第二章 線
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
第二章「線」です。
前回、教室の片隅の景色から、自分の胸の奥に小さな「穴」を見つけた悠。
今回は、放課後の教室での親友との他愛ない会話から、私たちが普段何気なく引いている「見えない線」についての気づきを描きます。
壁を作っているのは、果たしてどちら側なのか。
悠の視点の変化に注目してお読みいただけたら嬉しいです。
人は、生きているうちに、気づかないうちに無数の線を引く。
まるで陣取りゲームのように、自分の足元に安全な円を描き、こちら側と、あちら側を分ける。
普通であることと、普通じゃないこと。
仲間と、それ以外。
理解できるものと、理解できないもの。
その線は、チョークで引かれたわけでも、インクで描かれたわけでもない。目には見えない。
けれど、そこには強固な壁として確かに存在し、時には鉄条網よりも鋭く人を隔てる。
放課後の教室。
日直の仕事を終えた悠と真琴は、帰るでもなく、机に浅く腰掛けたまま漫然と話していた。窓からは、燃えるようなオレンジ色の夕日が容赦なく差し込み、机の傷や黒板のチョークの粉を浮かび上がらせていた。
「なあ、悠」
「ん?」
スマートフォンの画面をスクロールしていた真琴が、ふと顔を上げて言った。
「アリってさ」
真琴は少しだけ声を落とし、すでに誰もいない教室の隅をちらりと見た。
「なんか、近づきづらくない?」
昼休みに男子たちが話していたのと同じトーンだった。
悠はスマートフォンを制服のポケットにしまい、少し考えた。
「どうしてそう思うんだ?」
「いや、なんかさ」
真琴はうまく説明できないもどかしさを誤魔化すように、頭を掻いた。
「違う感じがするんだよな。俺たちと」
「違うって、何が?」
「雰囲気かな。着てる服の色使いとか、食ってる弁当の匂いとか、あと、あいつ全然笑わないじゃん。言葉もあんまり通じないし、変に気を使うっていうか……」
真琴は、同意を求めるようにへらっと笑った。
「わかるだろ? 悪気はないんだけどさ、なんか『別の世界の生き物』って感じがして、壁があるっていうか」
悠は真琴の顔を見つめ返し、それから窓の外を見た。
夕焼けの空が、街全体を飲み込むように広がっている。カラスが鳴きながら遠くの鉄塔へ飛んでいく。
そのとき、悠の頭の中にひとつの疑問が浮かんだ。
自分は今まで、どれだけの回数、無意識のうちに線を引いてきただろうか。
背が高い人、背が低い人。
勉強ができる人、できない人。
運動神経がいい人、どんくさい人。
静かな人、うるさい人。
空気を読める人、読めない人。
髪の色、肌の色、名前の響き。
ほんの少しの、ただの「違い」というだけで、人はあっさりと線を引く。
そして、その線の外側に誰かをポツンと置き去りにすることで、自分は線の内側の「安全な多数派」にいるのだと安心する。真琴の言う「壁がある」というのは嘘だ。壁を作っているのは、いつだって「こちら側」なのだ。
悠は、乾いた唇を舐めてから、静かに言った。
「多分さ」
「ん?」
「アリも、全く同じこと思ってるよ」
「何を?」
「俺たちのこと」
悠は真琴の目をまっすぐに見据えた。
「あいつから見たら、俺たちのほうが『言葉が通じなくて、いつも群れてて、何考えてるかわからない、近づきづらい連中』なんだよ。線引いてんのは、お互い様なんじゃないかな」
真琴は一瞬きょとんとし、それから軽く吹き出した。
「なんだよそれ。お前、たまにそういう小難しいこと言うよな。考えすぎだろ」
真琴は立ち上がり、「帰ろうぜ」とカバンを肩にかけた。
悠は答えなかった。ただ、胸の奥の違和感が、夕暮れの影のように少しだけ広がった気がした。昼休みに生まれたあの小さな空洞が、かすかに脈打っているのを感じていた。
第二章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「壁を作っているのは、いつだって『こちら側』なのだ」
悠が気づいたこの事実は、もしかしたら私たちの日常にもあふれていることかもしれません。無意識のうちに引いてしまう「こちら側」と「あちら側」の線。皆さんはどう感じられたでしょうか。
次回(第三章)では、舞台を冬の駅のホームに移し、悠はまた新たな出会いを果たします。胸の「穴」の輪郭が、いよいよはっきりと形を持つエピソードです。
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3日に1話ずつ、投稿していこうと思っています。
次回の更新も、どうぞよろしくお願いいたします。




