表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半径18mmの穴  作者: Bleuval
4/5

第四章 沈黙

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

第四章「沈黙」をお届けします。


駅のホームの端で、少しずつ言葉を交わすようになった悠と見知らぬ老人。

冷たい冬の風の中、二人の間に流れる時間は不思議と穏やかなものでした。


しかしある日、老人がぽつりとこぼした言葉が、悠の心に深く突き刺さります。

私たちが日常の中で無意識にしてしまう「見ないふり」について。

どうぞ、最後までお付き合いください。

 その日を境に、老人とは駅で何度も顔を合わせるようになった。  


 塾の曜日である火曜と木曜の夕方。老人はいつも同じホームの端で、電車に乗るわけでもなく、ただ時間をやり過ごすように立っていた。  

 交わすのは、ほんの短い会話だけだった。

「今日は雪になるかもしれないらしいですよ」

「そうか。底冷えするわけだ」

「テスト近いんですか」

「はい、来週から期末で……」

「無理はするなよ」

 それだけの、何気ない世間話。しかし悠にとって、その数分間は不思議と心が落ち着く時間になっていた。  

 老人は多くを語らなかったが、時折、ぽつりとこぼす言葉には、長い年月を生き抜いてきた者だけが持つ、重い真実が含まれていた。

 

ある日、少し寒さが和らいだ夕暮れ時のことだった。  

 ホームのベンチに座り、自動販売機で買った温かい缶コーヒーを二人で飲んでいたとき、老人は遠くの空を見つめたまま言った。

「若い人はな」  

 悠は、コーヒーの缶から口を離し、顔を上げた。

「今は学校でも教えるんだろう。差別は悪いことだ、偏見を持ってはいけないって。頭ではみんな、よく知ってる」

「……はい。道徳とか、倫理の授業でやります」

「でもな」  

 老人は、空になった缶を両手で包み込みながら、静かに目を伏せた。

「知っていることと、行動することは違う。いざ目の前でそれが起きたとき、ほとんどの人間は……見ないふりをするんだ」

 電車の接近を知らせるアナウンスが、無機質にホームに響いた。

「見ないふり……」

「そうだ。自分に火の粉が降りかからないように、息を潜める。それが一番賢い生き方だと、社会に教え込まれていくからだ」

 

その言葉は、決して声高な非難ではなかった。むしろ、人間の弱さを許容するような、静かな響きを持っていた。  

 しかし、悠にとっては鉛のように重かった。  

 何も言えなかった。  

 なぜなら、それが真実だと知っていたからだ。教室の隅で一人弁当を食べるアリを見て見ぬふりをしている自分。ホームで孤立する老人を、最初は遠巻きに見ていた自分。 自分もまた、「見ないふり」をする側の人間だったのだ。

第四章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


「知っていることと、行動することは違う」

老人の静かな言葉によって、悠は自分自身もまた「見ないふりをする側の人間」だったという痛い真実に直面します。このヒリヒリとした気づきは、きっと悠を次の行動へと駆り立てていくはずです。


次回(第五章)は、舞台が再び学校の教室へと戻ります。

これまで静かに風を通していただけの悠の胸の「穴」が、ついに大きな音を立てて形を変える決定的な出来事が起こります。


もしこの物語に少しでも共感していただけたり、悠のこれからが気になったりしましたら、ページ下部より「ブックマークに追加」や「ポイント評価」をしていただけますと、今後の執筆の何よりの励みになります!


3日に1話ずつ、投稿していこうと思っています。

次回の更新も、どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ