94話「ハルナ、新たな友達・祐介の母親また来た」
94話「ハルナ、新たな友達・祐介の母親また来た」
「ハルナちゃん、こっちこっち!」
朝の光が柔らかく差し込む保育園の園庭で、あいりちゃんの声が弾けた。ハルナはにこっと笑い、小さな手をぶんぶん振りながら駆け寄っていく。足元の砂がふわりと舞い、青空に溶けていくような無邪気な笑顔。
「せーのっ、ジャンプ!」
ふたりは手を繋ぎ、ロープ跳びの縄を飛び越えるたびに、笑い声が重なっていった。
そんな中、ふと新しい顔が現れる。
「……あれ? だれ?」
園庭の片隅、砂場の近くで立ちすくんでいた女の子。まだ制服も馴染んでいない様子で、手にはお気に入りらしいぬいぐるみをぎゅっと抱えている。くるくるの髪をツインテールにして、目を伏せがちに立っているその子に、ハルナがゆっくりと歩み寄る。
「こんにちは、ハルナだよ」
その子は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに小さく「……ゆいです」と名乗った。
「一緒に遊ぶ?」
ハルナの言葉に、ゆいちゃんはおそるおそる頷いた。
それからの時間は、まるで魔法のようにあっという間だった。
三人でブランコに乗って、おままごとをして、お絵かきもした。
「これ、わたしのママ!」
ゆいちゃんが描いたクレヨンの絵に、ハルナとあいりちゃんが「上手〜!」と褒めるたび、彼女の頬はほんのり赤くなっていた。
⸻
夕方。
「ハルナ〜、帰るぞ〜」
祐介の声に、ハルナはすぐに手を振った。
「ゆいちゃんとね、いっぱい遊んだの!」
「そっか、よかったなぁ」
歩きながら、ハルナは今日の出来事を楽しそうに話す。
「ゆいちゃん、今日から来たんだって。あのね、おままごとのとき、わたしがママで、ゆいちゃんが子どもだったの!」
祐介は微笑みながら、ハルナの頭をくしゃっと撫でる。
「ハルナはすぐ仲良くなれるなぁ。えらいえらい」
「えへへ〜」
家の角を曲がると、なぜか見慣れた人物が玄関前に仁王立ちていた。
「……え?」
「あら、ちょうど帰ってきたのね」
祐介の母、つまりハルナのおばあちゃんが、優雅に麦茶を片手に笑っていた。
「なんでいるの!?」
祐介が半ば叫び声で聞くと、母は澄ました顔で答えた。
「孫に会いたかったからよ。郵送したカツオは届いた?」
「え、カツオ…?…」
「まだ、届いてなかったのね?今朝送ったのだけど……まぁ、いいわ!はいこれ、おやつ。ミレービスケット。ハルナちゃんにもあるわよ」
「やったー!」
ハルナは両手を上げて喜び、祐介は額を押さえた。
⸻
リビングで、三人はテーブルを囲んでいた。
祐介は麦茶、母は煎茶、ハルナはカルピス。テーブルの中央には、ミレービスケットが山のように盛られている。
「これ、なつかしいな〜!」
祐介が口にすると、母はにっこりと笑う。
「さやかとあんたが小さい頃、いつも取り合いしてたじゃない」
「それ、姉貴が一人で袋抱えて食べようとしたからだろ」
「でもあの子、あなたの分ちゃんと残してたわよ。見えないとこに隠して」
ハルナが不思議そうに二人を見ていると、チャイムが鳴った。
「え? 誰だ?」
祐介が玄関を開けると、そこにはスーツ姿のさやかが立っていた。
「ただいまーっ! 仕事終わったー!」
「……あっ」
祐介が思わず声を漏らすのと同時に、リビングから母親の声が響く。
「……また突撃訪問?」
リビングに顔を出した瞬間、さやかが固まった。
「……え、なんでいるの!? てか、なんでお茶してんの!?」
「こっちのセリフよ。連絡なしで突然来て、またやらかして」
「うう……だってハルナに会いたかったし……」
「私も孫に会いたくて来たんだけどね?」
「それは……勝てない……」
テーブルについたさやかは、しょんぼりと机の上に山のようにあった、ミレービスケットをつまむ。そして、一枚口に入れて、目を見開いた。
「……これ……!」
「懐かしいだろ?」
祐介が笑うと、さやかも小さく微笑んだ。
「ほんとに……。これでよくケンカしたよね」
「でも、最後には一緒に食べてた」
「うん」
ハルナは二人を見ながら、にこにことビスケットをぽりぽりしていた。
「これ、おいしい!」
「でしょ〜!」とさやかが嬉しそうに叫ぶと、母親が少し意地悪そうに笑った。
「じゃあ、今度送ってあげようかしら。取り合いにならないように、いっぱい」
「やった〜!」
「ありがと、母さん」
「ありがとう、おばちゃ――」
祐介が慌ててハルナを止めた。
「お・ば・あ・ちゃん、だよな?」
「……うん!」
ハルナはしっかりと頷いた。
さやかが一瞬、びくっと肩を震わせていたのは──たぶん、気のせいじゃなかった。