたね」
弥「ホント。なごみんの唐揚げ好きを嘆いていたけど、人の事言えないよね~。あれじゃ。一ノ瀬のファン、ごっそり減ったんじゃないかな~?」
深「まあ、何か一つの事を好きになる事は悪い事ではないんですけどね」
弥「要するに何事も程々が一番って事だよね~。じゃ質問コーナーにいってみよ~…………って、何このCD」
深「いえ、昨日“かみるーらじお!”宛にそれが届きまして。今日の放送時に流して欲しいとの事です」
弥「ちなみに、誰からなの?」
深「差出人は書いていなかったので、わからないです」
弥「何かCDという時点で物凄く地雷臭がするけど……とりあえず聞いてみなきゃ始まらないよね。えいっ!」
一ノ瀬 史歩(以下史)『ブラジルのリオデジャネイロからこんにちわ
。冬夢の父、史歩です』
一ノ瀬 宏那(以下宏)『お久しぶりです。母の宏那です』
史『仕事が大変で全然日本に帰るヒマがなかったんですが……ついに休みが入りまして、今度ようやく日本に帰れる事になりました!』
宏『たった一日なんですけどね……』
史『という訳で、その日にまとめて質問に答えたいと思います。なのでその日にラジオの収録をして下さると嬉しいです』
宏『迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします』
史『ほら、沙織もよろしくお願いしますって』
沙織(以下沙)『えーっと、よろしくおねがいします!』
史『おー、よく言えたねー。偉い偉ーい』
沙『えへへへ~』
宏『ではこの辺りで失礼します』
沙『ばいばーい!』
弥「……ねえ、お姉ちゃん」
深「……何ですか、弥千流」
弥「あのさおりって子、誰?」
深「いえ、全く知りません」
弥「もしかして一ノ瀬の……まさかね?」
深「弥千流」
弥「何、お姉ちゃん?」
深「このラジオが終わったら、早急にそのさおりっていう女の子について調べてみてくれませんか?」
弥「うん、言われなくてもわかってるよ。これは重大事件だよ! お姉ちゃん、さっさとしめちゃって!」
深「“神√”を読んでいて疑問に思った事や、このキャラとこんなトークをして欲しいという要望があれば、感想やメッセージ、活動報告のコメント欄からお知らせ下さい。また、誤字脱字や矛盾点などがありましたら、ご報告よろしくお願いします。他にも感想や評価、レビューなどもお待ちしております」
弥「みんなのお便り待ってるよ~」




