第25話 自分の殻を打ち破った時、人は大きく成長するものだ
麗奈回は次回で終わる予定です。
麗奈に頼み事をされてから2日後の水曜日の夜。
俺は響と一緒にキッチンに立っていた。
「えーっと…今日の晩ご飯は響が作るんだったか?」
「ああ、そうだぜ。餡かけ炒飯を作ろうと思ってるんだけどよ。冬夢はそれで良いか?」
「もちろんだ。…あー…確か、カニかまが冷蔵庫にあったはず。餡かけ炒飯にあうんじゃないか?」
「カニかま餡かけか! イイな、それ!」
うーん、やっぱり嬉しいな。
こうやって、家で料理の話ができるのは。
確かに学校に行ったら、好きなだけーって言う程では無いが、色々と料理の話ができる。
しかし当たり前だが、学校に行かなくては、料理の話はできない。
料理好きの俺にとって、それは結構キツイ。
そんなに好きなんだったら、メールやネットなどで話をすれば良いじゃないか! と言う人がいるかもしれないが…やっぱり、料理の話をするのであれば、直接目を見て話すのが良いと俺は思う。
他人から見たら変かもしれないが…それが俺なりの「料理」に対するこだわりなのだ。
「じゃあ俺は…リビングで洗濯物を畳んどくから、何か手伝って欲しい事があったら呼んでくれ」
「あいよ〜」
ちなみに今、和には風呂掃除をやって貰っている。
いやいや…和と響がやって来てくれたおかげで、家事の面では大助かりだ。
2人共「俺の生活のサポートをする」と言う任務を実に全うしてくれている。
日頃のお礼にプレゼントでも買ってやるかな…。
そんな事をぼんやりと考えながら、洗濯物を畳んで(もちろんだが、2人の下着類は自分で畳んで貰っている)いると…。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
こんな時間に誰だ? 妥当な考えとしては、やっぱり宅急便だが…何も頼んだ覚え無いしなぁ…。
響が通販でぬいぐるみでも買ったんだろうか。
「はいは〜い。今出ますよ〜」
俺は洗濯物を畳むのを中断して、玄関へと向かう。
「どちら様ですか?」
「あっ、冬夢君。夜遅くにごめんなさい」
玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは、何と麗奈だった。
「れ、麗奈? こんな時間にどうしたんだ?」
「冬夢君。いきなりで悪いですけど、今から少し時間ありますか?」
「あるっちゃあるが…どうしてだ?」
「その…今から私の家に来て欲しいんです」
「…何なんだ? この広さは…」
俺は車が軽々と通れるんじゃ無いか? と思ってしまうぐらいに広々とした廊下を歩きながら呟く。
「家に来てくれ」と言う麗奈のお願いに、別に断る理由も無かったので二つ返事でOKした俺だったのだが…。
いやマジで…侮ってました。お嬢様ってヤツを。お金持ちってヤツを。
麗奈がお嬢様である事は知ってたよ? 料理部が活動する為に必要な資金ー例えば、食材費とかを全額出してくれてる訳だし。
しかし、麗奈のお嬢様っぷりは、俺の予想の遥か斜め上を行くものだった。
家がデカイの何のって…。
俺の家から、車でだいたい20分ぐらいで麗奈の家に到着したのだが、そのうちの3分は麗奈の家の門をくぐって、実際に家に着くまでに費やされた。
更に車から降り、家に入った俺達を待っていたのは、ずらっと並んだ執事&メイドさん。
皆、深々と頭を下げ、口を揃え「おかえりなさいませ。お嬢様」なんて言うもんだから…俺は呆然としてしまった。
俗に言うカルチャーショックってヤツだ。
他にも高そうな絵画や彫刻が色々な場所に飾ってあったり、部屋が異常なまでに多かったりで…。
正直、どっと疲れた。周りの見慣れない事を受け入れるのにいっぱいいっぱいだ。
ちなみに、麗奈がなぜ俺を家に呼んだのかは、未だに不明である。
何度か尋ねてみたのだが、麗奈は「ついて来てくれればわかります」とだけしか答えてくれない。
仕方が無いので、こうやって麗奈の後をついて行ってる訳なのだが…。
いや〜…一体、目的地はどこなんでしょうね?
かれこれ5分は廊下を歩いてますよ?
そんな事を思いながらも更に歩く事、数分。
「こ…ここです」
ようやく麗奈が1つのドアの前で止まる。
ん? 何かドアに札がかかってるぞ。
俺は目を凝らして札を読む。
《♪麗奈の部屋♪》
「え?」
俺は軽く目を2・3度擦り、その後深呼吸をする。
…落ち着け俺。今、とんでもないものが見えた気がしないでも無いが…。
あれは俺の妄想だ。麗奈の家に招かれた事に舞い上がった俺の心が、見せているものに違いない。
俺は閉じていた目をゆっくりと開き、再び札に書いてある文字を読む。
しかし、やっぱりそこにはー
《♪麗奈の部屋♪》
と書いてある。
「な、なあ、麗奈。これは一体どういう事なんだ?」
「その…一応、か、彼氏彼女の役を演じる訳ですから…私の事をちゃんと知って欲しいと思いまして…」
「わ、私の事をちゃんと知って欲しい⁈ 」
それって、つまり…。
俺の脳内シアターが妄想映画を上映し始めた。
ー俺達は2人並んで麗奈の部屋に入る。
『おおっ?』
部屋に入った瞬間、目に飛び込んで来たのは…真正面にある大きなベッドだった。
俺と麗奈の2人で寝ても全然余裕があるぐらい大きーって、俺! なんて最悪な事を考えているんだ! この、ド変態脳が!
俺は邪な考えを捨てるべく、大きく深呼吸をする。
勘違いするな、俺。自惚れるな、俺。そんな事がある訳が無い。
『なあ、麗奈。さっきの…私の事をちゃんと知って欲しい…ってどう言うこ…』
俺は横にいる麗奈を見て、固まってしまった。
自分の顔がだんだん、赤くなっていくのがわかる。
なぜならー
『ど、どうして! 服を脱いでるんだよっ⁈』
麗奈は俺の横で服を脱ぎ始めていたのだ。
慌てて目を背ける俺。
…見てない! 俺は見てないぞ! 真っ白い布切れなんて見てないぞ!
『と、冬夢君…。目を背けないで、ちゃんと私の事を見て下さい。私だって…その…は、恥ずかしいんですよ?』
だあぁぁぁぁぁぁぁあ‼‼‼
何でそんな事を言うかなぁ⁈ 色々と抑えきれなくなるだろうがっ‼
『…もう限界だ!』
『きゃっ』
俺は麗奈を抱き上げ、ベッドまで運ぶ。
『麗奈…覚悟しろよ。 こうなったら、俺はもう止まらないぜ?』
俺はベッドに寝かせた麗奈に、そう優しく微笑みかけるのだった。
…何をやらかしてるんだよ、俺の脳内シアターは。
自分で自分に引くレベルだぞ…。性急に監督を変える必要があるな。
ーと、自分の妄想にげんなりしていると
「…冬夢君、大丈夫ですか?」
と麗奈が心配そうに声をかけてきた。
「急に顔が赤くなったと思ったら、すぐに青くなりましたし…」
すいません、麗奈様。あなた様をネタにして、自分が軽い鬱になってしまうような、残念すぎる妄想を繰り広げておりました。
「…だ、大丈夫大丈夫。それよりもさ、麗奈。部屋に入るんだろ?」
俺はあからさまに話をそらす。
これ以上深く聞かれては、色々とマズイ。
あからさま過ぎて怪しまれないかと、少し心配もしたが…。
「そ、そうでしたね。すっかり忘れてました!」
その心配は杞憂だったようだ。
いや~麗奈が素直で助かった! 本当にありがとうございます!
「冬夢君どうぞ。入って下さい」
「おじゃましまーおおっ⁈」
部屋に入った瞬間、思わず驚きの声をあげてしまう俺。
そこにあったのは、俺と麗奈の2人で寝ても全然余裕があるぐらい大きさのベッドーでは無く…。
「は、初音○ク⁈」
大きい初○ミクの人形だった。
初音○クぐらいなら俺でも知ってる。Go○gleのCMで出てきてたし、何かの番組で特集を組んでたし。
だが、流石に麗奈の部屋に置いてある、金髪の双子や青髪の青年の人形などの名前まではわからない。
多分、初音○クの仲間(確か、ボーカ○イドって言うんだったか?)なんだろな。雰囲気が似てるし。
「えーっと…麗奈は初○ミクが好きなのか?」
部屋を見渡してみると、人形の他にも様々なグッズが置いてある。
「そうです。ボーカロ○ド大好きなんです」
「動画とかも投稿したりするのか?」
「ええ、まあ一応。1曲だけですがアップしてます」
どうやって曲を作るのかは知らないが…よくニコ○コ動画やY○uTubeで動画が投稿されてるのは良く見かける。
中には、とんでも無い再生回数を叩き出してるのもあるみたいだ。
「ちなみに、どのくらい再生されてるんだ? 麗奈の投稿した動画は」
「そうですね…」
少し考えるそぶりを見せる麗奈。
「ざっと数十万回ぐらいですかね?」
「す、数十万回⁈」
数十万回って! ちょっとやそっとじゃ叩き出せない数字だぞ⁈
しかもそれを、さも当然のようにしれっと言う麗奈。…こやつ、できるな…。
それにしても…数十万回再生された曲か…。ちょっと聞いてみたいな。
「なあ、麗奈。その曲、聞かせてくれないか?」
「えっ⁈ 私の作った曲ですか?」
「そうだ。頼む! 麗奈がどんな曲を作ったのか、聞いてみたいんだ!」
「そ、そこまで言うんでしたら…わかりました。私も覚悟を決めましょう」
そう言って、麗奈はベッドの上に置いてあったノートPCを開き、しばらく何らかの作業をした後…
「どうぞ。そこの再生ボタンを押すと、聞けますから」
と、俺にニ○ニコ動画のとある動画再生画面の表示されたPCを渡して来た。
「わかった。ありがとうな」
俺は再生ボタンを押し、麗奈の曲を聞き始めた。
「へぇー。とっても良い曲じゃないか。数百万回再生されたのも頷けるな」
麗奈の作った曲は軽いポップ調で、歌詞の内容は「片想いしている男が鈍感すぎて、どれだけアピールしても自分の想いに気付いてくれず、毎日苦労している」と言うものであった。
全体的に良くまとまっていて、メロディも良く、歌詞も面白い、と非の打ち所が無い出来であった。
「冬夢君にそう言って貰えると嬉しいです」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、はにかむ麗奈。
「他には曲を作ってないのか? あったら聞かせて欲しいんだが」
「作ったのはその1曲だけです。それを作ったっきり、詩もメロディも全く思い浮かばないんです」
「なるほどな。…それにしても、ボーカロ○ドで曲を作るのって、どうやってやるんだ? とても大変そうなイメージがあるんだけど」
「私も最初はそう思ってたんですけど…実際やってみたら案外そうでもないんですよ。何でしたら、少しやってみますか?」
「本当か? やれるんだったらやっー」
「♪〜♫〜♪」
携帯の着メロ(フジファ○リックの“赤黄色の金木犀”)
が俺の言葉を遮る。
「ちょっと悪い。誰からメールが来たみたいだ」
俺は携帯をポケットから取り出し、メールを確認する。
「ん? 響からか…え〜と、なになに」
『冬夢! いつになったら帰ってくるんだよ! オレと和はチャーハン食わずに、冬夢の帰りを待ってるんだぞ? 早く帰って来い! あ…勘違いすんじゃねーぞ! こうやって待ってるのは…その…和が! そう、和が待っておこうって言ったからであって、オレは冬夢と一緒に食べたいだなんて、これっぽっちも思ってないからな! とにかく、早く帰って来いよ!』
そうだ! 響と和の事、すっかり忘れてた!
晩ご飯も食べずに待っててくれてるなんて…。
俺は慌てて響に返信を打つ。
『悪い! すっかり忘れてた。今からダッシュで帰るから、もう少し待っててくれ! もし、お腹が限界なら、俺の事は気にせずに、先に食べてても良いからな』
「悪い、麗奈。今すぐに帰らなくちゃならなくなった」
俺は麗奈に、家で響と和がずっと晩ご飯を食べずに待っててくれている事を話す。
「そうですか。それなら仕方ありませんね。待たせるのは良くない事ですから」
「本当に悪い! この埋め合わせは、また今度きっちりとするから!」
「いえいえ、別に良いですよ。私はもう十分に満足してます」
「ん? そうか? それだったらいいんだが…」
「じゃあ、米道に冬夢君の家まで送らせますね」
「何から何まで悪いな…」
…この埋め合わせは、日曜に果たさないとな…。
そう決心しつつ、俺は麗奈の家を後にした。
「…良かったです」
私、水沢 麗奈はホッと胸を撫で下ろした。
「冬夢君が本当の私を受け入れてくれて…」
冬夢君がに本当の私ーつまり、ボー○ロイドの好きな水沢 麗奈を見てもらう為に、呼んだのだが…。
自分の部屋のドアを開ける瞬間、正直とても怖かった。
ボーカ○イドが好きな私を見て、私の事を嫌いになってしまうんじゃないかと、内心ビクビクしてたのだ。
やはり、ボ○カロイドはどこか「オタクっぽい」印象があり、中にはボー○ロイドやボーカロ○ドが好きな人を毛嫌いしてる人もいる。
冬夢君はそんな人ではない、とはわかっているのだが…もしかしたら…と心の片隅で思ってしまうのだ。
「怖いんだったら、そんな事をやらなければいいだろ! 隠そうと思えばいくらでも隠せる趣味だろ!」 と思う人がいるかもしれない。
全く持ってその通りなのだが…私は嫌だったのだ。
好きな人にも、本当の自分を見せる事ができない弱い自分が。
「でも…本当に良かった」
冬夢君は私の部屋を見ても、変な顔は一切しなかった。
それどころか…。
「私の作った歌を褒めてくれた…」
冬夢君が急いで帰ってしまったのは、少し残念だったが…。
それを補って有り余る程に大きな物を得ることができた。
「もう…これで冬夢君と会うたびに、後ろめたい気持ちにならなくて済みます」
私はそう呟きながら、閉じていたノートPCを開く。
「今なら…良い曲が作れそうです」
ありがとうございます、冬夢君。
やっぱり私はー冬夢君、あなたの事が大好きです。
誤字脱字や矛盾点などありましたら、ご報告よろしくお願いします。
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