第15話 災いは忘れた頃にやって来る
「まだ和は起きてきそうにないけど…腹減ったし、朝ご飯作って先に食べるかな」
俺はぼんやりと見ていたテレビを消し、ソファーから立ち上がる。
既に9時を過ぎているのだが、せっかくの土曜日なので好きなだけ寝かせてやろうと思う。先日、唐揚げを控えると言う一大決心をしてくれた訳だし。
そんな事を考えながらキッチンへ向かう。
ちなみに今のところ、和の決心は全く揺らいでいない。まだ数日しか経っていないので、当然と言えば当然かもしれないが、前までの和からは考えられない姿である。
「食パンあるし、サンドイッチにするか。そうと決まれば…」
俺は冷蔵庫の扉を開き、必要な食材(ハム・ゆで卵・レタスなどなど)を取り出す。そして、包丁や皿など必要な物も用意する。
「さてと…作っていくかな」
食パンの耳を切り落とす為、包丁を持ったその時ー
ピンポーン、とまぬけなインターホンがキッチンに鳴り響く。
「こんな朝に誰だろ? 宅急便か? …にしてもタイミングが悪いな」
俺はご飯を作るのを邪魔された事に若干苛立ちながらも、包丁を置く。
「はーい、今行きまーす」
と言いつつも、俺はわざとゆっくり歩いた。料理を邪魔された仕返しである。
人としての器が小さい?
…ほっといてくれ。誰だってそんな時あるだろ?
「どちら様ですか?」
玄関の前に立っていたのは、茶色髪の毛を軽くパーマにした女の子だった。びっくりする位に顔が整っていて、身長は俺より少し低いくらい。そして何より1番目目を引いたのは、彼女の着ている服ー神父服だ。確か、神父には男じゃないとなれなかったような…
…って、どっかでこんな感じの服装の子見たような…えーっと…どこだっけ?
必死に思い出している俺をよそに、神父服の女の子は「お邪魔するぞ」と言って、勝手に家の中にずかずかと入って行った。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」
俺は慌てて後を追った。
ったく…本当に誰なんだよ。
「どうぞ」
勝手に入って来たとは言え、何も出さないのも失礼かと思い、俺は紅茶とチーズケーキ(今日のおやつ用に昨日作った物)を出す。
「おお、悪いな。いただきます……って何だこれ! めちゃくちゃウマいじゃねーか!」
そう言って凄い勢いで食べる姿には、神父に必要不可欠であろう「慎ましさ」という物が全く感じられなかった。食いっぷりが物凄く良いのは、料理を作った俺にとっては好ましい事なんだけど。
「おかわり!」
「お、おかわり?」
俺は思わず声を詰まらせた。そりゃそうだ。ケーキのおかわりを要求してくるなんて誰が予測できるかよ…。しかも女の子だぞ、女の子。かと言って…「拒否」なんて選択肢を選べる訳がなく…。
「わかりました。今、切ってくるんで、ちょっと待って下さいね」
俺はチーズケーキを切る為に、キッチンに向かった。
…俺と和の分、残るのか? あれ、結構上手くいったから…自分でも食べたいんだよな。
そんな事を考えながら。
「にしても、肌が白いな…」
おかわりのチーズケーキを切りながら、俺はふと、そう呟いた。
透き通るような白さで、思わずドキッとしてしまう。本当に日本人なのかと思わず疑いたくなるが、日本語の発音は完璧だしな…。まあ、外国人であろうと、日本人であろうと、別にどっちでも良い事なんだけども。
そんな事をぼんやりと考えながら、俺は神父服の女の子の方へチーズケーキのおかわりを運んで行った。
「で…俺の家に何の用ですか?」
神父服の女の子が、全て食べ終わった(結構、チーズケーキ完食。本当に異常な胃袋である)のを確認し、俺は尋ねる。
「え? あぁ…悪い、すっかり忘れてた。ほら」
そう言って、神父服の女の子は右手を俺の方に差し出してきた。
何の事かさっぱりわからず、俺はただただその手を眺めるしかなかった。何だ? 何をすればいいんだ? うーん…手を差し出してきてるって事は…
とりあえず、その手を握ってみる事にした。まあ要は、普通の握手なんだけども。
…おー! すべすべしてて、柔らかいんだな、女の子の手って。それに暖かいし。男の手とはえらい違いだ。
生命の神秘を感じるよね。同じ生き物でも、性別が変わるとこんなにも違うんだな。などと、小学生レベルの内容で思わず感動してしまう俺。それほど神父服の女の子の手は素晴らしかった。…言ってる事が残念過ぎるかもしれないが…それでも、もう一度言う! 神父服の女の子の手は…と言うか、女の子の手は素晴らー
「やっ、やめろ! やめてくれっ!」
そう叫んで、神父服の女の子は、俺の手を振り払った。
「…はぁ…はぁ…」
神父服の女の子は、荒い息を繰り返し、何かに怯えるように自分で自分を抱きしめた。目も虚ろで、焦点が全く合っていない。
「あ、あの…大丈夫ですか?」
俺は、神父服の女の子の余りの変わりっぷりに、若干驚きつつも、声をかけた。
「…くるな…くるな…」
しかし、全く反応がない。何か呟いているみたいだが…とても声が小さく、俺の耳には届いてこない。
「おい、本当に大丈夫か?」
俺は、神父服の女の子の肩を軽く揺らそうと、手を伸ばしー手が、肩に触れるか触れないかのギリギリの所で、ある事に気付き、慌てて手を引っ込めた。
何に反応したのかは、全く持って不明なのだが、様子がおかしくなったきっかけは、俺が手を握ってしまった事。つまり、何かしら俺に関係のある事が原因なのだ。もしここで、再び触れたりしてしまったら、さらに悪化してしまうかもしれない。考え過ぎなのかしれないが、用心するに越した事はない。
俺は、ただひたすら、神父服の女の子が落ち着くのを待ち続けた。
そして待ち続けて、約10分。
「さっきは取り乱して、悪かったな。もう大丈夫だ」
神父服の女の子が謝ってきた。
どうやら、完全に落ち着いたようだ。
「いえ…こちらこそ、すいませんでした。にしても…何があったんですか?」
「まあ、色々とな…」
「なるほど…」
「ああ…」
「…」
「…」
な、何だ? 何なんだ、この気まずい空気は! ど、どうしてこんな空気になってしまったんだ? 少なくとも俺のせいでは……いや、どう考えて見ても、もろ俺のせいだ。俺の軽々しい行動のせいだ。ここは責任を取って、場を和ませるような話を提供しないと…
「…この前、薬師丸神社に行って来たんでー」
「あぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
薬師丸神社で起こった事を話そう(と言っても、和の事を話す訳にはいかないので、お参りしてたら鈴が落ちてきた所だけだが)と思い、話し始めようとしたが、神父服の女の子の声によって、それは中断させられた。
「思い出した!! 危ない、危ない。もう少しで、仕事をすっぽかす所だった。ほら」
そう言って再び手を差し伸べてくる。
いや…ほら、って言われてもね…握手じゃなかったら、一体なんなんだ?
意図がわからず、その手をじっと見つめていると、神父服の女の子はじれったそうに言った。
「おいおい、何だよ、そのマヌケ顔は。まさか、何の事かわかんねーのか?」
多少イラッとしたが、ここでキレたら、意図を教えてくれなくなるのは目に見えていたので、俺はグッと堪えた。
頑張れ俺。キレるには意図を聞いてからでも遅くない。
「………はい」
「ホントに忘れちまったのか? まあいいや、教えてやるよ。オレがここに来たのはー500万払ってもらう為だ」
「あぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!」
今度は、俺が声を上げる番だった。
どこかで見たと思ったら…この前、和とショッピングモールに行った時に急に俺に話しかけて来た子じゃないか…。
俺の家にまで、わざわざ訪ねて来るなんて…いくらなんでも、しつこ過ぎやしないか? イタズラにも限度ってものがあるだろうに。これは怒ってもいいよな? うん、怒っていい。
そう考えた俺は、少し口調を強めて、さらにタメ口で言った。
「いくらなんでも、やりすぎだろ。俺の家にまで押しかけて来るなんてさ。イタズラにも限度があるだろうに」
「…はぁ?」
神父服の女の子は、意味がわからないと言うように頭を傾げる。
「いや…その500万円払えって言うヤツ。イタズラにしては限度を超えてるかなぁ、と思って」
「…はぁー。どうやらお前は、根本的な所から理解できてないようだな…ちょっと待ってろ」
神父服の女の子は、しばらく服のポケットをゴソゴソした後、1枚の紙を俺に渡して来た。
「何だこれ?」
「いいから、黙って読め。それに全て書かれてるからよ」
「ああ、わかった。………って……何だこれは!!!!!!!」
そこの紙に書かれてあったのは…
…請求書だった。
それはまだいい。500万払えって言ってる位だから、予想もついた。問題なのは…
「何で、薬師丸神社の鈴の弁償を、俺がしなくちゃならないんだよ! あれは勝手に落ちたんだ! 俺が落とした訳じゃない!」
「何言ってんだ! お前が変な願い事をするから、鈴が拒否反応を起こしたんだよ! んな事もわかんねーのか!」
いやいやいやいや…鈴が拒否反応って…それに、変な願い事って…まあ、強く否定はできないけど…彼女のいない、一般高校生は、誰だってそう願うだろーが! 謝れ! 世界中のモテない男子に謝れ!
って…落ち着け、俺。ただの愚痴になってるぞ。
「それに、あのボロい鈴が500万って…いくらなんでも高すぎるだろ」
「はあ? あの鈴にはな、上級神様の御加護がついてるんだぞ! まだ、上級神様で良かったと思えよ。究極神様の御加護つきなら、いくらお金があっても足りないと思うぜ?」
おい、上級神様! あんた、何ていらない事してくれたんだ! どこの誰か、わからないけどさ。よりによって、何であんなボロっちい神社の鈴に、御加護なんかつけちまうんだよ。せめて、御加護つける前に、神社を修繕しといてくれよ…。上級神様なら、その位できるだろに…。
…って、上級神様? 何でこの神父服の女の子は、そんな事知ってるんだ?
…ああ………何か、物凄く嫌な予感がしてきた。
「……なあ、1ついいか?」
「何だよ? 金を払わないとかは無しだぞ?」
「それも言いたいが…今はそうじゃない。俺が聞きたいのはー」
「おっと、名乗り忘れてたな。オレの名前は、善家 響だ」
「そうでもなくて、俺が聞きたいのは、お前は神ー」
「ああ、和と同じでオレも神様だ」
ハハハ…俺の嫌な予感は見事に的中してしまった訳だ…しかも、この子和と知り合いみたいだし…
もうこれは…どっからどう考えても…
「トラブル臭しかしないよな…」
俺は、目の前にいる神父服の女の子、もとい善家を見て、そう呟いたのだった。
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