第六章【父との電話】その1
日曜日の午後になった。
簡単な昼食を食べ、二人はキッチンのテーブルに座った。
昼食はエマが作ってくれた。昨日のクリームシチューに茹でたパスタを絡め、チーズとマッシュルームを添えたもの。
チーズの口当たりと塩加減が絶妙で、百華は美味しくて一気に食べてしまった。エマは料理が上手だ。また作って欲しいなと、百華は思った。
テーブルの上を片付けて、目の前に携帯を置き、百華は父晃一に電話をかけた。
事前に二人で何を聞くかを確認しておいた。
①両親の踏切事故のこと
②その後、叔母さんの家でどんな暮らしをしたかということ(特に3年生の夏休み)
③夜中に踏切に行ったことがあるかということ
④何時ぐらいに行ったかと言うこと(これはエマが絶対に知りたいと主張したポイント)
④そこで誰かに会ったかどうかを聞くこと(自然な形で)
電話をかける前、百華は緊張した。こんな感じは初めてだった。
携帯の父の番号を押した。コール音が響いた。音声をスピーカーにした。
大事な話をエマにも聞いてほしかった。数秒で晃一が出た。
「もしもしお父さん。今大丈夫。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「百華、何だい?」
おっとりとした感じの晃一の声が返ってきた。
「今話せる。少し時間が欲しいんだけど、、、」
「大丈夫だよ。百華」
百華は、一瞬間を置いて、
「ちょっと聞きにくい話なんだけど、、お父さんの中二の時の事故の話って聞いてもいい?」
晃一は、一瞬息を飲んだようだったが、すぐに穏やかな雰囲気に戻った。
「いいよ。この前、百華のアパートに行って、百華とエマさんと話をした後、なんとなく昔の話をしてもいいなと思ったんだ」
「そうなんだ」百華は驚いた。
すべてのことに時がある、昔に聞いた言葉を思い出した。
晃一は穏やかに話し出した。
「百華にはあまり話していなかったけど、いつかは話さないといけないと思っていたしね。それに電話の方が話しやすいかもしれないね。いろいろと不思議なことが起きたんだ。あの時は・・・」
父の言葉を聞き、百華は質問し始めた。
「あの時の事故って、お父さんのワゴン車に後ろから居眠り運転の車が追突したんだよね。お父さんその時のこと覚えてる?」
「青いワゴン車の事故だよね。お父さんは三列目の一番後ろのシートに座っていた」
「青いワゴン車?車の色は、、、青だったのね」
「そう青だった。それにもしあの時シートベルトをつけていなかったら、多分死んでいたと思うよ」
「死ななくてよかったね」
「そうだね。今はそう思うけど、当時はそうは思えなかったんだ」
百華は、どうしてそう思ったのかと聞きたくなったが、敢えて話題を変えた。
「事故の車は、青いワゴン車だったのね。でも珍しい色じゃない?」
「お父さんのお母さんが好きだった色。青空の色で、お父さんも、とても気に入っていた」
晃一は、まるで今目の前で見ているかのように、その時の状況を話し出した。
百華の祖父が運転していたこと、助手席に祖母が座っていたこと。夜の11時ごろだったこと。ちょうどその時、目を覚ましたこと。直ぐ後ろに一台車が止まっていたこと。後ろの方で車のぶつかる音がして、後ろの車がワゴン車にぶつかってきたこと。押されてワゴン車が踏切の中に押し込まれたこと。右から電車がやってきたこと、強烈な電車のヘッドライトを受けて、祖父母の後ろ姿が目に焼きついたこと。車の前面に電車がぶつかった瞬間、音と衝撃を受けて、目の前が真っ暗になったこと。気がつくと、車の全面が大破し、真ん中ちょうど潰れ、後ろの隙間に父がいて奇跡的にかすり傷程度だったこと。その後救急車に乗せられたこと。真子叔母さんがやってきたこと。両親の死を知らされたこと。葬式のこと。その前後の記憶があまり無いこと。真子叔母さんの家に住むようになったこと・・・
父の話は止まらなかった。
百華は黙って聞いていた。
しかし聞かないといけないことがある。
百華は口を開いた。
「お父さん。もしかしたら時々事故の後、何度かあの踏切に行っていなかった」
少年のうつむいた表情が目に浮かんだ。
「うん、行っていた。当時は多分、鬱状態だったと思うんだ。事故の同じ時間帯に、何度かあの踏切に行ったと思う」
「事故は夜の11時ごろだったんだよね」
「午後11時3分、上り行き電車」
晃一は反射的に答えた。声のトーンが暗かった。
百華は、父晃一氏に、両親が亡くなった事故についての話を聞きだします。当時の彼がどうして暗い顔をしていたのかが、はっきりと分かってきます。
引き続き、続きをお楽しみください。
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