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生誕
時は1841年、天保年間。
所は、周防国熊毛郡束荷村という所。現在の山口県光市束荷となっている所。
その村の、とある農家に、利助という男の子が誕生した。この利助が、後の初代内閣総理大臣となる、伊藤博文だ。
物語は、衝撃的な場面から始まる。
「伊藤!死ね!」
ダーン!
私は、安重根という男に、突然撃たれた。
薄れ行く意識の中で、安重根が取り押さえられるのを見た。
いったいなぜ、こんなことに。日本がアジアの一等国になることを目指して、坂道を駆け登ってきた結果が、これなのか。
すると、私の脳裏に、束荷村で過ごした幼き日のことが、走馬灯として浮かんできた。
父は林十蔵、母は琴子、この両親のもとに、利助は生まれた。
もともとは、武士でもなく百姓で、足軽の伊藤家に養子に入ったことで、ようやく足軽になったという、下級武士の中でも更に最下層の武士の家だったという。
そこから、初代の内閣総理大臣、明治の重鎮の中でも筆頭格にまでなるなどとは、この時の周囲の人々は、誰も思っていなかったことだろう。
その頃、幕府では、11代将軍、家斉が死去し、
12代将軍、家慶が実権を握り、老中の水野忠邦が天保の改革を行ったが、わずか2年ほどで失敗。
この頃には既に、徳川幕府は崩壊の兆しを見せ始めていた。




