第20話 忍び寄る危機
再びすいません。響回は次回も続きます。
麗奈回を楽しみにしていた読者様、すいません。
「ふぅ、ようやく終わった」
俺は最後の荷物を、善家の部屋(俺の部屋の真向かいの部屋)に運び込み、一息つく。時計を見ると、既に6時を過ぎていた。
俺の予想では、もっと早く終わるはずだったのだが…善家が「ぬいぐるみを全部持っていく!」と言い出した為に、車で俺の家と善家の家を何度も往復する羽目になったのだ。ミス アビゲイルの大きなバンでも、ぬいぐるみを含めた善家の荷物を1回で運ぶのには、流石に無理があった。
「お疲れさ〜ん♡ 頑張ったご褒美に、アタシからあまいあま〜い天使のキッスをプレゼー」
「ああ、すいません。全然いらないです」
「ああ〜ん。そんな、ひどいわ〜。でも、そんなSな冬夢ちゃんもイイ!! 感じちゃう〜♡ あぁぁぁぁぁあ、エクスタシィィー‼‼」
1人で勝手に盛り上がっているミス アビゲイルを放置して、1階へ降り、リビングへ向かう。
「お〜い善家、全部運び終えたぞ〜」
善家と和は、テーブルに向かって、何かを書いていた。
「わりーな、運ぶの任せちゃってよ」
「ご苦労だったな、冬夢」
と顔をあげる2人。一体、何を書いてるんだ?
「いやいや、これぐらいなら全然いいさ。それより、善家に和。何を書いているんだ?」
「ああ、これか。ほら」
そう言って、善家が何かを書いた紙をこちらに見せてくる。
「えーっと、なになに? ベッドにクローゼットに…これ、買い物リストか?」
「そういう事だ。響と相談して、何を買わなければならないのかを考えていたのだ」
「なるほどな。でも、こうしてみて見ると、結構買わなきゃいけない物あるんだな」
和の時に一回経験している訳なのだが、いざこうやって書き出してみると、中々の量である。和の時もこのくらい買ったんだなぁ。
「じゃあ、明日にでも買い物に……ん?」
俺は買い物リストの1番下に書いてある、ある物に目をとめる。
「この1番下に書いてある、ぬいぐるみ15コって何だ? あれだけあるのに、まだ欲しいのか?」
「いや、だって、この家、空き部屋いっぱいあるだろ? どうせ誰も使わねーんだったら、ぬいぐるみの部屋を作ろうと思ってよ。なあ、いいだろ? お金は自分で出すから!」
そう言って、上目遣いで見つめてくる善家。こんな目で見つめられると、断れない…。あぁ、カワイイ娘を持つ、父親もこんな気持ちなんだろな。
「わかったわかった。家具とか買うお金は全部だしてやるが、ぬいぐるみは…そうだな、1万円まで出そう。差額は自分で出してくれよ?」
何だか、善家のぬいぐるみ好きが、和の唐揚げ好きに似てる気がする。まあ、流石にあそこまでは、いかないとは思うが…何事にも用心だな。
「流石、一ノ瀬! 話がわかる! どんなぬいぐるみを買ってやろうかな〜」
「それを考えるのもいいが、今は後にしてくれないか? もう6時を過ぎてるし、晩ご飯を作らなきゃいけないだろ。悪いが善家に和、手伝ってくれないか? 今日はミス アビゲイルも交えて、善家の歓迎パーティーにしようと思うんだ」
できる事なら、ミス アビゲイルとご飯を食べるのは回避したいが、今日1日お世話になったので、仕方が無い事なのだ。あれでも一応、善家の上司な訳だし。
「パーティーだと、冬夢? それなら、当然唐揚げも作るよな?」
目をキラキラと輝かして、聞いてくる和。前に唐揚げを食べてから、まだ1週間経っていないが、今日はいいかな? あれだけ好きだった唐揚げを、必死に我慢してるし。そして、何より、今日は善家の歓迎パーティーな訳だし。
「もちろんだ。ただし、皿を並べたりするのを、ちゃんと手伝ってくれよ?」
「ああ、冬夢の作った唐揚げが食べられるのであれば、私はなんだってするぞ」
相変わらず嬉しい事を言ってくれるなぁ、和は。そして、いつもおいしそうに食べてくれるし。作っている側として、こんなに嬉しい事はない。
「じゃあ、庭にある洗濯物を取り込んできてくれないか?」
「よし、わかった!」
和は元気良く庭へと飛び出して行った。
ホント、唐揚げが絡むと元気になるよなぁ。金が絡むと最強になる、どこかの警官とそっくりである。
「なあ、一ノ瀬」
「ん? どうした、善家?」
キッチンに戻り、冷蔵庫から鶏モモ肉を取り出していると、善家が声をかけてきた。
「あのさ…一ノ瀬…その…」
顔を赤くしてモジモジする善家。それに歯切れも悪く、何を言いたいのか、さっぱりわからない。告白な訳がないし…と言う事は…
「ああ、なるほど、トイレか? トイレなら、浴室の真向かー」
「ち、ちげーよ、バカ!」
「違うのか?」
これしかないと思ったんだけどなぁ…う〜ん、残念。
「違うに決まってるだろが!」
「じゃあ、何なんだ?」
「…え、えっと…」
再び歯切れが悪くなる善家。もう訳がわからん。俺にはお手上げである。
「俺には言いにくい事なのか?」
「いや…そういう事じゃねーんだけどさ…言っても、笑わないでくれよ?」
「ああ、約束するよ。絶対に笑わない」
「その…今日はパーティーなんだろ?」
「ああ、そうだが?」
さっき善家に言ったんだけどな。聞いてなかったのか?
「だったら…その…ケ、ケーキが欲しい…」
「へ?」
あまりにも善家の声が小さすぎて、何を言ってるのか全く聞こえない。もう少し、声のボリュームをあげて欲しい。
「だから、ケーキが欲しいってんだよッ! 悪かったな、オレみたいなのが、そんなの欲しがって!」
あ、大きくなった。でも、今度は大きすぎる。善家の声の音量調節機能は壊れてるのか? これじゃ、どっからどう見ても、逆ギレだぞ。顔も怖いし…ほら笑顔、笑顔。
「いやいや、別に構わないぞ? でも、作ったチーズケーキは、善家が全部食べてしまったから、家にはもう無いしな…買って来る事になるが、いいのか?」
「ああ、モチロンだ! 一ノ瀬は本当に良い奴だよな!」
パッと笑顔になる善家。相変わらず、テンションの上下が激しいな。
「そりゃどうも。悪いが、ケーキは善家が買って来てくれないか? 俺は今から、パーティーの準備をしなくちゃならないし、頼めるか? 洋菓子店までの道のりは教えるからさ」
「言い出したのはオレだしな。モチロンOKだ。パッと行って、パッと帰ってきてやるよ」
そう言って、準備体操を始める善家。
…行きしは走って貰ってもいいが…帰りはやめてくれよ? ケーキが、ぐちゃぐちゃになっちゃうからさ。
ケーキの箱を開けてみたら、中のケーキは原型をとどめていませんでした。なんて事は、ごめんだ。
「善家、急いでもらうのは、全然構わないんだが…ケーキの安全第一で頼むぞ?」
「任せとけって! ちょっとはオレを信用しろっての。で、何のケーキを買ってきたらいいんだ? チョコレートか? いちごと生クリームのやつか? ロールケーキか? それとも、チョコレートか?」
さりげなく、チョコレートって2回言ってないか? つまり、何だ? オレはチョコレートがいいって言うアピールか? 正直に、チョコレートがいいって言えばいいのに。まあ、そのアピールが物凄くカワイイので、俺は全然気にしないのだが。
「ん〜…そうだな。ロールケーキはどうだ?」
俺は少しイタズラしたくなり、わざと善家の望んでいるであろう答えと違う答えを言う。
「…そ、そうだな…」
目に見えてシュンとなる善家。おお! 子犬みたいで、カワイイ!
俺は善家の頭を撫でたい衝動を、必死に抑え込み
「やっぱり、チョコレートがいいかな? うん、チョコレートがいいや。善家、チョコレートのを買ってきてくれ」
と言ってやる。
「本当か⁉ よっしゃ…じゃなかった。そ、そんなに一ノ瀬が言うなら、仕方ねーな。チョコレートを買って来てやるよ」
善家さーん…本音がちゃっかり出てますよ〜。
しかし、それを言った所で、否定されるのはわかっているので、俺は
「ありがとうな、善家。ああ〜、チョコレートケーキ早く食べたいな〜」
と話を合わせる。これが、大人の対応ってヤツです、はい。
「じゃあ、ダッシュで行ってくる!」
そう言って、キッチンを飛び出そうとする善家。
「ちょ、ちょっと待て! まだ、洋菓子店の場所も教えてないし、金も持たせてないぞ!」
慌てて引き止める俺。ケーキ1つで、どれだけテンションが上がってるんだよ…。もうちょっと、落ち着け。ケーキは逃げないんだからさ。
「悪りぃ悪りぃ。うっかりしちまった。で、どうやって行きゃあいいんだ? 早く教えろ!」
「わかったわかった。えっとだなー」
俺は洋菓子店の行き方を教え、お金を渡した。
「じゃ、行ってくる! すぐに帰ってくるからな!」
「くれぐれも、ケーキを落とす事だけはするなよ?」
「わかってるって。じゃあな!」
そう言って勢い良く飛び出していった善家。
俺が暇なら後ろから、ちゃんとケーキを落とさずに帰ってこれるか確認する為に、こっそりとついて行きたい所だが…残念ながら、今から俺は料理をしなくてはならない。
「さてと、唐揚げ作るかな」
俺は気持ちを切り替えて、キッチンへと戻った。
「冬夢、洗濯物を取り込んできたぞ」
俺が唐揚げの下準備をしていると、和がそう言いながら、キッチンへと入ってきた。
「ありがとうな、和。今、唐揚げ作ってるから、もうチョイ待ってくれ」
「何⁉ 唐揚げを作ってるのか?」
そう言って、和が俺の横にやって来る。
「と言っても、まだ下準備だけどな…って、和?」
「……」
俺の手元をじーっと見つめている和。不思議に思い、声をかけてみるも、反応は無い。一体どうしたんだ?
「おーい、和」
「…ん? あっ、ああ、悪い。冬夢の作業に見惚れてしまった」
「み、見惚れる?」
「そうだ。その唐揚げを作る作業に見惚れていたのだ」
「…そんなに面白い物か?」
「いやいや、面白いなんて物じゃない。そうだな…神秘的とでも言うべきか」
そんな事を真面目な顔で言う和。…今日も和先生は絶好調のようです。
一体、どこがどう神秘的なのか、物凄く疑問なのだが、和には絶対に聞いてはならない。熱く熱く語られるのは、目に見えてるからだ。あの“唐揚げ天国”の店長の二の舞はゴメンである。
「ふ〜ん、なるほー」
適当に相づちをうち、和の語りを回避しようとしていた、その時
「あら〜冬夢ちゃん、お料理もできちゃうのね♡ ますますホレちゃうわ〜。冬夢ちゃん大好きよ!」
物凄い大声でとんでもない事を言いながら、今度はミス アビゲイルがキッチンに入ってきた。
…ははは…死にたい。まさかオカマに告白されるとは…気を抜いたら、貞操を奪われるな、確実に。
早くパーティーを始めて、早く終わらせないと…最悪、ミス アビゲイルがこの家に泊まると言う事も…そうなったら俺の命は無い。急いで料理を完成させねば!
「ねぇ、冬夢ちゃん。そういえば、響ちゃんはどこに行ったのかしら?」
「私も気になっていた。どこへ行ったのだ?」
ミス アビゲイルと距離を取りつつ、和も聞いてくる。
和…いくらミス アビゲイルが苦手でも、それは失礼じゃないか? あれでも上司だろ? 俺も逃げ出したいのにさ…我慢してくれよ。
「…善家ならケーキを買いに行きましたよ? ここから近いんで、すぐ帰ってくると思います」
「そうなの? 近いなら大丈夫かしら?」
「何がですか?」
「響ちゃんが、変な輩に襲われないかどうかよ」
「それは流石にないと思いますよ」
多分、確率で言えば、善家より俺の方が襲われる可能性は高いはずだ。誰にか、はあえて言わないが。
「でも、万が一の事もあるわよね。念の為に“視て”おいた方がいいかしら」
「見る?」
俺の言葉を無視して、ミス アビゲイルは小さく何かを唱え始めた。
目が赤く光っている様に見えるが…俺の気のせいだろうか?
「なあ、和。ミス アビゲイルは何をしているんだ?」
唱え始めて30秒以上が経過しているが、一向に終わりそうにない。見るとか何とか言ってたけど…何をしてるんだ?
「あれは…未来を視ているのだ」
「未来? つまり、予知能力ってやつか?」
「ああ、そういう事だ。ミス アビゲイルは上級神で唯一、予知能力を使えてな。あのキャラもあって、結構有名なのだ」
「へぇ〜」
ミス アビゲイルがそんなに凄かったとは…人は見かけにーいや、神は見かけによらないな。
「にしても、予知能力かぁ…それって、物凄い便利だよな。いいな、俺も欲しい」
「いや、意外と便利でもないのだ。何でも、少し視るだけで、物凄く体力を奪われるらしい。それにハッキリと、未来が視える訳でもないらしい。ぼんやりとしか視えないそうだ。究極神様は、完璧に使いこなせるのだがな」
「そう考えたら、究極神って凄いんだな」
「ああ。でも、変わった方も多ー」
「いやっ! そんな!」
突然、ミス アビゲイルが悲鳴をあげた。善家の未来に何かあったのか?
「どうしたんですか? ミス アビゲイル」
俺は、頭を抱えているミス アビゲイルに声をかける。
隣にいる和も不安気な顔をしている。
「冬夢ちゃん! 早く響ちゃんの所に行って!」
そう言って、俺の方を向いたミス アビゲイルの顔は真っ青で、全身汗だくだった。
「お願い、早く響ちゃんの所に行って!」
「ど、どうしたんですか、ミス アビゲイル? それだけじゃ、全然わからないですよ!」
「……そうね。アタシとした事が、すっかり取り乱しちゃったわ。ごめんね」
軽く微笑むミス アビゲイルだったが、以前として顔は青ざめたままだった。
「本当に何が視えたんですか? 顔が真っ青ですよ!」
「それを今から話すわ…でも、いい? 落ち着いて聞くのよ? さっきのアタシみたいに、取り乱しちゃダメよ、絶対に」
そう言うミス アビゲイルの顔は、さっきまでの姿からは考えられない程、真剣だった。
「…わかりました」
「あのねー」
この後に続けられた言葉を聞いた俺は、ただただ絶句する他なかった。
なぜならー
「ーこのままじゃ、響ちゃんは2人の男に襲われるわ」
誤字脱字や矛盾点などありましたら、ご報告よろしくお願いします。
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