第16話 そうして始まる新しい日常
「はぁ…」
俺は、目の前にいる善家を見て、深くため息をつく。
「500万なんて払える訳ねーよ。俺はどこにでもいる、一般市民だぞ?」
「払える、払えないじゃない。払わなきゃならねーんだ。マストだ、マスト」
と、呆れたように、こっちを見てくる善家。この子も、和と同じ神様。ちなみに、善家はこういう金銭トラブル関係仕事に就いてるんだそうで。まあ要は、ただの借金取りなのだが。
「それに、お前の一家はどう考えても、一般ではないだろ? 何せ、お前のご両親は、オレ達、神の手伝いをーって、やべえ、忘れてた!」
そう言って、再びポケットをゴソゴソする善家。
この子、物凄く忘れっぽい性格みたいだが…これで、本当に仕事が務まるのか?
「ほらよ、お前のご両親からの手紙だ。ここに来る前に渡されたんだ」
「親父とお袋から?」
俺は、善家から手紙を受け取る。最近、手紙が来ないと思ったら…神様に預けてたのか。
などと、1人で変に納得しながら、俺は封筒を開けた。
『このリア充野郎、爆発してしまえ!』
「……は?」
俺は、思わず固まってしまった。そりゃそうだ。親からの手紙の出だしで、いきなり爆発しろなんて言われたら、誰だってこうなるって。
『本部から聞いたぞ。生活サポートに来たのは、黒髪の美少女だってな。1つ屋根の下に、男女が2人っきりって…それ何てエロゲだ、ゴルァ! こんな事になるとわかっていたなら…お前のサポートは筋肉ムキムキのガチムチのお兄さんにしてやったのに…』
…これが親父からの手紙だと思うと、何だか悲しくなってくるなぁ。息子相手に嫉妬って…。そもそも、俺と和はそんな関係じゃないぞ。そりゃ、なれたら嬉しいですよ? 俺だって、健全な高2ですから。でも、同居している内に、相手の事を好きになっていくなんていう、それこそエロゲ展開は現実にはありえないからな。それに、和の彼氏なんて、俺には荷が重すぎる。
和には、ぜひとも彼女に見合った相手と付き合って頂きたい。それが、同居人である俺の望みだ。
『どうせ、あれだろ? もう、ヤっちゃったんだろ? くそっ、羨ましすぎる! 今からでもいいから、俺と早く変われ! それが親孝ー』
「あれ?」
親父からの意味不明な話は、そこで終わっていた。何て、中途半端なんだ。書くんだったら、最後まで書ききれよ…。
などと、思いながら何となく、手紙を裏返してみるとー
『母さんより』
ーと言う出だしから始まる、文章が書かれてあった。
『悪いわね、冬夢。父さんが暴走しちゃって…。あまりにもヒドイから、ちょっとお仕置きしちゃった♡ 書いてる途中にお仕置きしちゃったから、父さんの手紙、中途半端に終わってるけど気にしないでね』
…「お仕置きしちゃった♡」って…お袋、一体何したんだよ。「♡」が物凄い怖いんだが…。
『それより冬夢、鈴の話、聞いたわよ。500万円支払わなきゃならないんですってね? 全く、バカな事をしたわね…』
既に、親父とお袋の所に話が回ってたのか…これはヤバーいや、待てよ。親父とお袋は、神様の手伝いをしてる訳だし…もしかしたら、お偉いさんに話を通してくれて…借金チャラとかありうるかも!
『冬夢の事だから、私と父さんが上層部の方に話を通してくれるんじゃないか、とか思ってるでしょ? 残念ながらそれは、流石に私達にもできないから、諦めてね。』
うぉぉぉぉぉぉお!!!! マジかよ! って事は…リアルに500万円支払わなきゃなんねえのか? 高校生にして、百万単位の借金とか…人生終了じゃねーか! 500万円なんか、1回で払える訳がないから…当然、分割払い…利子も付いて来る訳で…。ははは…何だかね、泣けてくるよ。って…いかんいかん。今は手紙を読んでる途中なんだった。
『でもね、冬夢の頑張り次第にによっては、借金をチャラにできるかもしれないわよ?』
本当かよ! 借金がチャラになるなら、何でもやる! やって見せる!
『条件はー今、冬夢の目の前にいるはずの響ちゃんの男性恐怖症を治す事よ。冬夢なら大丈夫。すぐに治せちゃうわ。』
いやいや…ちょっと待って…さっき何でもするって宣言したけど…それだけはちょっと待って。
俺にはそんなの絶対できないって! 男性恐怖症の治し方なんかわかる訳がない。
『ちなみに、冬夢に拒否権はないわよ。もう、上層部の人と話を付けちゃったし。後、もし失敗したり、放棄したりしたら、借金は倍になるからね』
……何で、もう話を付けてるんだよ! 俺の意思は完全無視かよ!
『ついでにもう1つ。響ちゃんには、一ノ瀬家に和ちゃんと一緒で、冬夢のサポート係として住んでもらうわ。その方が、男性恐怖症も治りやすいと思うから。冬夢も美少女2人と一緒に暮せるし、まさに一石二鳥よね? 冬夢ったらモテモテね、このこの〜♡ 母さんより』
最後にとんでもない爆弾発言をして、手紙は終わっていた。
おいおい、マジかよ…和と一緒に暮らすだけでも、色々とトラブルがあったのに…そこにもう1人加わるだって? ダメだ…これじゃ命がいくらあっても足りない気がする。かと言って、拒否したら借金が1000万になるし…。
「はぁぁぁぁあっ⁈ どう言う事だよ、これは?」
「どうしたんだ?」
俺は考えを一旦中断させ、叫んでいる善家の方に目をやる。
善家はケータイを物凄い形相で睨みつけていた。
「どうしたも、こうしたもない! 今さっき、こんなメールが送られて来たんだよ」
そう言って、ケータイの画面を俺の方に突き出す善家。そこには、こう書かれてあった。
『今日から響ちゃん、一ノ瀬家の息子さんのサポート係に配属ね♪ ちなみに、息子さんと同居する事になるから、その辺ヨロシク。詳しい話は、息子さん本人から聞いてね〜。後、これは絶対命令だから、頑張ってね♡』
…何て軽い文体なんだ…。
そう思い、送信者を見てみると「部長」と書いてあった。…こんなので本当に職場が成り立ってるのか? 俺には全く関係のない事だが、ついつい心配してしまう。
「確かに変だな…」
「だろ? こんなふざけたの、ありえないだろ?」
「ああ、流石にこう言う重要な内容の時に、絵文字を使うのは…」
「いや、そこじゃねーよ!!!!」
「えっ?」
「え、でもねーよ!!!! どう考えても、おかしいだろ。この異動命令」
「いや…全然おかしくないけど」
よく考えてみたら、お袋の言う通りだ。美少女2人と一緒に暮らせて、条件を達成できた借金はチャラ。さらに、善家も得をするんだから、一石二鳥どころか一石三鳥である。何事も前向きに行かなきゃ、やっていけないもんな。
でも…とりあえずは、善家を説得しなくちゃな。いくら命令だとは言っても、無理矢理じゃ今後の付き合いが悪くなるだろうし。
「なあ、善家頼む」
俺は深々と頭を下げる。
「これは俺の為でもあり、善家の為でもあるんだ」
「ん? どういう事だ?」
「つまりだなー」
俺は、一石三鳥大作戦(さっき俺が命名した)を簡単に説明した。
「で、どうだ? 協力してくれるか?」
「……仕方ないな。いいぜ、協力してやるよ。オレにも拒否権はないしな…」
俺の話の中に「男性恐怖症」と言うキーワードがでてきたせいか、善家のテンションはやや低めだったが、了解してくれた。
「ありがとうな、善家。部屋割りとか、荷物とか、必要なものを揃えたりだとか、やらなくちゃいけない事は沢山あるけど…まずは…」
そう言って、俺は壁にかかった時計を見上げる。もう既に、10時を過ぎていた。
「和を起こして、3人で朝ご飯食べよう。俺、和起こしてくるから、善家はキッチンに置いてある食パンの耳を切っておいてくれ。サンドイッチ作りたいからさ」
「ああ、わかった。何だったら、オレが全部作ってやるよ。料理には結構自信あるんだぜ?」
「本当か? だったら、お願いしようかな。材料は食パンの横に置いてあるから」
「よっしゃ! 任せとけ!」
鼻歌を歌いながら、善家はキッチンへ向かって行った。
「じゃあ俺は、和を起こして来るかな」
こうして神様をもう1人迎え、3人となった一ノ瀬家の朝が始まっていった。
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