第六章 対話
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
第六章「対話」をお届けします。
前回、教室の空気を壊すことを恐れず、無邪気な悪意に対してついに声を上げた悠。
気まずくなった放課後の校舎裏で、悠は夕焼け空の下、一人ベンチに座るアリを見つけます。
今回は、二人が初めて真正面から向き合い、言葉を交わすエピソードです。
アリが語る「見えない線」の本当の意味とは……。
二人の静かで優しい時間を、どうぞ一緒に見守ってください。
その日の放課後だった。
教室の空気は最悪で、悠はそそくさとカバンをまとめて教室を出た。
当てもなく校舎裏を歩いていると、部室棟の影にある古いベンチに、アリが一人で座っているのを見つけた。
校庭は燃えるような夕焼けに染まり、遠くから吹奏楽部の不揃いなトランペットの音が聞こえてくる。
悠は少し離れたところで立ち止まり、迷った。今声をかけて、なんと言えばいいのか。同情を押し付けるのも違う気がした。
しかし、胸の穴が「行け」と背中を押した。
悠は足音を立てて近づき、声をかけた。
「なあ」
アリが弾かれたように顔を上げた。その目は、一瞬警戒の色を浮かべたが、悠だと分かると少しだけ柔らかくなった。
「ユウ……」
カタカナのような、独特のイントネーションだった。
「隣、いいか?」
アリが小さく頷くと、悠はベンチの端に腰を下ろした。少しの間、沈黙が続いた。
「さっきのこと」
悠は、膝の上で両手を組み、自分の靴のつま先を見つめながら言葉を探した。
「……ごめん。嫌な思い、させたよな」
アリは少し首をかしげ、不思議そうな顔をした。
「ドウシテ、ユウがあやまるの?」
「俺、同じクラスなのに、今まで何も止められなかったから。今日も、中途半端に空気悪くしただけで」
アリは、日本語のニュアンスを頭の中で翻訳するように少し時間を置き、それから寂しそうに笑った。
「きにしないで。わたし、もう……なれてる」
慣れている。
その言葉は、ひどく静かだった。しかし、悠の心に重くのしかかった。
十七歳の少年が「差別されることに慣れている」と言うまでの間に、どれだけの傷を負ってきたのだろう。
悠は思わず顔を上げた。
「慣れるって……そんなの、おかしいだろ。慣れちゃダメなことじゃん」
「しょうがないよ」
アリは、夕焼け空を見上げた。彼の横顔は、年齢よりもずっと大人びて見えた。
「ひとは、じぶんとちがうものをみると、ふあんになる。こわくなるんだ」
「怖い?」
「ウン。ことばがちがう。みためがちがう。ぶんかがちがう。わからないものは、こわい。だから、じぶんをまもるために、せんをひく。アッチと、コッチに」
悠は無意識に、胸の奥を押さえた。
半径18ミリの穴。
その奥から、何かがじんわりと広がっていく感覚があった。痛みの共鳴だった。
「でも」
アリは、悠の顔を見て続けた。その瞳には、強い光が宿っていた。
「せんってさ。ユウ」
「?」
「だれかがゆうきをだしてこえてくれないと、いっしょう、きえないんだよ」
アリは、少しだけはにかむように微笑んだ。
「きょう、ユウがおこってくれた。わたし、すこしうれしかった。サンキュー」
悠は黙って頷いた。言葉が出なかった。
夕焼けの空が、静かに、優しく暗くなっていく。二人の間にあった見えない線が、夕闇に溶けていくように感じられた。
第六章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「誰かが勇気を出して越えてくれないと、一生、消えないんだよ」
差別されることに「慣れている」と言ったアリの静かな悲しみと、それでも悠の行動を喜んでくれた彼の強さ。夕闇に溶けていく二人の見えない線を思い描きながら、少しでも心温まるものを感じていただけていたら嬉しいです。
次回(第七章)は、ついにタイトルの「半径18mm」という言葉の本当の意味が悠の中で明確になります。夜の自室で、悠が自分自身の胸の「穴」と向き合う大切なエピソードです。
もし、悠とアリの対話に少しでも胸が熱くなった、この先も応援したい! と思っていただけましたら、ページ下部より「ブックマークに追加」や「ポイント評価」をしていただけますと、今後の執筆の何よりの励みになります!
3日に1話ずつ、投稿していこうと思っています。
次回の更新も、どうぞよろしくお願いいたします。




