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もしもアメリカの国籍が「11億円」で買えるようになったら? 〜借金まみれの国家を救う、禁断のプラチナパスポート〜  作者: 京太郎


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【2】用意された「椅子」を蹴り飛ばし、僕は僕の頭脳だけで世界を改革する

◆2ー1◆用意された椅子への拒絶

「……ここ、符号が逆です」

京都大学の演習室。静まり返った教室内で、ケニーの声だけが冷ややかに響いた。

黒板の前で絶句する准教授の傍らに立ち、彼はチョークを走らせる。

複雑に絡み合った数式が、ケニーの手によって瞬く間に解きほぐされ、真実の解へと集約されていった。 周囲の学生たちは息を呑み、天才を見る畏怖の眼差しを向ける。

彼にとって、学問の世界は論理という名の明確な階段を登るだけの単純な作業だった。


その日の午後、廊下で力なく肩を落とす橋本先輩の姿があった。

「……結局、研究費は僕には回ってこなかった。

実績よりも『在籍年数』が優先だってさ」

橋本先輩の手には、海外の学術誌から高い評価を受けたばかりの論文が握られていた。

実力ではなく、年功序列や空気を読むことが優先される日本の研究環境。

その停滞した空気が、ケニーの肌を刺した。

(僕の知性はこの場所では腐っていく)

将来はアメリカに住みたい。知の競争だけが全てを決める世界。

しかし、その門を叩く権利を得るだけでも、彼には超えられない「政治」と「制度」の壁が立ちはだかっていた。


その夜、彼はイギリスに住む父からのメールを開いた。

「アメリカなどという野蛮な成金の国ではなく、オックスフォードに来い。私のコネクションを使えば、お前の席などいくらでもある」という、貴族的な傲慢さが透けて見える文面だった。

ケニーは無表情にそのウィンドウを閉じた。

(父の用意した椅子に座る気はない。僕は僕の頭脳だけで、頂点へ行く)

しかし、現実は残酷だった。廊下では、ケニーより遥かに劣る業績の講師が、教授との「血縁」と「在籍年数」だけで、シカゴ大学との共同研究プロジェクトの代表に選ばれていた。

「実力」が「制度」に踏みにじられる。

その淀んだ空気から逃れるため、彼はインターネットであるキーワードを検索した。


ブラウザに表示されたのは

米国シカゴ大学、博士課程(Ph.D.)の入学申請ページだった。


画面が切り替わり、無機質な入力フォームが並ぶ。 氏名、生年月日、学位。

それらを淡々と埋めていくケニーの指先に、迷いはない。

最後に残されたのは、自分がいかに優れた研究者であるかを証明する「Statement of Purpose(志望理由書)」のアップロードだった。


(「なぜ我が校なのか」だと? そんなものは決まっている)


ケニーはキーボードを叩いた。

「世界で最も過酷な知の競争が行われているのが、貴校だからだ。年功序列も、家柄も、コネクションも通用しない場所。私の脳が、数字という唯一の言語で評価される場所。そこだけが、僕の居場所だ」


それは志望理由というよりも、旧態依然とした世界への宣戦布告だった。

父が用意したオックスフォードの椅子を捨て、日本の大学の澱んだ空気を脱ぎ捨てる。

シカゴ大学への留学は、彼にとって単なる学問のステップではない。自分の知性が、システムという名の鎖に縛られず、どこまで自由に羽ばたけるかを試す「逃走」の始まりだった。


すべての項目を埋め終え、ケニーは「Submit」のボタンを見つめた。

このボタンをクリックすれば、もう後戻りはできない。

京都の静寂な夜の中に、乾いたクリック音が響く。


送信完了のメッセージがモニターを青白く照らし出した。

「待っていろ、シカゴ。僕の知性を、お前たちがどれほど正しく測定できるか、試してやる」

窓の外では、京都の古い街並みが重苦しく沈んでいたが、ケニーの瞳だけは、まだ見ぬ異国の「実力主義」という光に向かって鋭く輝いていた。


◆2ー2◆ それぞれの道と合格通知

京都の街並みが、没個性的なリクルートスーツの集団に占拠され始めた。

皆が同じ歩幅で歩き、同じ面接の正解を語る。

ケニーにとって、それは「個の知性」が「集団の調和」という名の下に去勢されていく不気味な光景にしか見えなかった。

ゼミの仲間たちもまた、それぞれの戦場へと足を踏み出していた。


【マモル:国家の司令塔への志願】

「僕は、この国のポテンシャルを信じているんだ。まだ、終わらせるわけにはいかない」

鴨川沿いの喫茶店で、マモルは端正に整えられた手帳を閉じた。彼は国家公務員総合職試験に合格し、経済産業省(経産省)への入省を決めていた。

日本という国家の産業構造をデザインし、新しい技術や外資を呼び込む、いわば日本経済の「司令塔」だ。


マモルは純粋なエリートだ。彼は、日本の官僚機構こそが世界で最も洗練された管理システムであると信じ、その内側から国家の緩やかな没落を食い止めようとしていた。


「ケニーやタクミの言う『個の力』も理解できる。でも、誰かがルールを整備し、土俵を作らなきゃいけない。僕はその設計者になりたいんだ」

マモルは、既存のルールを疑うことなく、その「最も優秀な運用者」として日本を再興させる道を選んだ。


【タクミ:境界線上の反逆者】

一方で、タクミは早々に組織への帰属を放棄していた。

「履歴書に自分の人生を要約されるなんて、冗談じゃない」


百万遍の古びたアパートの一室。タクミの周囲には、複数のモニターと剥き出しのサーバー、そして山積みの技術書が散乱していた。

彼は自ら開発した独自の暗号資産決済アルゴリズムを武器に、ITスタートアップを立ち上げていた。

「ケニー、お前はアメリカに行く。マモルは国を動かす。だったら俺は、場所にも国籍にも縛られない『新しい経済圏』を創ってやる。コードの美しさだけが評価される世界だ。既存の社会というOSからログアウトして、資本主義の世界で俺自身がルールとなれる場所をな」

タクミは、既存の社会システムを改善するのではなく、全く別のシステムを横から差し込もうとする、若き反逆者の瞳をしていた。


【メイファン:宿命という名の支配】

メイファンは、二人とはまた異なる重圧の中にいた。彼女のスマートフォンには、連日、中国にいる父親から、あるいはグループ企業の役員たちから、簡体字のメッセージが届き続けている。


「私は、選んでいるようでいて、選ばされているのかもしれないわね」

彼女の進路は、卒業後すぐに中国へ戻り、父が経営する巨大テック企業の役員として経営に参画することだ。

「ケニー、あなたは『自分』を証明するために戦うけれど、私は『家族の歴史』を継承するために戦わなきゃいけない。何万人もの社員の生活、そしてアジアのマーケットを動かす責任。それは時に、自分の意思を殺すことを意味する。でも、私はその場所で、私にしかできない『支配』を確立してみせるわ」


彼女は、生まれ持った宿命という名の巨大な権力を受け入れ、大陸の覇者としての人生を歩み出そうとしていた。


◆2ー3◆ 門出の夜:それぞれの戦場へ

2020年3月 京都大学卒業式前日。

「お疲れ、そして全員に乾杯!」

馴染みの居酒屋の座敷は、祝杯をあげる四人の熱気で満ちていた。

シカゴ大学への留学を勝ち取ったケニーを筆頭に、全員が自らの「戦場」を決めた夜だ。


「それにしてもシカゴかよ、冬はマイナス30度だろ?」

真っ先に口を開いたのは、学生ながらITスタートアップを立ち上げたタクミだ。

「ケニー、凍り付いて『人間氷柱』になるなよ。俺は24時間稼働のサーバー熱で年中熱帯夜だけどな! 次に会う時は、シカゴピザみたいに分厚い野望を持った男になってろよ!」


ケニーが「ヒートテックを三枚重ねて耐え抜くよ」と笑うと、

国家公務員として官僚の道へ進むマモルが、静かに、しかし重みのある口調で続けた。

「タクミは相変わらずだな。ケニー、お前が世界で知見を広める間、俺はこの国の仕組みを中から立て直しておく。将来、お前たちの事業や研究を支える強固な国を作るのが俺の仕事だ。互いに背負うものは大きいが、俺たちの世代で日本を変えよう」


二人のやり取りを優雅に、しかし鋭い眼差しで見守っていたのはメイファンだ。

父が経営する巨大テック企業の役員に就任した彼女は、さらりとこう続けた。

「いいわね。マモルが国を整え、タクミが革新を起こし、ケニーが世界最先端を連れてくる。私、役員としてそのすべてを飲み込むような大きなビジネスを仕掛けてあげる。将来、私たちの会社があなたたちを必要とする時、私が一番厳しい条件で交渉してあげるから覚悟しててね」


ケニーは3人の顔をゆっくりと見渡し、胸の奥が熱くなるのを感じた。

「みんな、ありがとう。不安はあるけど、ここで切磋琢磨した日々があるから、どこへ行ってもやっていける気がする」


2年前、将来を語り合っていた頃の幼さはもうない。

そこにあるのは、自らの足で頂点を目指す覚悟を決めた、戦友たちの顔だった。


「よし、次はシカゴで、全員さらにビッグになって乾杯だ!」

タクミの威勢のいい声が響く。

別れは寂しい。けれど、それ以上に彼らの未来は、国家と世界を動かす希望に満ちている。


◆2-4◆京大卒業式と関西空港

【卒業式:時計台下の涙】

時計台の前、折からの春風が卒業生たちのガウンを揺らしていた。

京大特有の喧騒の中、ケニーは手にした卒業証書の重みを噛み締めていた。


「これで、本当に終わりなんだな」

タクミが寂しげに笑い、マモルとメイファンもそれぞれの想いを秘めた眼差しをケニーに向ける。


いつもなら「日本は合理的じゃない」「実力主義のシカゴが僕を呼んでいる」と冷淡に言い放つはずのケニーだったが、その時、眼鏡の奥の瞳が急激に潤んだ。


「……本当は、行きたくない。日本が、この場所が、君たちが……死ぬほど好きなんだ」


堪えきれず、ケニーの頬を涙が伝った。合理性や野心などという言葉では蓋をできない、泥臭いまでの愛着。効率の悪い議論、非合理な飲み会、この国特有の湿り気のある情。そのすべてが、今の彼には愛おしくてならなかった。


「でも、愛しているからこそ、僕は行く。ここに戻ってきた時に、胸を張って『この国を背負う君たちの相棒だ』と言える自分になりたいんだ」

仲間への深い愛を吐露し、ケニーは子供のように泣きながら、京都の空を仰いだ。


【関西空港:決別】

卒業式の翌日、関西国際空港。 出発ゲート前、ケニーの表情からは昨日の涙は完全に消え、冷徹なまでの静理が戻っていた。

見送りに来たタクミ、マモル、メイファンの三人は、その豹変ぶりに、彼がすでに「戦う男」の顔になっていることを悟った。


「じゃあ、行ってくるよ」

ケニーが短く告げ、ゲートへ向かおうとしたその時だった。

それまで静かに見守っていたマモルが、一歩前に出てケニーを呼び止めた。


「ケニー。……結局、君が何しにアメリカへ行くのか、僕らにはハッキリ教えてくれなかったな」

マモルの真剣な眼差しが、ケニーを射抜く。

「研究のため、実力主義のため。それだけじゃないだろ? 官僚としてこの国を預かるであろう僕に、最後だから教えてくれ。君は何をしようとしている?」


タクミとメイファンも、息を呑んでケニーの言葉を待った。

ケニーは足を止め、無機質な搭乗案内板を見上げた後、ゆっくりとマモルに向き直った。


「アメリカは、今この瞬間も世界の覇権国だ」


ケニーの声は、昨日とは打って変わって低く、地平線の先を見据えるような響きを持っていた。

「そこから始めることが、世界を最も早く、最も劇的に変えられる可能性がある。……マモル、僕は新しい制度で、世界中の国々を安定させたい。そして、世界中の人類を幸福にしたいんだ」


マモルが眉をひそめる。

「幸福……? そのために、何をする気だ」

「国家という存在を、市場という最も残酷で公平な審判に晒す」


ケニーの瞳に、狂気にも似た純粋な光が宿った。

「感情や血筋、数だけの暴力である選挙に国家を委ねる時代は終わる。市場のロジックによって国家の価値が冷徹に弾き出される世界。……それを最も早く実現できそうなのが、あのアメリカなんだ。10年以内に、僕がそれを証明してみせる」


その宣言は、出発ゲートを抜ける前の「決別」の儀式であり、同時に世界への宣戦布告でもあった。マモル、タクミ、メイファンがその言葉の重みに沈黙する中、ケニーは一度だけ短く頷いた。


「次に会う時は、君たちが畏怖するような男になって戻ってくる。……じゃあな」

ケニーは今度こそ振り返らずにゲートへと歩き出した。

その背中には、昨日の涙を糧にし、世界のルールそのものをハッキングしようとする若き野心家の覚悟が、冷たい光となって宿っていた。

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