【7】隠された四つの真意。反対派を軍門に降らせたエイリアンの「最終工程(ラスト・プロトコル)」
◆7-1◆ 聖域の密約(隠された7つの狙い)
ケニーはデスクの前に立ち、隣のソフィアに短く合図を送った。
彼女が手元の端末を鋭く叩くと、壁面の巨大なモニターが青白く発光し、合衆国の国家構造を解体・再定義した「社会OS」の多層構造図が鮮明に浮かび上がった。
これまでの退屈な財政グラフとは一線を画す、幾何学的で冷徹なその図解に、大統領は息を呑み、身を乗り出す。
「大統領。あなたは盤面をひっくり返すと言いながら、まだ『表面の数字』しか見ていない」
ケニーの声は、モニターの青い光に照らされ、静まり返ったオーバルオフィスに硬質に響いた。
ソフィアが画面上の特定ノードをアクティブにすると、中央に漆黒の7つのアイコンが強調表示される。
「財政赤字の解消、累積債務の完済。それらは、この設計図における単なる『フロントエンド(入り口)』に過ぎません。私がこの政策に組み込んだ真の狙いは、その深層にあります」
「これを聞けば、あなたはもう一度、やる気になるはずだ」
ケニーはモニターの光を背負い、大統領を射抜くような視線で続けた。
「これが『プラチナパスポート』によって強制的に引き起こされる、7つの長期的副次効果です。これこそが、合衆国という停滞したシステムを根底から書き換えるための、ネオ民主主義だ」
ソフィアが最初のアドオンを起動させると、画面上の全米地図が脈動し始めた。
大統領はモニターの最上段に表示された「隠された第1の狙い」を読み上げるなり、その瞳の瞳孔を急激に収縮させた。
「……なんだ、これは。……こんなことが可能だというのか?」
大統領の指先が、モニターを指し示すケニーの手の動きに合わせて震え始める。
第2、第3の狙いが冷徹な数理モデルとして網膜に焼き付けられていくにつれ、彼の顔から憔悴が消え、代わりに底知れぬ驚愕と、ある種の戦慄が広がっていく。
特に第7の狙い――がモニター中央に静止したとき、大統領は呼吸することを忘れ、レゾリュート・デスクの縁を白くなるほど強く掴んだ。
「サワタリ……貴様、正気か? これはもはや、政治ではない。……国家という概念そのものを、一度解体し、再定義するつもりか」
「破壊ではありません。最適化です」
ケニーはデスクに両手をつき、大統領の耳元で、低く、抗いがたい説得力を持って囁いた。
「この7つの狙いが結実したとき、あなたを批判している者たちは、自ら進んであなたの軍門に降るでしょう。民主主義という名の非効率な演劇を、誰の血も流さずに、この『市場原理』という鎖で縛り上げるのです。あなたは歴史上、最も強固な基盤を持つ、全知全能のCEO(大統領)となる」
大統領は、モニターに映し出された「国境の消失」と「資本の奔流」を食い入るように見つめた。
脳内で響く反対派の怒号が、もはや無意味な雑音のように遠ざかっていく。
「……この隠された7つの効果を、外部には?」
「法案の裏に隠された本当の目的、私とソフィア、そしてあなた。この部屋にいる三人以外、誰一人知りません。」
沈黙がオフィスを支配した。大統領は、先ほど自分で書いた『施行停止』の書類を掴むと、それを握り潰して迷わずゴミ箱へ放り捨てた。
「間違いなく、このたった一手で世界は変わるな。サワタリ。君は救世主か、それともこの世界を終わらせる死神か」
大統領は再び、デスクの上のオセロ石を手に取った。
今度はそれを、盤面の中央へ力強く叩きつける。
「いいだろう。世界を敵に回してでも、この『設計図』を完遂させてやる。反対派の連中には、私が直接引導を渡してやる。…夏までには調整を完了させ、全世界に向けた緊急放送を行う」
大統領の瞳には、かつての「リバーシ」を遥かに凌ぐ、冷酷な覇者の光が宿っていた。
◆7-2◆ 執行の号令
オーバルオフィスでの密約から数カ月――
大統領就任から最初の100日を過ぎた頃、
就任前から水面下で集められていた『ファイル』が、ついに一斉に解凍された。
そしてホワイトハウスはかつてない冷徹な「大粛清」の舞台と化していた。
「ミラー分析官、および以下のスタッフ34名のアクセス権限を無効化しました。本日午前9時をもって、全員が『国家安全保障上の懸念』を理由に更迭されます」
ホワイトハウス西棟の長い廊下。
ソフィア・ヴァンスが、シンクタンク時代のケニーの上司であったミラーの顔写真が並ぶリストを、タブレット上でフリックした。
彼女の背後では、武装したシークレットサービスが、ミラーの個人オフィスから段ボール箱を次々と運び出している。
「待ってくれ! こんなことが許されるはずがない! 私は……」
ミラーの叫びは、警護官の冷たい銃床によって遮られた。彼は廊下を引きずられていく。
「彼らの抵抗は?」
ケニーが尋ねると、ソフィアは冷淡な微笑を浮かべた。
「ありません。彼らが過去に受け取った中国系ロビイストからの資金提供、そして不動産取引の裏帳簿を突きつけました。今は自分の身を守るのに必死でしょう。彼らにとっての『正しい政治』の正体なんて、そんなものです」
ケニーは歩みを止めず、大統領の執務室へと続く廊下を進む。
「反対派の議員たちはどうだ」
「大統領から直接、昨夜のうちに電話が入っています。彼らの選挙区への補助金カットを、『財政再建のための不可避なリストラ』として提示しました。従えば、プラチナパスポートによる『再建交付金』を優先配分するという条件付きで。……つまり、彼らの政治的生命に値札をつけたのです」
廊下の突き当たりにある作戦室の重厚なドアが開く。
室内では、ケニーが個人的にリクルートした若きエンジニアやクオンツたちが、数十台のモニターに囲まれてキーボードを叩いていた。
かつてワシントンを支配していた老練な政治家たちの姿はどこにもない。
「全サーバー、暗号化完了。決済ゲートウェイ、アクティブ」
一人のエンジニアが報告する。モニターには、世界中の金融機関と直結したリアルタイムの資金流入シミュレーションが映し出されていた。
法整備、閣僚会議の強行承認、そして反対勢力への徹底したスキャンダル攻撃。
発表前の全ての準備が、血の通わない機械のような正確さで整えられていった。
「大統領の準備は?」
「万全です。今、スピーチライターとあなたが書き直した原稿を読み込んでいます」
ケニーは頷き、時計を確認した。
「あと一週間。世界から『国家』という幻想を剥ぎ取る時間が来る」
◆7-3◆ 最終審判の放送
2025年7月1日。東部標準時、午後2時。
ホワイトハウスのプレスルームは、死のような静寂のあと、爆発寸前の熱気に包まれていた。世界中の数千個のカメラレンズが、演壇に向けられている。一時間前に全社に送られた「歴史的重大発表」の予告に、異常な緊張感を持って特派員たちが息を潜めていた。
ケニーは、演壇の袖、重厚なカーテンの影にソフィアと共に佇んでいた。プレスの連中が放つ汗の匂いと、電子機器が発するオゾンの香りが混ざり合う。ソフィアが手に持った小型端末には、世界各地から特設サイトへのプレアクセスが殺到していることを示すログが、滝のように流れていた。
リバーシ大統領が、重厚な足取りで演壇に現れた。 数千個のフラッシュが一斉に焚かれ、部屋が真っ白に染まる。大統領は一瞬、カーテンの影にいるケニーの方へ視線を走らせ、微かに頷いた。
マイクの前に立った大統領は、原稿を見ることもなく、カメラの向こう側にいる数億人の瞳を直接射抜くように口を開いた。
「わが合衆国の市民、そしてこの放送を凝視している全世界の諸君」
その声は低く、地鳴りのようにプレスルームを震わせた。
「人類は長らく、一つの巨大な錯覚に囚われてきた。『国籍とは、神が与えた運命である』という錯覚だ 。生まれた場所、親の血、あるいは役人の気まぐれな審査。それら不確定で非合理な『運』という鎖が、諸君の人生という資産を縛り続けてきた」
大統領は、演壇を強く叩いた。
「だが、本日をもって、その時代は終わる。合衆国は、建国以来の停滞を脱却し、新たな次元へと移行する。私はここに、『特別国籍販売法』の即時施行を宣言する」
一瞬、世界から音が消えた。
「この瞬間より、わが合衆国の国籍取得を望む者は、血筋や運、あるいは非効率な官僚審査に委ねられることはない 。わが国は、対価を支払う能力と、自らの足で未来を勝ち取る意志を持つすべての人間を等しく歓迎する。合衆国の国民としての権利は、本日をもって世界で最も残酷で、かつ最も公平な審判――『市場』によって管理されるのだ」
大統領は、原稿から目を離し、カメラの向こう側をまっすぐに見据えた。
「アメリカはもはや、ただの国家ではない。世界最大の、そして最高級の価値を持つ『商品』となる。諸君、自分の人生を『運』というゴミ箱に捨て続けるのはやめろ。700万ドル。 それが、諸君が自らの意志で『合衆国』という最強の武器を手に入れるための、自由の時価だ。……私は世界にアメリカを値踏みさせる。本日より、合衆国は真の意味で、自由の国となる」
大統領が宣言文を読み終えた直後、プレスルームの各記者の手元の端末、そして全世界のネット接続デバイスに、ホワイトハウスの公式サイト更新が通知された。
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ケニーは、窓の外に広がるワシントンの空を見つめていた。
ついに、神聖不可侵であった「国籍」という概念に、具体的な値札がついた。
35兆ドルの債務を抱え、沈みゆく泥舟だったアメリカが、世界中の資本を吸い込む巨大なブラックホールへと変貌する瞬間だ。
ケニー・サワタリが仕掛けた「フェーズ1」は、今、大統領が放った最後の一言と共に、完璧な結実を見た。
▼第一部~改革の設計図~完▼




