第21話 何事にも裏表は存在する
「ミス アビゲイル! それは本当なのですか⁈」
物凄く険しい表情をした和がミス アビゲイルに詰め寄る。
「ええ…本当よ」
「くそっ!」
そう言って、和は壁を思いっ切り拳で殴りつけた。
「くそっ! くそっ! くそっ! どうして…どうして響がまた!」
何度も何度も壁を殴りつける和。その顔は苦渋で歪んでいた。
「落ち着け! 和!」
その光景に見かねた俺は、和の腕をぐっと掴む。
「これが落ち着いてらいられるか!」
「いいから落ち着け。取り乱していたら、できる事もできなくなるぞ」
俺は安心させるように優しく、そしてゆっくりと和の頭を撫でてやった。
「ああ…そうだな…すまない」
和の腕から力が抜けていくのが感じ取れ、俺は和の腕から手を離す。
「ところで、ミス アビゲイル。1つ気になる事があるんですが…」
「なに?」
腕を組んで目を瞑っているミス アビゲイルに声をかける。
「あなたの視た未来は変える事ができるんですよね?」
どういう事かと言うと…
ミス アビゲイルの視る未来は、確定した未来ーどんなに足掻こうが変わる事のない未来なのか。
それとも俺達の行動次第で変える事ができる未来なのか、と言う事だ。
前者ならどうしようも無い。しかし後者なら、まだ善家を助けるチャンスはある。
どうか後者であってくれよ…。
「ええ。アタシ達の行動次第で変えれるわよ。変える事のできない未来なんて存在しないわ」
そう言って、バチンとごついウインクを飛ばしてくるミス アビゲイルが今は女神に見えた。
ああ…ありがたや…って、今はそんな事を言ってる場合じゃないな。
善家を助ける事ができるとわかったとは言え、このままだと善家が襲われる事に変わりはない。何かしら行動を起こさないと…。
となると、やはり直接助けに行くのが1番いいな。
警察はあてにできないし。「女の子が2人の男に襲われてしまうんです!」と言った所で、動いてくれないのは目に見えているからな。
「ミス アビゲイル。善家が襲われる場所って、どこだかわかりますか?」
「公園の名前まではわからなかったけど…キリンの形をした滑り台があったわ」
「キリンの滑り台…森具公園だな!」
俺も小さい頃、よくあそこで遊んでいたから、キリンの滑り台の事は覚えている。確かに森具公園は、ここと洋菓子店の間にある。
ここからダッシュで向かえば、5分もかからない。
「ミス アビゲイル。森具に行きましょう!」
俺はミス アビゲイルにそう言った。
ミス アビゲイル…心の中はともかく、見た目は物凄くいかついからな。
ミス アビゲイルに怒鳴られたら、大抵の人は逃げ出してしまうだろう。
万が一、相手がナイフなどを持っていてもミス アビゲイルなら大丈夫だ。ミス アビゲイル自身が笑いながら「アタシ、柔道の黒帯保持者なの♡ やっぱり乙女は強くないといけないものね〜」なんて言ってたし。
ミス アビゲイルがいれば安心である。
しかしミス アビゲイルは苦笑しつつ、こう言った。
「ゴメンね、冬夢ちゃん。アタシ、予知能力を使い過ぎちゃって…体力を物凄く消費したの。正直、普通に立っているだけでもしんどい状態…本当にゴメンね、
冬夢ちゃん」
「そうなんですか…それなら仕方ないですね」
そうは言って見たものの、心の中では焦りまくっていた。
和を連れて行く訳にはいかないので、今現在、善家を助けに行く事ができるのは俺1人だけ、と言う事になる。
しかし善家を襲いに来るであろうと予想される人数は2人。こちらの方が圧倒的不利である。
俺がケンカ慣れしてたりだとか、何か武道を習っていたりしたら話は別だが、生憎俺はどこにでもいる普通の高校2年生なのだ。
行った所で返り討ちにあう可能性の方が高い。
しかし「行かない」と言う選択肢は俺の中には存在しなかった。
善家には、もうこれ以上辛い思いをして欲しくない。本当の自分を隠し、縮こまって生きていかなくても良いようにしてやりたい。
その為には、ここで絶対に助けてやらなくちゃならない。例え、俺が不利な状況であってもだ。
「…じゃあ、行って来ます」
そう言って、部屋を出て行こうとすると
「…冬夢…」
和が俺の服の袖をギュッと掴んできた。
やっぱり…心配なんだろうな。善家の事が。
俺は再び和の頭を優しく撫でてやった。
「大丈夫だ、和。絶対に善家を助けてくるからさ。そんな暗い顔すんなよ。俺を信じろって」
俺がそう言って笑うと、和もつられたように笑った。
「ああ…そうだな。冬夢を信じる。それと…その…なんだ…」
「?」
顔を赤くして俯く和。
声も小さく、歯切れも悪い。…一体どうしたんだ?
「………と、冬夢も…気をつけるのだぞ? 冬夢が…ケガなどしたら…そ、それこそ私は…………」
「それこそ私は?」
黙りこくってしまった和に続きを聞こうと、俺がそう尋ねると、和はさらに顔を赤くして、俺をポカポカ叩き始めた。
そこまで痛くないからいいのだが…急にどうしたんだ?
「い、いやっ! な、何でもない! ほら、は、早く行って来い!」
「あ、ああ、わかったよ……よし! じゃあ 、行って来る!」
俺は釈然としない気持ちを切り替え、勢いよく家を飛び出した。
ミス アビゲイルが不敵な笑みを浮かべ小さく「第二ターゲット出発。任務開始」と言っていた事も知らずに。
「ありがとーございましたー!」
そんな店員の声を聞きながら、オレ、善家 響は洋菓子店を出た。
「しっかし、チョコレートケーキだけで、あんなにも種類があるとは思わなかったな。どれもおいしそうで、選ぶのに時間がかかっちまったよ。早く帰らねーと、皆が心配しちまうな」
オレはケーキが傾かないように、箱を両手で持ちながら、早足で歩く。
「にしても…今日から住む場所が変わるんだよなぁ…まだ実感がわかねーや」
まあ、仕方の無い事だよな。今日、いきなり言われた事だしよ。
最初の予定では、一ノ瀬家に行き、500万円を払えるかどうかを確認。もし払えないのであれば、どのように返済して行くのかを話し合う、と言ういつもやっているものだったのだが…気付けば、一ノ瀬家で住む事となってしまった。そう…オレの苦手な男と住む事になってしまったのだ。
いつもの自分なら、そんな事は絶対に認めない。例えそれが上司命令であったとしてもだ。
しかし今オレは、その事をなんだかんだで受け入れ、パーティー用のケーキを買いに来ている。
…こんなにもすんなりと受け入れちまったのは、どーしてなんだろうな。
確かに、昔からの大親友である和がいるから、というのもあるかもしれない。
しかし、その原因の大部分を占めているのは…
「一ノ瀬 冬夢の存在だよな…」
一ノ瀬は他の男と、何かが違うのだ。具体的にどこがどう他の男と違うのかは、オレ自身よくわからない。
だが、一ノ瀬に対しては全く恐怖心を抱かないのだ。
流石に触れられるのは無理だが…。
うーん…どうしてなんだ? 一ノ瀬を男として見てねーとか? …いや、自分で言って何だが、違うな。
さっきも言ったように、だからと言って理由がわかっている訳ではないのだが…そうではない気がする。
「ん〜あ〜! 何かむしゃくしゃするな。後で和に話して見るか。一ノ瀬の事が好きなあいつなら、何かしらわかるだろ」
などと考えながら、公園の前を通り過ぎようとした、その時ー
「ちょっとゴメンね」
そんな男の声が背後から聞こえたかと思うと…
「んぐっ⁈」
オレの鼻と口は、ハンカチのような布で塞がれた。
「よし! 準備完了! 次はー」
何が起こったんだ? オレはどうなっちまうんだ?
オレは状況が一切把握できないまま、意識を失った。
「………ん…」
オレが目を覚ますと、まず視界に入ってきたのは、覆面を被った2人の男だった。
そのうちの片方は誰かと電話していて、もう片方はなぜか必死にゲームをしていた。
「…アビゲイル……第一ターゲット…確保した……予知能力……第二ターゲット…既にこっちに ……」
目が覚めたばかりだからか、電話の内容を完全に
聞き取る事は無理だった。
ターゲット? 確保? 一体どういう事だ? そして、なぜ部長の名前が?
オレは拾い上げた単語から考え、その第一ターゲットが自分である事だけは何とか理解した。
…という事はさらに被害者が増えるって事じゃねーか! 何とかしてこいつらを止めないと!
大声をあげようと試みたが、オレの口は何かテープのようなもので塞がれていた。
それだけではない。手足も紐で縛られ、ベンチに座らされていて、完全に身動きが取れない状態だ。
しかし幸いな事に2人とも、オレが意識を取り戻した事に気がついていないようだ。
これはチャンスだ!
どうにかして脱出しようと藻掻いていると、不意に電話をしている男と目が合ってしまった。
背筋がゾクッとして思わず震えそうになったが、ここで目を逸らしてはいけないと自分に言い聞かせ、何とか落ち着く事に成功する。
しかしその男はオレが意識を取り戻した事に気付いてしまった。
「悪いな。第一ターゲットが目を覚ました。後でまた連絡する。…おい、シャム! この娘、起きてるじゃねーか! ちゃんと見張っとけって言っただろ!」
「ごめんね、ケーリー。ついついゲームに夢中になっちゃってさ。ちなみに、今やってるゲームはM○SPWって言ってー」
「今はそんな場合じゃないだろうが!」
「ゴメンゴメン。今からちゃんと仕事するからさ」
そう言って、こっちに近づいて来るシャム。
覆面から覗く2つの目が怪しげに光っていた。
「ねえ、君。僕たちの事、怖い?」
オレは首を強く横に振った。
こんな奴らに屈する訳にはいかない。ただ泣き叫ぶ事しかできなかった、昔のオレとは違うのだ。
男性恐怖症を少しでも治す為に、わざと男と接する機会の多いあの仕事を選んだ。男と接する機会があれば、自分から進んで接した。
もう…昔のオレとは違うのだ。こんな奴らに負けてたまるか!
しかし、そんなオレの決心はシャムの1言で大きく揺らいでしまった。
「…強がるのもいいけど…手足は震えてるし…これに気が付かないんじゃね」
そう言って、シャムが取り出したのはー
「!!!!!」
「ふふっ。ようやく気付いたんだ」
オレのかつらだった。いつもつけている、あの茶髪のかつらだった。
…そんな事にも気付けなかったとは…。
シャムは笑いながら、さらに距離を縮めて来る。
「それにしても、君。物凄い綺麗な髪の毛してるよね。触ってもいいかな?」
オレとシャムとの距離は10cmもなかった。
シャムがスッと、オレの頭に手を伸ばして来る。
何とかして避けようとするも、体がいう事を聞いてくれない。完全に硬直してしまっている。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
恐怖で全てを支配されそうになったその時ー
「うおぉぉぉぁぁあぁぁぁぁ! 善家を離せぇぇ!!」
一ノ瀬が公園に飛び込んできた。
「うおぉぉぉぁぁあぁぁぁぁ! 善家を離せぇぇ!!」
俺は何とか間に合った事に安心しつつ、大声をあげて公園に飛び込んだ。
全速力で善家のいるベンチまで、一気に距離をつめる。
正直、善家のいる場所がベンチで助かった。こんな夜に草陰なんかに隠れられたら、完全にお手上げである。
俺は、呆気にとられている男達の内の1人(善家に手を延ばしている奴だ)にそのままのスピードでぶつかる。
「うわっ!」
その男は俺の体当たりをもろに喰らい、大きく吹っ飛んだ。
「おい、シャム! しっかりしろ!」
しめた! もう1人の男が吹っ飛ばされた男の所に駆け寄って行く。
まともに男2人と戦っても勝ち目はないので、善家を助けるチャンスは今しかない。
「善家! 大丈夫か?」
俺はベンチの方に向かい、善家に話しかける。
「………」
しかし反応はなく、ただひたすら震えていた。俺が間違って、善家の手を握ってしまった時と同じ状態だ。完全に恐怖に支配されてしまっている。
「…善家、悪いっ!」
俺は善家に謝りつつ、ベンチに座っている善家の背中と膝らへんに手を回し、そして一気に持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこという奴だ。
善家、思ったよりも軽いな。これなら全力で走れそうだ。
俺は善家を抱え、全力で公園から脱出した。
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