第26話 嫌な事は早めに忘れ去ってしまうのが1番良い
「…服を着ていると言うよりは、服に着られてないか? これ」
慣れないスーツをいじりながら1人呟く。
今日は日曜日。ついに作戦実行の時がやってきた。
6時に某有名ホテルのレストラン前に集合し、7時からスタートするお見合いの前に作戦の最終確認をする予定なのだが…
「…ちょっと早く来すぎたな」
携帯の時計は5時30分を指している。
当然、まだ麗奈はやって来ていない。
そんな訳で、俺は今レストラン前に突っ立って目の前を通り過ぎる人をぼんやりと眺めたり、着ているスーツをいじっでみたりして、暇を潰しているのだ。
それにしても…スーツを着て来て正解だったな。
目の前を通り過ぎる人は皆、物凄く高級そうな服を身にまとっている。
いつも着ている私服でのこのことここにやって来てたら、確実に浮いていた。ふぅ…危ない危ない。
ちなみに、俺の着ているスーツ(こちらも、見るからに物凄く高そうである)は麗奈が昨日プレゼントしてくれたものだ。
俺は「こんなに高そうな物をタダで貰う訳にはいかない」と断り続けたのだが、麗奈は「良いから貰って下さい」の一点張り。最終的に俺の方が折れて、スーツを受け取った訳だが…今回ばかりは助かった。
麗奈はこのホテルで俺が浮かないように考えてくれていたんだな。
後でお礼を言っておかないと。
そんなこんなでさらにボケーっと突っ立っている事、約10分。
「冬夢く~ん!」
向こうから麗奈が小走りでやって来た。いつものワンピースとは違い、今日は白いドレスっぽい物(恥ずかしながら、俺は女の子の服にあんまり詳しく無いのだ)を着ている。
それが、麗奈清楚さをさらに引き出しており…
「………」
「冬夢君?」
「………」
「冬夢君!」
「…ぬわっ! よ、よう、麗奈」
思わず返事が遅れてしまう俺。
「もう! 無視するなんてひどいですよ、冬夢君!」
「わ、悪い。つい、ボケーっとしててな。麗奈に気が付かなかった」
言えない! 思わず麗奈に見惚れてしまって、麗奈が俺に声をかけてきた事に気付かなかっただなんて、言えるはずが無い!
「もう! しっかりして下さいよ?」
そう言ってぷうっと膨らませる麗奈を見ながら、俺は「もう鈍いとは言わせない! 究極に鈍感なラノベのハーレム主人公でもわかる女心の全て!」と言うサイトで学んだある事を思い出す。
俺がラノベのハーレム主人公並に鈍い訳が無いのだが…わかりやすくて悪い事は無いので、このサイトで一生懸命に勉強したのだ。
“最初に会ったら、とにかく褒めるべし。褒められて嫌な女の子はいない!”
よし! 褒めろ! 褒めまくれ、俺! 褒める鬼と化するんだ!
まあ…幸い麗奈は物凄い美少女だから、そんな躍起にならなくても褒める所はいっぱいあるのだが。
とは言っても…いざ褒めるとなるとやっぱり恥ずかしいな…。
「えーっと…その服…麗奈にめちゃくちゃ似合ってる。…とっても綺麗だ。正直言うと…あまりにも綺麗すぎて麗奈に見惚れてしまった…」
「ふえっ⁈」
一瞬で顔が真っ赤っかになる麗奈。
うわあぁぁぁぁぁぁあ‼‼ 何言ってるんだ俺!
確かに褒めてるけど! 褒めてるけどさ! あまりにも綺麗すぎて見惚れてしまった…って正直すぎるだろ! あぁぁぁぁぁぁあ! 恥ずかしい! 恋人同士でもあるまいし! …と、とにかく謝ろう!
俺みたいなヤツが調子に乗ってすいませんでした! って。
「わ、悪い、麗奈。つい調子に乗った発言をしてしまって…」
「いえ…全然そんな事無いですよ。冬夢君にそう言って貰えて…とっても嬉しいです」
「え?」
そ、そうなのか? 嬉しいのか? 俺のようなヤツに褒められても?
流石「もう鈍いとは言わせない! 究極に鈍感なラノベのハーレム主人公でもわかる女心の全て!」。やっぱり褒められて嫌な女の子はいないようだ。なるほどなるほど。
よし! これで女心マスターにまた一歩近付けた…はずだ。
「ーなどと考えている一ノ瀬 冬夢であるが、水沢 麗奈他諸々の好意に気付かない限り、女心マスターなど夢のまた夢である」
「ん? 何か聞こえた気がしないでも無いんだが…麗奈、何か聞こえなかったか?」
「…冬夢君が私の事を綺麗だって言ってくれました…冬夢君が私の事を綺麗だって言ってくれました…えへへ」
「麗奈?」
駄目だ。ニヤニヤとうわ言のように何か呟いていて、俺の話なんか聞いちゃいない。…何を呟いているのかは全くわからないが。
「…おい、麗奈。いい加減戻って来い」
1分経ってもこっちの世界に戻って来ない麗奈に見兼ねた俺は、麗奈の肩を軽く揺らそうと手を伸ばそうとする。
と、そこへー
「遅れてゴメンね。和が思いの外、着替えに手間取っちゃって…」
「し、仕方ないだろう! こういう服は初めて着るのだ!」
「響先輩…ボクのスカート姿…見苦しく無いですか?」
「大丈夫だって。もっと自信もてよ。全然可愛いから」
なぜか4人がやって来た。
しかも4人とも麗奈と同じような服を着ている。
…危ない危ない…麗奈で耐性が付いていたおかげで、見惚れずに済んだ。耐性が付いていなかったら、今頃俺はあまりの可愛さ(もしくは綺麗さ)に悶死していたに違いない。
それ程に皆は魅力的なのだ。ホント、俺が彼女らと何らかの接点を持ち、仲良くしているのが奇跡である。
普通なら声をかける事さえ思わず躊躇ってしまうレベルなのだ。
いやー…そんな奇跡を起こしてくれた天の神様に感謝、感謝。
「…冬夢よ。どうして私と響に手を合わせて、拝んでいるのだ?」
「…いや、別に拝んでなんかいないぞ」
「どっからどー見ても拝んでたじゃねーか。まあいいや。……なあそれより…と、冬夢」
急に顔を赤らめてモジモジしだす響。
「ど、どうだ? この服」
「物凄く似合ってる。とっても可愛い」
「そっ、そうか! オレが…可愛いか…」
そうだそうだ! 忘れてた! 響達もちゃんと褒めなくては! そうしないと…女心がわかってないやら、鈍いやらと言われてしまうからな。
「美都に悠里に和も…その服よく似合ってる。皆とっても綺麗だ」
「そ、そうかしら? でっ、でも…と、冬夢なんかにき、綺麗って言われても、全然嬉しく無いわよっ!」
「ホントですかっ? よかった~…女の子らしい服、ボ、ボクには似合わないんじゃないかと心配してたんですよ」
「そ…そうか。綺麗か…。それなら…く、苦労して着た甲斐があると言うものだな」
どうやら3人とも喜んでくれたようだ。
美都も口ではあんな事を言っているが…顔は嬉しそうに笑っている。
それにしても…不思議だ。何で5人は俺に褒められただけで、こんなにも喜ぶんだ? あの5人…しょっちゅう異性同性関係無く褒められまくってるんだけどな。これ程までに喜んでいる姿は見た事ない。…うん…わからー
「冬夢君!」
「な、何だ⁈ 麗奈⁈」
急に俺の服の袖をグイッと引っ張ってくる麗奈。
何だか少し怒ってる気がするのだが…。
「…やっぱり冬夢君は…誰にでも調子の良い事を言うんですね…期待した私がバカでした…」
小さく何か呟く麗奈。残念ながら俺の耳には、何を言っているのか全く入ってこない。
「何て言ったんだ? 麗奈?」
「別に何でもないです! ほら! 早く行きますよ!」
「え? …ああ、わかった…」
そのままズルズルとレストランに引っ張られながら、俺は今更ながらふと思った。
…何で美都達がここにいるんだ?
『どうです? 聞こえますか? 冬夢先輩、麗奈先輩』
「ああ、ばっちりだ」
「こっちもしっかり聞こえてます」
「いやー…凄いなこれ」
俺は耳から超小型無線イヤホンを取り出す。
なぜにこんな物を付けているのかと言うと…。
悠里達に無線でサポートして貰うためである。そのために悠里達はこのレストランにやって来たのだ。もちろん、服は麗奈から借りた物なのだが…いやはや…4人とも服のサイズは違うのに…よく服があったものだ。流石水沢家と言うか何と言うか。
ちなみに、悠里達は俺と麗奈が今座っている席の近くの席に座っている。
近くと言っても、数メートルは離れているのだが…俺と麗奈の服には小型マイクが仕込んであるので、会話もばっちり聞き取れるのだ。
「後、少しですね」
「あ、ああ」
ヤバイ…無駄に緊張してきた…。
…落ち着け、俺。自分ならイケる! やるんだ俺!
そう自分に言い聞かせ、深呼吸しているとー
「ゴメンね。待たせちゃって」
スーツを着た青年(俺のスーツ姿より、よっぽどサマになっている)がこっちにやって来て、席に座る。
ぱっと見…20ちょいだろうか? 少なくとも、俺達より歳上なのは確かだ。
「いえいえ、まだ約束の時間の10分前ですから。全然気にしていませんよ、雀部さん」
どうやら、この青年は雀部と言うらしい。そういや…あそこの会社のマスコットキャラクターはスズメだったな。
「うんうん。やっぱり君は優しいね。まるで女神だ」
「……いつものワインは頼まなくてよろしいのですか? 雀部さん」
雀部さんの褒め言葉を完全にスルーする麗奈。
いくらなんでもやりすぎだろ…雀部さん、物凄く辛そうな顔してるぞ。
「そ、そうだったね…あ、君。いつものワイン頼むよ。うん、そうそう、あれ。頼んだよ。…ん? ところで君は誰だい?」
…ようやく気付いたか…。
俺は一息置いてから、雀部さんに告げる。
「俺は麗奈の彼氏です!」
「かっ、彼氏⁈」
雀部さんは素っ頓狂な声をあげた。
周りの客が驚いたように雀部さんの事を見る。
しかし、雀部さんはそんな目線を気にせず、俺に問いかけてくる。
「そ…それはどういう意味かな? 君?」
「どういう意味って言われましても…そのままの意味ですよ。俺と麗奈は彼氏と彼女の関係にあるんです」
ううう…やっぱり恥ずかしい……しかしそれを顔や声に出しちゃ駄目だ。本物の彼氏なら堂々としている…はずだからな。
完璧に麗奈の彼氏を演じ切らなければ!
「う、嘘だ! 嘘だ! こんな冴えない男が麗奈君の彼氏だなんて! あり得ない! 釣り合うわけが無い!」
『うわぁ…冬夢、あんたひどい言われようね』
『冬夢の魅力がわからないとは…あの男、人を見る目が無いな』
『あれじゃあ将来、社長をやっていくのは無理そーだな』
『全く…あの雀部さんっていう人はダメダメですよ。ダメダメ』
ほんとほんと…ひどい言われようだなぁ俺。雀部さんも中々ひどい事言われてるけど。
でもまぁ、俺が麗奈と釣り合わない…と言う点では雀部さんと同じ意見だな。俺には高嶺の花すぎる。
それより、雀部さん。もう少し声のボリュームを落としてはいかがでしょうか? ワインを持ってきた人も完全に引いてますよ?
「こいつの言っている事は本当なのかい、麗奈君!」
「はい。私は…冬夢君の彼氏です!」
「…ほ、本当なのか」
ぐったりとテーブルに倒れる雀部さん。もう完全にKOですね、はい。
しかし、麗奈はなぜか追撃の手をやめない。
「冬夢君はあなたとは違って…優しくて、かっこよくて、気配りが上手で、何事にも一生懸命でー」
…確かにそのセリフは、雀部さんには効果抜群なんだろうけど…麗奈さん。俺にもそのセリフは効果抜群です…。
もう、めちゃくちゃ恥ずかしくて本当に顔から火が出そうだ。
『くそっ! 麗奈め…ここぞとばかりに冬夢にアピールしやがって!』
『ボクだって冬夢先輩の良い所い〜っぱい言えるのに! 麗奈先輩ずるいです!』
『くっ…いつか私も…お見合い相手を見つけて冬夢とあんな事やこんな事を…』
『冬夢もあんなに顔を真っ赤にしちゃって…何よ! 私達が負け犬みたいじゃないの!』
イヤホン越しに響達が何か叫んでるが…うう…全く頭に入ってこない。
と、とりあえずクールダウンだ。
麗奈も悪気があって言ってる訳じゃないだろうし…ここで俺が動揺しては元も子もない。
俺は頭を冷やすために、近くにあったグラスを手に取り、勢い良く飲み干した瞬間ー
「‼」
俺の意識は深い闇へと堕ちて行った。
「……ん…」
目を開けると、まず飛び込んできたのはいつもの見慣れた俺の部屋の天井とー和だった。
どうやら俺はベッドで寝ていたらしい。
ちなみに、壁にかけてある時計は9時過ぎを指している。
「お、冬夢、ようやく起きたのだな」
「和? どうしてここに? と言うか、何で俺は俺の部屋で寝てるんだ?」
確か…麗奈に褒められまくって…それで物凄く動揺してしまって…落ち着くために近くにあったグラスを飲み干して……飲み干して…ダメだ。これ以上思い出せない。
「…やっぱり何も覚えてないのだな?」
半目であきれたようにこっちを見つめる和。
「ああ…グラスを飲み干した所までは覚えてるんだが…そこからはさっぱりだ」
「冬夢、お前がが飲んだのは…ワインだ」
「ワイン⁈ 何でそんな物がテーブルに…いや…そういえば雀部さんが頼んでたな。それを飲んで寝てしまったって訳か…」
「それだけだったらどんなに良かったか…」
なぜか遠い目をする和。
「ちょ、ちょっと待て! 俺は一体、何をしでかしー」
「♪〜♫〜♪」
俺の声を遮って、枕元にある携帯のメール着信音が鳴り響く。
ったく…誰だよ、こんな時に…。
多少イラつきつつも、メールをチェックする俺。
「…見慣れないアドレスだな……って、ええぇぇぇぇぇぇえっ⁈」
俺は思わず絶叫してしまった。
なぜなら…
『トム君へ。全く君って子は…いきなりあんなに積極的に迫ってくるだなんて…ホントに…反則だよ。思わず胸がキュンとしてしまったじゃないか。そんな自分が怖くて、レストランではあんな事を言っちゃった。でも、そんな関係も案外悪くないかも…って思う自分もいるんだよね。だから…返事はもう少し待ってもらえないかな? 雀部 修太より』
「なあ、和! 俺は一体、何をしでかしたんだ! 何をやってしまったんだ!」
俺がそう尋ねるも、和は可愛い息子を見守る親のような暖かい目で俺を見つめ…
「冬夢…やらかしてしまった以上、責任は取るのだぞ?」
と一言。
せ、責任⁈ 本当に俺は何をやったんだ! 雀部さんと何をしてしまったんだ!
「和! 他の皆はどこに行ったんだ!」
和に聞いてもらちがあかない。
そう判断した俺は詰め寄るようにして、和に聞く。
「響達なら、1階のキッチンで料理をしているぞ。何だかんだで晩飯を食べていないからな」
「わかった!」
俺はベッドから勢い良く跳ね起き、ダッシュで階段を降りる。
「なあ、皆!」
「あ、冬夢やっと起きたのね。おはー」
「俺、ワインを飲んだ後、雀部さんと何をやらかしたんだ?」
俺はキッチンにいる4人に尋ねる。
しかし…
「「「「………」」」」
皆、俺からあからさまに目を逸らし無言。
…その瞬間、俺の心の中で何かがポキンと折れた音がした。
吾妻 弥千流(以下弥)「深千流と弥千流のかみるーラジオ!」
吾妻 深千流(以下深)「“第26話 嫌な事は早めに忘れ去ってしまうのが1番良い” いかがでしたでしょうか?」
弥「いやいや~……一ノ瀬君、酔った勢いで一体何をやらかしちゃったんだろね~?」
深「男も惚れさせてしまうとは…流石一ノ瀬さん。ただ、一部の女性の方が喜んじゃいそうですが…」
弥「ねえねえ、それはそうとお姉ちゃん。わたし達自己紹介しないと…リスナーの皆さん、きっと困ってるよ~」
深「そうでしたね。私とした事がすっかり忘れていました。リスナーの皆様、すいません。私は鳳凰学園放送部部長の高3、吾妻 深千流と申します」
弥「わたしは鳳凰学園放送部副部長の吾妻 弥千流、高2だよ~!」
深「このラジオは“神√”の読者様にもっと“神√”の事を知って頂くために企画されたものです」
弥「“神√”の疑問に答えたり、ゲストを呼んで色々なトークをしたりしちゃうよ~」
深「“神√”を読んでいて疑問に思った事や、このキャラとこんなトークをして欲しいという要望があれば、感想やメッセージ、活動報告のコメント欄からお知らせ下さい。また誤字脱字や矛盾点などありましたら、ご報告よろしくお願いします。他にも感想や評価、レビューなどもお待ちしております」
弥「みんなのお便り待ってるよ~」