第17話 一匹狼で生きていける程、この世の中は優しいものではない
「おーい、和〜。早く起きろよー。もう10時過ぎてるぞ」
冬夢の声が、ドアの向こうから聞こえてくる。
よしよし…作戦通りだ。
私は布団の中で小さくガッツポーズをとる。
ちなみに作戦の内容は…
①目が覚めてもベッドから出ないでおく。
②私を起こしに冬夢がやって来る。
③冬夢に声をかけられても、ただひたすら寝たふりを続ける。
④起きない私に見兼ねた冬夢が、揺り起こそうとする。
⑤寝ぼけたフリをして、冬夢に抱きつく。
⑥ミッションコンプリート!
ざっと説明するとこんな感じである。それの今は②の所だ。
「おーい、和。…仕方ないな。入るぞ? いいか? って、聞こえてる訳ないか」
そう言って、冬夢が入って来た。
さて、ここからが本番だ。気を引き締めなければならない。寝たふりをしているのを、気付かれないようにしなければ。もし気付かれたら、今までの苦労(と言っても、ただ単にベッドでダラダラしていただけだが)が水の泡である。
「おーい、和。いつまで寝てるんだ? もう10時だぞー。おーきろー」
頭上で冬夢の声がする。
思わず抱きついたい衝動に駆られたが、理性を総動員してなんとか抑える。
音尾 和、ここはガマンだ! あと少し耐えろ! 耐えるんだ!
「おーい和? こんな近くで言っても起きないのか…」
冬夢の手が、私の肩に触れる。
つ、ついに…ついに夢見た「抱きつき」ができるっ!
「おーい和。いい加減に起きろー」
そう言って私の体を揺する冬夢。
薄目で確認すると、冬夢は私のベッドに乗りかかっていた。何と抱きつきやすいシチュエーションなんだ。手だけ伸ばして揺すられたらどうしようもなかったが、これなら自然に抱きつく事ができる!
同盟を組んでる皆には悪いが…「同居」というアドバンテージを、今回は利用させて貰う!!!
「ん〜」
寝ぼけたふりをして、冬夢に抱きつこうとしたまさにその時ー
「これでも起きないんだったら…こうしてやる!」
「ひゃう! や、やめてくれっ! ひゃはは…く、くす…はははははっ…く、くすぐりはズルいぞ」
「よし! ようやく起きたな。和、おはよう」
「……おはよう…」
私の野望は、冬夢のくすぐりによりアッサリと打ち砕かれてしまった。……いくら何でも…くすぐりは反則だぞ…。
笑っている冬夢をみて、小さくため息をつく私であった。
「じゃあ先に、下降りてるからな。和も早く降りて来いよ」
「……ああ」
なぜかテンションの低い和。流石にくすぐりはまずかったかな? でも…あれだけやって起きなかったんだから、別に構わないよな。
そんな事を考えつつ、キッチンに戻ると、善家はサンドイッチ作りの真っ最中だった。
「どんな感じだ?」
後ろから声をかける。すると善家は顔だけこちらに向け、
「もうチョットで完成だ。楽しみに座って待っとけ!」
とだけ言い残し、再び調理に取り掛かった。
「よっぽど料理が好きなんだな…また今度、料理について話してみたいな」
俺は善家に言われた通りに、食卓で座り待機する。いいね〜、こうやって料理が作られるのを待つのって。いつも作る側だからな。たまには、こう言うのもいいかもしれない。まあ、普通の高校生はこれが普通なんだろうけど。
「おはよう……」
和がリビングに入って来る。テンションは、相変わらず低いままだ。
「おはよ、和。もう少しで朝ご飯ができるから、待っててくれ」
「…ああ…」
そう言いながら、和は食卓へ向かって来る。
「なあ、冬夢。今日の朝ご飯は何なんだ?」
「今日はサンー」
「ほら、できたぜ!」
俺の声を遮って、善家がテーブルの上に、サンドイッチの乗った皿を置いた。
「ああ…今日はサンドイッチか。とてもおいしそうだな……って、響⁈ 何でここにいるんだ⁈」
和は目を丸くして驚く。
「何でって…そりゃ、今日からここに住むからに決まってるだろ」
「だ、誰が?」
「オレが」
「本当なのか、冬夢!!」
「あ、ああ…」
さっきまでの、ローテンションな和はどこへやら。物凄い気迫で、俺に迫って来る和。
「どうしてなのだ!!」
「えっとだな…これに書いてある…」
俺はお袋の書いた手紙を、和に差し出す。
「…」
和は無言で、その手紙をひったくるようにして俺の手から奪う。
…な、和さーん。本当に善家と仲良いんですよね? 物凄く怖いんですけど…学校にいる、あなたのファンが見たら泣きま……いや…あいつらなら喜びかねないな。この前、クラスのある奴が
「和様の言動全てが萌えだ! 萌えなんだ!」
って叫んでたしな。
噂によると、ファンクラブ(もちろん非公認)まであるんだとか。俺、行く高校間違えたのかなぁ…自分で言うのも何だが、一応学力優秀な学校のはずなんだけどな…
「なんて事だ…」
なぜかガックリと、うな垂れている和。
「私と冬夢が2人きりでいられる唯一の場所だったのに…」
何かブツブツ言ってるが、残念ながら声が小さ過ぎて、全く聞き取れない。
「安心しろって、和。オレは盗ったりしないからよ」
そう言って善家は、和の肩をポンポンと軽く叩いた。
…撮る? 取る? 摂る? 盗る? そもそも何を? んー…やっぱり女の子の会話ってわかんないなぁ…
「バ、バカ! 響! 何をおかしな事言ってるんだ!」
そう言って顔を赤く染め、キッと善家を睨む和。いやいや、そんなに怒らなくても。何について話しているか分からない、俺が言うのも何だけどさ。
「と、とにかくだ! 響の作ってくれた、朝ご飯を食べるぞ!」
「ああ…」
こうして俺たちの遅めの朝ご飯はスタートした。
「そういや、善家」
「ん? 何だよ?」
サンドイッチ(料理に自信がある、と本人が言うだけあって、とてもおいしかった。お粥やインスタントラーメンが作れない、どこかの誰かさんとは大違いである)を食べ終え、食後のコーヒーを淹れながら、俺は善家に聞いた。
「荷物はどうするんだ?」
「…荷物?」
「今日からここで暮らすにしてもさ、前に住んでた家の物をこっちに持って来たりしなくちゃいけないだろ?」
「ああ、そうだったな。ちなみに、和はどうしたんだ?」
「私は本当に必要な物ー例えば、ケータイとか服とかは持ってきたが、他は友人にあげたり、売ったりしたな」
「なるほどな〜。そう言う方法もあるな、確かに。とりあえず、部長に聞いてみるわ」
そう言って、善家はケータイを取り出し、メールを打ち始めた。
部長って…あのやたらと軽いメールを送って来た部長だよな? あんな人に聞いても、まともな意見は返って来ない気がするんだが…。
「お! きたきた」
メールの返信は、送ってから僅か数分で来た。…どんだけ暇なんですか、部長さん…。まあ、こっちにしてみれば、返信は早ければ早い方が良いのは、事実なんだけども。
「何を持っていくかなどは、全部オレの判断に任せるんだと。それで必要であれば、トラックと運転手を寄越してくれるそうだ。ついでに、いらない物の引き取りも全部してくれるらしい」
「おぉ」
俺は思わず感嘆の声をあげた。
部長さん…やる時にはちゃんとやるんだな。よかったよかった。
名前や顔、更には性別(メールの文体からして、女性だろうが)もわからないのに、安心してしまう俺であった。
「さっさと済ませたいし、今から行って来るわ」
そう言って、淹れたてのコーヒーを一気飲みする善家。
おいおい善家。コーヒーは、そんな一気に飲む物じゃなくて、ゆっくり味わう物だぞ? それにこの豆、結構高いの使ってるんだぞ? もったいない。…でも、仕方ないか。
俺はコーヒーを一気飲みし、善家に言った。
「わかった。今から急いで準備するから、ちょっと待っててくれ」
「私も用意する。少し待ってくれ」
「用意? 何の用意だ?」
「いや、だって、今から行くんだろ? 善家の家に」
「そうだけどよ…何でそこに、一ノ瀬と和が来るんだ?」
「そりゃ、手伝う為に決まってるだろ?」
「そんなの、いらねーよ」
「遠慮するなよ。俺達は今日から家族なんだからさ」
「何、変な事言ってんだよ。バーカ! …でもまあ、確かに、手伝いがあった方が楽なのは確かだな。2人の好きにしろよ」
そう言って、善家は食卓から出て行こうとする。
「どこ行くんだ?」
「いや、どうせ、用意に時間がかかるだろと思ってよ。特に和は。だからその間に、シャワーでも浴びようって訳だ。シャワーはどこにあるんだ?」
「なるほどな。シャワーは1番奥にある。トイレの前だ」
「わかった。ありがとよ」
善家は、シャワーを浴びる為に食卓を出て行った。
「なあ、和」
「ん? 何だ?」
善家が洗面所のドアを閉めた事を、音で確認し、俺は和に話しかけた。
「こんな事を和に聞くのは、どうかと思うが…善家が男性と接触すると、怯えてしまう理由を教えてくれないか? 和は知ってるんだろ?」
「そうだな…」
和はしばらく考えるそぶりを見せ
「わかった、話そう。ただし、この事は響には絶対言うなよ?」
「ああ、絶対に言わない」
「あれは確か…私と響が6歳の時の事だから、もう10年位前の話だな。あの日、私は響と響の家族に連れられて、大きくて有名なプールに行ったんだ。しかし、有名なだけあって、物凄い人ごみでな…響と私達は、はぐれてしまったんだ。そこで、周りの大人や係員の人に自分が迷子であると伝えたり、不安になって泣き出したりすれば、すぐに見つかったのかもしれない。でも、響は昔から気の強い性格でな…泣もせず、周りの人に声をかける事もなく、ずっと1人であるいていたんだ。そして…」
和は一旦言葉を切り、辛そうに顔を歪めた。
「誘拐にあったんだ」
「マジかよ…」
「幸い、と言うのはおかしいかもしれないが、誘拐は未遂に終わった。流石に、泣き叫ぶ響を無理矢理連れて行こうとする姿を、周りにいた人達が不信に思ったらしくてな。犯人はその場で取り押さえられた。しかし、響はよっぽど怖かったらしくてな…家に帰る間もずっと泣いていたんだ。それからだ。響が男を怖がるようになったのは。でも、あれでも大分マシになったんだぞ? 昔は男と目があっただけで、泣き出していたからな…」
「……」
幼い頃からずっと引きずり続けている過去のトラウマ。俺に手を握られた時、物凄く怖かったに違いない。しかし、1度取り乱しはしたものの、その後は何事もなかったように振舞っていた。
「善家…強いんだな」
「昔から響は自分に厳しいんだ。どんなに辛くても、決して人の手を借りようとはしない。自分1人で頑張って来た。しかし、1人じゃ乗り越えられない事もあるんだ」
「それが男性恐怖症って訳か…」
「ああ、だから冬夢。善家に人に頼る事を教えてやってくれないか? それと、恐怖症を克服するのを手伝ってやって欲しい」
「もちろんだ。俺は心理学なんてさっぱりだし、女の子の気持ちも良くわからない。でも、やれるだけやってみる」
正直な事を言うと、最初はあんまり乗り気じゃなかったが…和の話を聞いて、考えが変わった。
善家を苦しみから解放してあげたいし、何より人に頼ると言う事を知って欲しい。
「それより、冬夢…」
「何だ?」
「さっきの手紙に書いてあったんだが…冬夢、薬師丸神社の鈴を落としたんだってな」
「うっ…」
全く予想していなかった不意打ちに、俺は詰まった声をあげる事しかできなかった。
「私がここにやって来た日。冬夢は、自然に鈴が自然に落ちたんだ、と言っていたよな? あれは嘘だったのか?」
「いや、嘘をついていた訳じゃない。ただ、知らなかっただけだ」
「何をだ?」
「よくない願いをすると鈴がーって、しまった!!」
やばい。和の誘導にまんまと乗ってしまった。これでは、
「神社でよからぬお願いをしちゃったんだ♪」
などと言ってるような物だ。
どんなに苦しくてもいいから、この状況を打破する言い訳を考えなければ…
考えろ! 考えるんだ、俺!
ここでしくじったら、命はないぞ!
「あれにはですね…深い深ー」
「一体、何を願ったんだ、冬夢? 教えてもらおうか」
…あ…俺、死んだ。
俺の言葉に聞く耳持たぬ和を見て、俺はそう直感した。
やり残した事、いっぱいあるなぁ…こうなるとわかってたら、遺言を書いてたのに…
……って、弱気になってどうする、俺!!! 偉いおじさんも言ってただろ!!
「諦めたら、そこで試合終了」
って!!
まあ…俺の場合は、終了なのは人生で、試合なんかとは比べ物にならない位にヘビーな物なんだけど。
諦めるな…諦めるな…必ず脱出方法は…………そうだ!!
「ぜ、善家の奴、多分バスタオルの場所知らないだろうから、用意できてないんじゃないかな? ちょっと出してあげてくる!!!!」
俺はそう言って、急いで食卓を飛び出した。
和が何か言ってたような気がしないでもないが…気のせいと言う事にしておこう。
でもこれ…よく考えたら、その場凌ぎにしかなってないんじゃないか? 和の怒りゲージも、更に上がってるだろうし…
「あぁぁぁあ…やってしまった…」
俺は頭を抱えつつ、洗面所のドアを開けた。
「…おーい、善家。入る……ぞ……」
俺はドアを手をかけたまま、固まってしまった。
白く透き通った肌に小さいが形の良い胸。そして…
「金髪?」
そう…俺の目に飛び込んで来たのは、全裸の金髪の白人美少女の姿だった。
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