第12話 熊と自転車
八高さんと別れた私が家に帰ってくると、神様が出迎えてくれていた。どうして家の外にいるんだろう。
「ただいま」
「お帰り、月乃」
驚いたけれど、私は普通に帰宅の挨拶をする。神様も普段通りに優しい顔で私を見ている。
そうかと思えば、両手を腰に当ててニコッと笑ってきた。
「そうだ。月乃のために今日はこれを買ってきたんだよ。さあ、こっちにおいで」
なんだろうと思って、神様の向かう方向についていく。そこで私が見たのは、欲しいなあと思っていた自転車だった。
「いくら君が歩くのが好きとはいえ、毎日徒歩というのもつらいだろう。今から練習しても、明日には乗れるとは思えないけどね」
「うわぁ、ありがとう、か……お兄さん」
いけないいけない。家の外ではお兄さんって呼ぶように言われてたんだった。
私が言い直すと、神様は満足そうに笑っている。
私は玄関に入ってすぐのところにカバンを置くと、すぐさま外に戻ってくる。
そこで私は、神様に自転車についていろいろと話を聞く。一番最初に聞いたのはカギだったんだけど、そのカギからして問題が起きた。
「あ……」
何かというと、カギを捻った瞬間にカギを折ってしまった。
なんでよ。全然力入れてないのにぃっ!
「やれやれ、緊張で無意識に力を入れてしまったようだな。本当にしょうがないやつだな、月乃は」
次の瞬間、神様の力でカギは元通りになった。
私は顔を真っ赤にしながら、改めてカギを回して自転車のロックを解除する。
次にスタンドを上げて、自転車にまたぐ。
「これで、ペダルをこげばいいのよね」
「そうそう、慎重にな」
私はいざ足を上げて自転車をこぎ出そうとする。
次の瞬間だった。
バキッ!
またものすごい音が響き渡る。
ペダルが折れた。
なんでよーっ!
「力んでいるな、月乃。さすがにこれほどまでに壊されまくると、私も困るのだけどね」
「うっ、うぅぅ……」
神様に呆れられちゃった。
でも、こんな短時間で二回も壊せば、そりゃそうなるかしらね。ああ、本当にどうしてこうなるのかしら。
どうにか落ち着くことのできた私は、神様に後ろを持ってもらった状態で自転車に乗る。ゆっくりとこいでいるけれど、神様が持っていないと結構バランスが崩れる。むむっ、これは難しい。
結局、すっかり日が暮れるまで練習したけれど、私だけで乗りこなすには至らなかった。
「しょうがないな。また明日、帰って来てから練習だね」
「うーん、悔しいなぁ」
私は自転車をじっと見つめていた。
絶対に乗りこなしてみせる。私はその日の練習を終えて、家の中に入っていった。
翌日、昨日知り合った八高さんとの話はほどほどにして、私は慌てて家に帰る。
八高さんも乗っている、あの自転車というものを私もきっちり乗りこなさないとね。人間として生きていくのなら、人間が使っているものをきちんと使いこなせるようにならないと。私はものすごく気合いが入っている。
家に戻った私は、荷物を置いてすぐに自転車の特訓に入る。
今日は神様の手助けは借りないわよ。
そうは意気込んではいるものの、昨日はカギを壊し、ペダルも壊し、しまいにはハンドルも壊した。なので、今日はとにかく壊さないことにも注意しながら、それは慎重に自転車にまたがる。
あと、自転車に乗る際に注意されたのは、私の無意識の熊パワーについてだった。
散々自転車を壊したように、私は自分の力をコントロールできない時がある。そのコントロールができなくなった時に、事故でも起こしたらどうなるかと、昨日の夕食の時も、今朝の朝食の時も口酸っぱく言われた。うん、間違いなく当たった相手は死ぬ。いろいろと思い当たる節があるので、私は青ざめている。
ふぅ……、ふぅ……。大丈夫、絶対そんなことはないから。私はできるのよ。
私はゆっくりとペダルをこぎ始める。
最初はふらついているけれど、そこは熊の体幹でどうにかすぐにバランスを取っていく。
うん、乗れてる。
私は、執念で自転車をすぐに乗りこなしてしまった。昨日の苦労はなんだったのかというくらいに簡単に。
えっと、曲がるにはハンドルを曲げて、止まるにはブレーキを握るっと。うん、できてる。
不思議なくらいに私は、自転車に乗れたことを喜んでいる。これなら、明日から自転車で学校に行ける。
私は自転車を降りて、押して家の中へと戻っていく。
「神様、神様。私、自転車に乗れるようになったよ」
「おお、そうかそうか。それじゃ、これを貼ろうか」
「えっ、何それ」
神様が何か四角いものを出してきた。
「これは、学校が自転車通学を認めたことを示すステッカーというものだよ。これを、後輪の泥除けに貼りつけるんだ」
「泥除け?」
「後輪の上にカバーがあるだろう。それのことだよ」
「あっ、了解」
神様に言われて理解した私は、早速自転車にステッカーを貼りつけようとする。
でも、ステッカーを泥除けにつけても、すぐに落ちてしまう。なんで?
「ははっ、台紙からはがさないとくっつかないよ。ほら、貸してみなさい」
私を見かねた神様が、代わりに自転車にステッカーを貼りつけてくれた。それを見て、私はものすごく感動をしていた。なんか、ひとつ認められたような気がするんだもの。
「それじゃ、どれくらい乗れるようになったのか、見せてもらえるかな?」
「うん、喜んで!」
私は嬉しくなって、神様に自転車に乗る姿を徹底的に見せつけていた。本当に嬉しいんだもの。
自転車に乗れるようになれば、友だちになった八高さんや、鴨太くんとも一緒に走ることができるようになるんだもの。
私はまた今日も、人間としてのスキルをひとつ身につけたのだった。やったね。




