○ 第01話 巫女さんってマジで「神」ですよね
神様という存在が創り出されたのはいつ頃なのだろうか?
尋ねておいて何だが、私も正確にはわからない。
しかしこの前、たまたまネットのニュースで見たのだが、1万1200年前に建てられた神殿が外国で発掘されたそうだ。
1万1200年前と言えば氷河期が終わったとされている頃だ。
そんな大昔から今に至るまで、神様の力は衰える事なく人間の側にあり続けているのだ。
日本にもキリスト教を初めとする信者は大勢いるし「神のみぞ知る」「困った時の神頼み」等、神という単語が使われている言葉も沢山ある。
また、クリスマスにはみんなこぞってご馳走を食べるし、正月になれば多くの人が初詣に行く。
他にも、お守りや神社など神様関連の物を挙げていけばきりがない。
しかし神様は先程言ったように、人間の創り出した“モノ”にしか過ぎない。
絶対的な存在を創り上げ、その存在にすがる事で安心感を得ているだけなのだ。
そう、人間はとても弱く––––
「おーい! もうそろそろ着くよ!」
「………」
「なあ……冬夢、聞いてるのか?」
「…………えっ? ああ……悪い。さっきあそこで配っていたビラを読んでて聞いてなかった」
「ん? ビラ? …………って、おいおい……それ、一度入ったら金が物凄い勢いでなくなっていくっていうので有名なタチの悪い所のやつじゃん」
「うわ。そうだったのか。結構かっこ良いと思ったんだけどな……このちょっと痛い感じも意味不明な感じもなかなか……」
しかし、そのビラを配っていた人達がタチの悪い連中だと知れば、流石に読む気も無くなる訳で。
俺はすぐ側にあったゴミ箱にそのビラを丸めて投げ入れる。
俺は一ノ瀬 冬夢。
私立鳳凰学園高校2年(とは言ってもまだなって1ヵ月も経ってない)。色々訳があって料理部に所属している。
そして、横にいるのは役所 桐生。
俺と同じクラスで親友である。
サッカー部所属。2年にしてエースで次期部長最有力候補である。
身長は170cm後半。そして如何にも体育会系と言うような短い髪をワックスで立てている。
悔しい事にイケメンである。
そして更に悔しい事に彼女がいる。
しかも相手は水泳部に所属する「人魚姫」こと萩原 真莉だ。
性格もよく見た目もよく運動も勉強もでき……と、非の打ち所がない完璧な女子。
桐生が萩原が付き合い始めたとクラス内で宣言した時の男子達の桐生を見る目は…………ああ、思い出しただけでも背筋がゾクッとする。
最初の方は嫉妬からくる嫌がらせ(全て男子によるものだったんだとか)が多々あったらしいが、今となっては流石に落ち着いてきたとのこと。
そんな桐生を俺は密かに目標にしていて「いつか桐生みたいな充実した生活をおくってやる!」と意気込んで色々頑張ってみたりしているのだが、残念ながら今の所は効果なしである。
「あぁ……お前みたいに彼女欲しいよ」
「何言ってんの? 冬夢なら彼女を作ろうと思えばすぐに作れるよ?」
俺の呟きに反応して、桐生が驚いたようにこっちを見てくる。
「いや、桐生……それ何のフォローにも慰めにもなってない……むしろ追撃になってる」
“親友”と言うディフェンススキルがなければ、俺の心はポッキリと折れ、撃沈していただろう。
「本当に鈍いなぁ……あいつらが可哀想だよ……」
桐生が真横にいる俺でさえ聞き取れない程の小さい声で何か呟く。
「ん? 桐生、何か言ったか?」
「いや、何にもないよ」
ホントは何かあるんだろうが、桐生は言わないと決めた事は絶対言わない性格なので、俺は素直に諦める事にした。
まあ、そう言う奴だから俺は桐生を信頼しているんだけども。
「それに、願いを叶えたいなら俺に言うんじゃなくってさ––––」
言葉を切って、桐生は目の前にある石段を指差した。
「––––この先にある薬師丸神社に言いなよ」
薬師丸神社。
学校の近くにあるのだが、長くキツい石段を登らないとたどり着けないし、そもそも建っている場所がとても地味である為にその存在を知らない生徒も多い(少し前までは俺もその中の1人だった)。
そんな薬師丸神社には知る人ぞ知る噂がある。
それは––––満月の夜に本殿で願い事をするとその願いが叶う––––というもの。
所詮は噂にしか過ぎないのだが、「もしかしたら……」と淡い期待を抱いてしまうのも事実な訳で。
怪しい儀式やめんどくさい手順をふむ必要もないし、家からも近いので一度行ってみて損はないだろう……と言う結論に達し今に至るのだ。
「ふぅ……ようやく着いた……。よし! 到ちゃ……」
石段を必死になって登ること約5分。
俺より先に石段を登り切った桐生がなぜかその場で固まってしまった。
…………何か変な物でも見てしまったのだろうか?
慌てて石段を駆け上がり、桐生の横に並ぶ俺。
「どうした 桐生。 急に固ま……」
そして桐生の視線の先を追い、俺も同じく固まってしまった。
「これアリかよ……」
硬直状態から解放された桐生が呟く。
俺達が見たものは––––神社。
まあ、それは当然だ。
しかし……普通の神社ではなかった。
とにかく雰囲気が不気味なのだ。
本殿は大きな嵐が起きれば簡単に吹き飛びそうなほどにボロボロで、本殿から結構離れているはずなのに建物がきしむ音がここまではっきりと聞こえてくる。
そして本殿を囲むようにして生えている何本もの柳の木が不気味さを大きく増長させていた。
それだけでも十分に不気味なのに、月明かりに照らされて更に不気味さが増していたりする。
お化け屋敷よりなんかよりは全然マシ(俺は訳あってお化け屋敷がトラウマなのだ)であるが、この場に留まりたくなくなるぐらいには十分に不気味で怖い。
「ねぇ……来て早々に何だけどさ……帰らない?」
桐生が恐る恐るといったように聞いてくる。
「ああ……そうだな。とっとと帰ろう」
素早く意見を一致させた俺達が回れ右をした正にその時––––
––––ドン!!! と物凄い音が本殿から聞こえてきた。
「うわあぁぁぁぁあ!」
「えっ?」
よほど驚いたのだろう。
桐生は俺をドンと突き飛ばして物凄いスピードで石段を駆け下り、帰って行ってしまった。
おい……待てよ。
いくら何でもそれはないだろ……仮にも親友だぞ?
しかしそんな事を心の内で思ってみても親友が帰ってくるなんてことは当然なく。
「いてて……驚く暇もなかったな……」
俺は立ち上がり、思い切り打ち付けた腰をさすりながら周りを見渡した。
当然、誰もいない訳で。
あー……完全に一人取り残されたな。
悲しいかな。
捨て犬や捨て猫の気持ちが少しわかった気がする。みんなやるせない気持ちを抱いていたんだな……。
…………って、そうじゃなくて。何少しずれた現実逃避してるんだよ、俺は。
いつの間にか俺は自分で自分にツッコミをいれることができるぐらいに醒めてしまっていた。
親友に見捨てられる程ショックな事はなかなかない。
「………………」
一度醒めてしまえば、さっきまでは直視できないぐらいに不気味だった神社もそこまで不気味には見えなくなってしまう訳で。
「…………せっかく来たんだし、ちゃんとお参りして帰ろうかな」
俺はお参りをする為に1人本殿へと向かうのであった。
「いくらボロくても、ちゃんと神社である事に違いはないんだな……」
本殿に近づいてよく見ると、確かにボロボロではあったが、賽銭箱も鈴も鈴を鳴らすロープもちゃんとあった。
「えーっと……いくらあったかなぁ……」
俺はお賽銭を払うべく、財布の中をチェックしたのだが、財布の中の小銭入れには500円玉が一枚しか入っていなかった。
「うっ…………」
つい先ほどまでお賽銭を出してお参りをする気満々だった俺であったが、500円しかない事を知った途端に、あっという間にその気は萎んでいってしまった。
たかが500円。されど500円。
確かに500円で願いが本当に叶うのであればこれ以上ないぐらいに美味しい話なのだが、あくまで噂にしか過ぎないのだ。そう簡単に出せるものではない。今月中に買いたい物も色々とあるしな。
しかし、ここまで来てお参りもせずに帰るのも何だか罰当たりな気がしないでもない訳で。
「…………………………仕方ないか……」
散々迷いに迷ったあげく、お参りする事に決めた俺は賽銭箱に500円を入れ、鈴を鳴らして祈った。
もちろん、祈る内容なんて最初から決まっている。
彼女ができますように…………彼女ができますように…………彼女ができますように…………と。
「…………よし。3回もお願いしたし、賽銭箱には500円入れたし完璧だな………………って、え?」
変な満足感に浸りながら目を開いた俺は前方に広がる光景に呆然とした。
何と鈴が賽銭箱の上に落ちていたのだ。
…………いやいやいやいや……おかしいだろ。どうやって落ちてきたんだよ。
普通、これぐらいの大きさの鈴が落ちたら物凄い音がするはずなんだがな…………。鈴のまん前でお祈りしていたが、一切そんな音はしなかったぞ。
「流石にこれは気味が悪いな…………。お参りも済んだ事だし…………とっとと帰ろう」
鈴は…………うん、そっとしておこう。
俺一人がどうこうできる代物でもないし、そもそも俺には全く何の関わりもないからな…………多分。
『この行為が、一ノ瀬冬夢の平和な日常を良い意味でも悪い意味でも大きく壊す事となるのだが……もちろん、この時の彼は知る由もない』
「…………ん? どこからともなく声が聞こえてきたような……。いや、ただの空耳だな……。ここ、俺以外誰もいない訳だし……」
俺は足早に神社を後にするのだった。
「…………あれ? 鍵、どこになおしたかな?」
家の扉の前でバッグの中から鍵を探しつつ、そんな事を呟く俺。
ちなみに俺の住んでいる家は一軒家の3階建てで、自分で言うのも何だがそこそこ広い。
そして俺はそこに一人で住んでいる。
親は別に死んだ訳でもなく、ちゃんと生きている。しかし、どこにいるのかはわからない……というか、常に世界中を転々としているのではっきりと「ここに住んでいる」と言い切ることができないのだ。
親が家を出て行ったのは今から5年前のことだ。
中学の入学式から帰ってくると、父さんと母さんの姿はなく––––
「いきなりで悪いけど、父さんと母さんはサラリーマンを辞めて新しい仕事に就きます。世界を飛び回る忙しい仕事なので家にはなかなか帰れないかも。家のこと、よろしくね 父さんと母さんより」
––––という置き手紙だけが食卓に置かれていた。
昔から薄々わかっていたが、何とも無責任な親である。
あの後しばらく、俺がどれだけ苦労した事か……。
週一で送られてくる手紙の内容からみるに、何度か日本にはやって来ているらしいが、2人が家に帰ってきたことはまだ一度もない。
何だかんだで、月一で手紙と一緒に生活費(これがまたビックリするほどに多いのだが、そんな大金使い切れるはずもなく、俺の貯金は相当なモノとなっている)も送られてくるので、別に特といった心配もしていない。
まあ、あの2人なら例え地球が滅びようとも生き延びるだろうしな。
「あ、あったあった」
ようやく鍵を見つけた俺は鍵を開け、中に入る。
「ただいま」
「ああ」
返事がないのはわかっているのだが、無言で出入りするのは何だか居心地が悪いので、俺はいつも「いってきます」や「ただいま」を言うようにして…………ん?
い、今、凛々しい女性の声がリビングの方から聞こえなかったか?
俺は恐る恐るもう一度言った。
「た……ただい、ま」
「ああ」
や、やっぱり! やっぱりリビングに女性がいる!
俺はそばにあったゴルフクラブ(万が一の時に備えて各部屋に置いてあるのだ)を手に取り、声のしたリビングへ向かう。
あちらは声から判断するに女性だし、こちらにはゴルフクラブという武器があるからそこまで不安ではないが…………相手が銃なんて持っていたりしたら一溜まりもないしな。慎重にいかなければ。
そう考えた俺は、こそっとリビングの入口から中を覗き込み––––
「………………え?」
––––目の前に広がる光景に唖然とした。
そこにいたのは、巫女さんだった。
長い黒髪のポニーテールが印象的な、凛とした雰囲気をまとった綺麗な巫女さんだった。俺と同い年ぐらいだろうか。
しかも、ソファーに座って勝手にテレビを見ている。
何て失礼な奴だ。けしからん。
いや……落ち着け俺。
想像の遥か斜め上をいく光景を目の当たりにして、着目するポイントがずれてるぞ。
問題は巫女さんがここにいる事だ。
まさか、鈴を落としてしまったからここにやってきたんじゃ……。
一瞬、もしかして願いが叶ったのか? と心を踊らせかけたが……どうやらそういう訳でもなさそうだしな。これはどこからどう見ても “彼女” ではない。ただの不審者だ。
となると、やはり先ほどの鈴関連でここに来たと考えるのが妥当だろう。
どうやって家の中に入ってきたのかは不明だが、考えられる理由はそれしかない。
俺は即座に行動に移した。
「すいませんでした!」
その場で全力で土下座。
こういう時は相手が何か言い出す前に、そして余計な言い訳をせずにただひたすらに謝るのが得策……のはずだ。
「ど、どうしたのだ? いきなり土下座などして……」
巫女さんの驚き戸惑う声が上の方でした。
俺は恐る恐る顔を上げる。
巫女さんはいつの間にか立ち上がって近くに来ており、こっちを見て目を丸くしていた。
…………あれ? もしかして鈴は関係ないのか?
「え……いや……」
俺は神社での出来事を簡単説明した。
もちろん土下座のままで、だ。
俺が説明を終えると、巫女さんはおかしそうに笑い始めた。
「ハハハハ。そうか、ついに落ちてしまったか。そろそろ落ちそうだから修繕した方がいいと何度も上に言っていたのだがな……。仕方のない事だ。故意に落とした訳ではないのだろう?」
「ええ、まあ」
俺が揺らした後に落ちたのだが……俺は関係ないはずだ、うん。
それに、もし俺が関係があったとしても故意ではないからな。この巫女さんの質問には胸を張って答えられる。
「だったらいい。完全にこちらの過失なのだから、そんなに気に病む必要もないぞ。それにしてもあの噂を鵜呑みにして本当にお参りしに来る人間がいたとはな……当然だがあの噂はガセネタ。参拝客を増やし、賽銭を増やす為に我々が流したものだ。まあ、残念ながらあまり効果は上がっていないがな。そもそも、願いを叶えて欲しければそれ相応の事をして貰わないといけない決まりなのだ。賽銭レベルではたいした願いは叶えられないぞ」
「はぁ……」
…………鈴は関係ないのはわかったが……だったらこの巫女さんがここにいる理由は何だ? 巫女さんの知り合いなんていないぞ。
そもそもこの巫女さんは何者なんだ? 何だか怪しい発言もしてるし。
そしてあの噂はガセネタだったんだな……薄々わかってはいたけれども。ショックである事は否定できない。
やっぱり彼女は神頼みではなく、自分の力で作らなきゃいけないんだな……はぁ……。
「あの……巫女さん?」
俺は土下座を止めて、立ち上がる。
並んでみてわかったが、この巫女さんは女の子にしてはそこそこ背が高い。凛としているし、異性にはもちろん同性にも人気がありそうだな。
「巫女さんとは何だ。私にも音尾 和と言う名前があるぞ。音楽の“音”に尻尾の“尾” 。和は和食の“和”だ」
「じゃあ……音尾さん」
「何だ?」
「何でここにいるんですか? そもそも音尾さんは何者なんですか?」
「何だ、知らされていないのか?」
「ええ、まぁ」
「私は薬師丸神社で働く––––いや、正確には働いていた神だ」
「…………え?」
いきなり飛び出した爆弾発言に俺は顔をしかめる。
いやいやいやいや…………神って……。
あー……もしかして……音尾さん、俺をからかっているとか? ……でも、全くふざけているようには見えない。音尾さんの顔は真剣そのものだ。
だからと言って、音尾さんの発言を信じれはしないよなぁ…………。危ない宗教団体のビラにもあったように、神様は人間が作り上げた空想上の存在な訳だし。
…………一体何なんだこの人は……。ますます謎が深まるばかりだ。
頭を抱える俺をよそに、音尾さんは更に話を続ける。
「そして今日からここでお前と一緒に暮らす事となった。色々と手間をかけさせるとは思うが、宜しく頼む」
「ハハ…………ハハハハハ」
予想の斜め上をいくどころかその予想を木っ端微塵に打ち砕くかのような発言に、音尾さんの神様発言でいっぱいいっぱいだった頭がオーバーヒートを起こしてしまい、俺はその場に倒れこむ。
「おっ、おい、冬夢! どうしたんだ! しっかりしろ、冬夢!」
慌てて俺のそばに寄ってくる音尾さん。
…………何で俺の名前知ってるんだよ。
最後の力を振り絞り頭の中でツッコミをいれ、俺は意識を手放すのであった。
まずは、お読み頂きありがとうございます。
どうも始めまして。
デルジャイルと申します。
処女作の為、誤字脱字や矛盾点など至らない点が沢山あると思います。
その様な点を見つけられましたら、ご報告をお願いします。