□ 第03話 大好物はね、鳥の唐揚げ。更に言えばうちのおかんが作る以下略。
「えーと、鶏肉、鶏肉は、と……お、あったあった」
俺は、冷蔵庫から鶏もも肉を取り出す。
本当は照り焼きにする予定だったのだが、音尾のリクエストで唐揚げに変更となった。
そう言えば、久しく唐揚げ作ってないな……。ちゃんと作れるかどうか若干不安だが、まあ何とかなるだろう。
「あ、そうだ。おーい、音尾!」
リビングでクイズ番組をジッと見ている、音尾に声をかける。
「なんだー?」
そう言って、音尾は台所にノコノコとやって来た。
ちゃんとテレビ消してこっちにやって来るあたり、音尾家の教育はなかなかいいみたいだ。
…………ここまでちゃんと教育が出来てるなら、料理の方もどうにかして欲しかったな。
少なくとも何かを焦がして土鍋をおじゃんにするというある意味器用な事をやらかさないぐらいには。
「暇だったらお前の焦がした土鍋捨てといてくれないか? シンクに破片が散らばってるから危険だし大変だとは思うけど」
「そんな事より……ちょっと先にいいか? 冬夢よ、今何か私に対して物凄く失礼な事を考えてはいなかったか?」
「えっ⁈ …………い、いやそんな事ないぞ? 何言ってるんだ、音尾は」
…………おいおい、何で俺の考えていた事がわかったんだ? まさか、よくマンガとかでみる読心術ってやつか? いやいや、待て待て。よく考えてみろ俺。
もし心を読めるなら、さっき自分が迷惑だと思って出て行こうとしたのが説明できないじゃないか。俺は迷惑に思ってなかったんだぞ?
だから、音尾は人の考えは読めない……はずだ、うん。
「……まあいい。散らかしたものは、責任持って片付けないといけないからな。放っておいてすまない」
「いやいや、別に大丈夫だ。それよりさ、音尾。お前何を作ろうとしてたんだ?」
「!」
使い捨てのビニール手袋をはめ、土鍋の破片を流し台から拾い上げようとしていた音尾の手が、ピタリと止まった。なぜか顔は真っ赤だ。
まさか……怒っているのか?
やっぱり失敗を掘り返されるのは嫌だよな……なんて不躾な事を聞いてしまったんだ。
一刻も早く謝らなければ!
……しかしどうやって謝る? やはりバカ正直に「失敗を掘り起こしてしまって悪い」と言うのが一番か? それとも––––
「…………粥……」
「––––え?」
音尾が何か喋ったみたいだが、音尾の声が小さく、俺自身 “どうやったらわだかまりを全く残す事なく謝れるか” を必死に考えていたので聞き取る事ができなかった。
「粥だ!」
「かゆ?」
えーっと、かゆって……ご飯に水をひたひたに入れてトロトロになるまで煮込み、塩で味付けするあの “粥” だよな?
でも何をどうやったら、黒い煙がもうもうとあがるまでお粥を焦がすんだ? まだフライパンで肉類を焼いていたとかならば、うっかり焦がしてしまうのはわからなくもないが、お粥を土鍋にこびりつくまで焦がすって……逆に難しいぞ。
ご飯がひたひたになるまで入れた水を全部蒸発させ、更にご飯が焦げるまで加熱させ続けるとは……もう呆れを通り越して一種の尊敬の念を音尾に抱いてしまう。
うーん、土鍋で何を作っていたのかはわかったが、そもそもどうしてお粥を作っていたんだろうか?
「もしかして音尾、お前お粥好きなのか?」
「ち、違う。自分の為に作ったのではない。……その……だな冬夢……お前の為に……」
「お、俺の為?」
「そうだ。その……急に倒れただろう? それでもしかして熱でもだしたのではないかと心配してな……それで、粥を作ろうと思ったのだ。結局、失敗してしまったがな」
「あー、そういう事か。心配してくれてありがとうな。嬉しいよ」
「あっ……えへへへ」
俺は嬉しさの余り無意識の内に、音尾の頭を撫でていた。
うわ! 髪の毛サラサラ!
いつまでも、撫でていたくなる気持ちよさである。
撫でた後に、「何をするんだ」などと怒られるんじゃないかと心配したが、音尾は嬉しそうに笑うだけで全く抵抗してこなかった。
「と、冬夢……その……何だ……いつまで撫でているつもりだ?」
「あっ、悪い悪い。もしかして、嫌だったののに我慢していてくれたのか?」
「べ、別にい、嫌とは言ってない。ただ、あれ以上やられるとだな……」
「やられると?」
「な、何でもないっ! ほら、早く唐揚げを作れ! 私も手伝える事は手伝うぞ」
続きが気になったが、音尾は言ってくれそうにもなかったので諦めて、俺は調理に取りかかった。
手伝いたいと自ら申し出た音尾には皿運びなどの雑務をして貰った。
落ち込んでいたが仕方ない事だ。いつヘマして、大惨事になるかわかったものじゃないからな。何事も安全第一である。
「こんなに美味い唐揚げは初めてだ!」
そう言って、音尾は次々と唐揚げを頬張っていく。
やっぱり、自分の作った料理を誰かが美味しいと言いながら食べてくれるのは嬉しいものだ。次も美味しいものを作ってやろう、っていう意欲が湧いてくる。
「そういえば、神社ではどういう生活してたんだ?」
ふと神様の日常生活が気になって、音尾にそんな事を聞く。
「言っておくが、あそこは私の家ではないぞ。職場だ」
「職場って……お前、働いてるのか?」
「ああ。大体、10歳過ぎれば皆働き始める。もちろん学校にも通っているぞ。授業の中の一つに神社などでの仕事があるのだ。私も10歳から働き始めてるから、今年で7年目だな」
授業の一環とはいえ10歳から働き始める?
労働基準法違反じゃないか! と思ったが、神様には人間の作った法律は適応されないんだろうな。
「音尾は17歳なのか? 神様だから何百歳とかだと思っていたけどさ」
実際、俺の知ってる神様(とは言っても、マンガやドラマなどで見たものだ)は、みんなとんでもなく年寄りだった。
「冬夢、お前って奴はなかなか失礼だな……。まあいい。そうだ。冬夢と同じ17歳だ。神様の中にも位があってだな、私のような下級神は人間と同じように年もとる。それに、特殊能力も凄いものは使えない。せいぜい軽い怪我を治せる程度だ。ゼウス様や天照大神様のような究極神は、不老不死で心を読むなどの能力も使えるがな」
やはり音尾は、心を読めないんだな。よかった、よかった。
一緒に暮らす中で常に心を読まれるなんてたまったものではない。
「神様ってのは、みんながみんな凄い能力を使え、何百歳だの何千歳だのとんでもない年寄りだと思っていたが、そうでもないんだな」
「それは人間の勝手な想像だ。神だって人間とほぼ同じだ。階級が高ければ話は別だがな」
そう言って唐揚げを食べる音尾は、確かにどこからどう見ても普通に可愛い女の子だ。神様には全く見えない。
「神様の仕事ってなんなんだ? やっぱり、人の願いを叶えるとかか?」
「それは上級神以上の仕事だ。働く場所によって内容は大きく変わるが、私達のような下っ端は基本的には雑用だな」
「雑用?」
「ああ。薬師丸神社で働いていた私を例に取ると、おみくじの作成や神社周りの掃除とかだな。ただし今は違うぞ」
「ん? 今は違うのか? じゃあ、今は何をやっているんだ?」
「何だ、知らないのか? お前の生活のサポートだぞ」
え? 俺のサポート?
俺はそんな事頼んだ覚えはないぞ? そもそも生活のサポートを誰かに頼むほど、生活に不自由していないし。
家事だってこの数年で人並みにはできるようになったし……。
「はぁ……どうやら聞かされてないようだな。これは冬夢の御両親からの依頼だぞ?」
俺の顔を見て、知らない事を察したのか和はため息をつきながらそんな事を言った。
ああ、なるほどね。俺の親が頼んだのか。道理で音尾が俺の名前や年齢をを知ってた訳だ。それなら納得––––––––––できるかぁ!
「お、俺の父さんと母さんが? 何でそんな事を頼んだんだ? と言うか、そもそも何で神様と知り合いなんだ?」
俺が聞くと、音尾は呆れたようにこっちを見てきた。視線が胸にグサリと突き刺さる。
「冬夢、本当に何も知らないのだな。お前の御両親は、世界中を回って神のサポートをしておられるのだ。人間の助けがないと、出来ない事もあるからな。こっちでは、知らない者はいないぞ」
ははは……そりゃあ、毎月大量のお金が俺の元に届いてくる訳だ。なんせ神様のお手伝いだもんな。
しかし、息子にも仕事内容を教えないっていうのはどうなんだ?
確かに「神様の手伝いをする為に世界を飛び回ってる」なんて唐突に言われても信じられないだろうけど……せめて音尾が来る前には教えて欲しかった。
今度帰ってきたら、しっかり問いつめてやろう。
まあこの4年間、一度も帰ってきてないが。
果たしていつ帰ってくるんだろうか? だんだん顔も声も思い出せなくなってきている。
いつ帰ってくるのやら……。
「音尾、俺の親に何て頼まれたんだ?」
「私は直接聞いてない。ただ、薬師丸神社から誰か一人冬夢の生活のサポートに行ってくれ、と言う指令が上から出てな。私が立候補して来たんだ。神社には行きたくなかったからな」
「そう言えば、神社に戻りたくないとか言っていたな。何かあるのか?」
「えっと……それはだな」
言いにくそうに、口ごもる音尾。それでも箸はしっかり唐揚げを掴んでいる。
……いくら何でも唐揚げ食べ過ぎだ。他のも食べてくれよ。俺の分がなくなる。
「別に言いたくないんだったら、無理して言わなくていいぞ。隠しておきたい事は誰にでもあるよな」
「言っても言わなくても、いずれ知られるだろうから言っておく。聞いて驚くなよ」
「わかった。絶対驚かない」
俺が頷くと、音尾は暫く間をおいて言った。
「実はだな……私は求婚されたのだ! 当然、断ったのだがそれでもしつこくてな。ついには神社にまでやって来る始末。そいつから逃げる為にここに来たわけだ」
なぜか誇らしげに、立派な胸を張る音尾。
俺にしては、目の保養になるから一向に構わないんだけども。いや、むしろもっとやって頂きたい。
保養をし過ぎて悪い事はない。しなさ過ぎるのは体に毒だが。
って、何を言ってんだ俺。考えてる事が残念過ぎるぞ。
そんなこんなで現実世界に戻ってくると、音尾は俺をジッと見つめてきていた。なぜか、目には期待の色が浮かんでいる。
理由がわからず、俺も見つめ返す。
すると音尾はぷいっと目をそらしてしまった。
顔が少し赤い気がしないでもないが、気のせいだろう。赤くなる理由が見当たらないからな。
「な、何で驚かないんだ!」
音尾は暫く目をそらしたまま黙っていたが、何の前触れもなく急に怒鳴ってきた。
「ぬおっ?」
完全に不意をつかれて、俺は変な声を上げてしまう。
「急にどうしたんだ?」
「どうもこうもない!」
「と言うと?」
「何で驚かない?」
音尾は椅子から身を乗り出して、そんな事を聞いてきた。
なるほど。さっきの目の理由がわかった。俺が驚く事を期待してたのか。
しかし––––
「今日は色々と驚く事がありすぎからな。悪いがもう多少の事では驚かないぞ?」
ちなみに、全部この前にいるお方関連である。
普通に考えたら17歳で求婚されるというのは異常な事(求婚する方も異常だ)だが、如何せん音尾の存在、発言が凄過ぎた。
「むぅ……確かにそうだな」
「それに、音尾は綺麗だからな。あり得ない事ではないさ。告白じゃなくて求婚ってのは少し驚いたけど」
「な、な、な、な」
音尾は顔を真っ赤にして口を金魚みたいにパクパクさせ始めた。
…………どうしたんだ? 唐揚げが喉に詰まった訳ではなさそうだし……。
「……とりあえず落ち着きなよ。ほら、水」
俺はその慌てっぷり十分に堪能してから、コップに水を入れて渡す。
音尾はそれをひったくるように俺の手から取ると、一気に飲み干し深呼吸を一つ。
「ふぅ、よし……もう大丈夫だ」
おお、立ち直るのが早い。
さっきまでの慌てっぷり嘘みたいだ。
「で、何であんなに慌てていたんだ?」
「そ、それはだな……」
「うん」
再び顔を赤らめる音尾。
あ、もしかして和って……。
「それは……だな……冬夢が––––」
「あれか? 音尾って面と向かって褒められるのが苦手なタイプなんだな?」
そうだ。きっとそうだ。
俺もそのタイプだからよくわかる。
面と向かって褒められると恥ずかしくて、どうしていいかわからなくなってしまう。
和もそうに違いない。
しかし音尾は––––
「……ごちそうさま!」
––––そう言って、箸をテーブルに叩き付け音尾は席を立ってしまった。
なぜか物凄く機嫌が悪そうに見えた。
うーん……何か悪い事したかなぁ。
いつの間にかからっぽになっていた、音尾の皿をボーっと眺めながら自分の言動を思い起こしてみたが、理由は最後までわからなかった。
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