第09話 恋する女の子の気持ちは複雑なんです
投稿が遅くなり申し訳ありません。
今回はヒロイン視点です。
「冬夢の家で食事…冬夢の家で食事…」
私、榎本 美都は自分で言うのも何だが、正直浮かれていた。
冬夢の家で食事なんて…果たして何年ぶりかしら…
私の記憶が正しければ、確か小学校4年の時に食べたのが最後のはずだ。あの時は冬夢のご両親が作って下さった料理だったが、今回は違う。
そう…冬夢の手料理を食べれるのだ。しかもできたての。
「ウフフ…」
そう考えただけで自然と顔がにやけてしまう。
「でも…こんなにライバルが増えるなんて…予想外だったわね…」
着て行く服を選びながら、私は呟く。
後輩の中溝 悠里に料理部部長の水沢 麗奈、そして……
冬夢と同居していると言う親戚の音尾 和。
「だ、大丈夫よね…冬夢に限って…いくら同居してるとはいえ…音尾さんと…ま、間違いを起こすような事はないはずよね…だってあの鈍さだし…」
冬夢の鈍さは筋金入りである。
自分に好意を抱いている女子が複数人いる事にまるで気付いていないのだ。
少しは女心と言うモノを学んで欲しいのだが…
女心を理解して欲しくないと思っている自分がいるのも確かである。
女心を理解する。
つまり、それは私やその他の女子が冬夢に対して抱いている気持ちを理解されるのと同じ事。
それが恐いのだ。その時に冬夢がどんな反応をするのかが恐いのだ。
もし私を選んでくれず、他の女子を選んだら…
そう考えただけで、胸がギュッと鷲掴みされたように痛くなり泣きたくなってしまう。
それなら早く告白してしまえばいい、という人がいるかもしれない。
しかし今、冬夢の中で私の位置付けは残念ながら「幼馴染」止まりである。
つまり私の事に恋愛感情を抱いていないのだ。
告白したら、冬夢の事だから付き合ってくれるかもしれない。それでも、もしかしたらムリかも…と悪い方に悪い方に考えてしまうのだ。
情けないと、意気地なしだと自分でも思う。
でも…
「って何、私暗くなってるのよ。音尾さんがいるとはいえ、冬夢の家で食事なんだから明るくなくちゃダメよね。それに冬夢のベクトルが私に向いてないなら、向かせればいいだけ。他の子には負けないわ」
そう言って私は頬を軽く叩く。
そうだ。
クヨクヨしている暇があるなら、フられるのが怖いなら、冬夢に好きになって貰えるように、絶対にフられないように頑張ればいい。
冬夢は鈍いから確かに大変かもしれない。
それでも私は諦めない。
だって私は…
「冬夢の事が大好きだから」
「~♪~♪~」
「お姉ちゃん、ご機嫌だね」
「そうかな?」
「だって物凄く嬉しそうな顔して、鼻歌歌ってるんだもん。誰だってわかるよ。どうしたの?」
「実は今日、一ノ瀬先輩の家でご飯食べるんだ~」
「一ノ瀬先輩って…確かお姉ちゃんの大好きな人だよね?」
「だ、大好きッ⁉」
ボク、中溝 悠里は思わず声を裏返らせる。
そりゃそうだ。
いくら弟(名前は秀明と言い中2だ)とはいえ、急にそんな事を聞かれたら普通は驚く。
「お姉ちゃん、顔真っ赤だよ」
秀明が意地悪そうに笑う。
「もー秀明のバカ!」
反論できないのが悔しくて、ボクは自分の部屋に逃げるように向かう
ドアを強く閉めカギもかけた事を確認して、ボクはどっとため息をついた。
「はぁ~…先輩に頼んだ時は気が付かなかったけど…先輩の家で食事って…物凄いイベントだよね…」
そうなのだ。
他のライバルがいるにしても、先輩の家で先輩の作った料理を先輩と一緒に食べる、と言う事実に変わりはないのだ。
「もう緊張してきちゃったよ…」
先輩の家に行った事は一度だけある。
でもあの時は、玄関までしか入っていない。しかも、先輩の事を意識してなかったのだ。
今回とは条件が違いすぎる。
「あー何着て行けばいいんだろう?」
ボクはそう呟きながら、クローゼットを開ける。
そこにはヒラヒラのスカートなどカワイイ女の子っぽい服…
…などではなく、ジーパンやチェックのブラウスなど男の子っぽい服ばっかりが並んでいて…
「ボクには男の子っぽい服が似合うのはわかってるんだけどな…」
やっぱり好きな人には女の子らしい所を見せ付けたい訳で…
「でも、スカートなんて…似合わないし…て言うか…そんなの持ってないよ…やっぱり…ボクは女の子っぽい魅力ないのかなぁ…」
そんな感じで、悩んでいるとドアの向こうから秀明が話しかけてきた。
「お姉ちゃん、もしかして着る服で悩んでるのー?」
「うん、まあね」
「もう…どうせお姉ちゃんの事だから、女の子っぽい所を見せ付けたいのに…とか考えてるんでしょ?」
「ど、どうしてわかったの?」
「何年弟やってると思ってるの? 13年だよ、13年。これだけ長い事やってたら単純なお姉ちゃんの考えぐらいわかるよ」
「単純って…」
弟にそんな事を言われるとは…何だか悲しくなって来る…
「お姉ちゃん、ムリに着飾る必要ないんじゃない?」
さっきまでのふざけた感じから一変して真剣な声で言ってくる。
「自分らしさをアピールした方がいいよ。ムリして女の子っぽくしなくてもお姉ちゃんには他にも魅力的な所、沢山あるんだから」
「ホント?」
「ホント。弟の言う事を信じなよ」
「……ありがと、秀明」
秀明の言う通りかもしれない。
ムリをして女の子っぽくする必要は…
……って…
「よく考えてみたらそれ何のフォローにもなってない! 結局、ボクに女の子らしさがないから他の所で勝負しろって事でしょ!」
「あ、ばれた?」
そう言って走って逃げて行く音がドアの向こうから聞こえてくる。
「……でも、必ず振り向かせて見せますからね。先輩」
ボクは力強く呟いた。
「一ノ瀬君の家での食事…どうしたらいいのでしょう…」
私、水沢 麗奈は戸惑っていた。
一ノ瀬君に食事に誘われたのはいいのだが…
生まれてこの方、一度も異性の家に訪問した事がないのだ。
しかも、他に女の子がいるとはいえ、いきなり異性と食事である。
異性は異性でも、相手がどこにでもいる普通の知り合いなどだったなら、ここまで悩んだりはしなかっただろう。
誘ってきた相手は…先程も言ったように一ノ瀬君なのだ。そう、私の好きな一ノ瀬君なのだ。
「どんな感じの服を着て行けばいいのか…何か持って行くべきなのか…全くわからないです…」
そこで、私は机の上に付いているボタンを押す。
これを押す事で…
「失礼します、お嬢様。いかがなされましたか?」
執事である米道を呼び出せるのだ。
「今日、一ノ瀬君の所へご飯を食べに行く、と言う事はお話しましたよね?」
「はい。確かにお聞きしました」
「それで、今用意をしているのですが…こう言う事は初めてなので…どうすればいいのかわからなくて…」
「それで私を?」
「はい」
そう言うと米道は顎に手を当て、何やら考えて始めた。
そして、しばらくして
「失礼ながら、一ノ瀬様はお嬢様の想い人でいらっしゃられるのですよね?」
と聞いてきた。
「え、ええ…そう……です」
「でしたら、お嬢様」
そう言って、米道はニコリと微笑む。
「お嬢様のお好きな様にするのが1番かと」
「私の好きな様に…ですか?」
意味がイマイチわからず、私は思わず聞き返す。
「はい。確かに私はこの様な場合で、どの様にすれば良いのか知っております。そして、お嬢様にお教えする事も可能でございます。しかしお嬢様。それでは一ノ瀬様に見て頂くのは…言い方が悪いかもしれませんが、私の作り上げたお嬢様になってしまいます。一ノ瀬様にはお嬢様が自分自身で考えて、見てもらいたいお姿を見て頂くべきかと」
「でもそれで失敗してしまったら…一ノ瀬君は私の事を嫌いになってしまうかもしれません。それが嫌なのです」
「お嬢様はそう仰っておりますが、いつも私がお嬢様から聞いております一ノ瀬様はその様な事でお嬢様を嫌いになってしまわれる程、冷たい方ではないと思われますが? 仰っていたではありませんか。一ノ瀬様の優しさに惚れました、と」
「確かに……そうでした。一ノ瀬君は心優しいお方です」
そうだった。
一ノ瀬君は私がどんなに料理で失敗してどんなに迷惑をかけても、また部長としての仕事を手伝って欲しいと頼んでも、決して嫌そうな顔はしなかった。いつも笑顔で許してくれ、手伝ってくれた。
一ノ瀬君はそう言う人だった。
「ありがとうございます、米道」
「いえ、執事として当然の事をしたまでです。それでは私はこれで失礼させて頂きます」
米道は深々と一礼し、私の部屋から出て行った。
「見てもらいたい私…ですか」
私は呟きながら、クローゼットからお気に入りの白いワンピースを取り出す。
「一ノ瀬君、私頑張りますから」
そう言って、私は小さく握りこぶしを握った。
「へくしょん‼へくしょん‼へくしょん‼」
「どうした、冬夢? 風邪か?」
「いや…違う違う。もしかしたら噂されてるのか?」
「冬夢が? それこそ違うだろう」
「…ヒドい事言うな…まあいいや。用意もできたし、みんなにメール送っておくか」
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