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91話「夏休み?2」

第91話「夏休み?2」


「はーい! ハルナちゃん、こっちだよー!」


「うんっ、あいりちゃん、まってー!」


夏の朝。セミの鳴き声が背中を押すように響く中、ビニールプールが広げられた岡本家の庭は、子どもたちの元気な声でにぎわっていた。今日の主役は、もちろんハルナとあいりちゃん、そしてしおりちゃんの3人組だ。


「お、おい祐介、もうちょっと水足した方がいいか? なんかまだ浅くね?」


「これ以上足すとこぼれるだろ……」


岡本と祐介は、タンクトップ姿で外に立っていた。炎天下の中、すでにタオルを首に巻き、日焼け止めを塗りたくっている。もちろん、完全に“子守り係”である。


「でもさあ……子どもってすぐ飽きない? せっかく膨らませたのに、10分で“もういい〜”とか言い出されたら泣くぞ俺」


「そうなったらホースで水遊びに切り替えるしかないな……あ、ほらハルナ、水かけてきたぞ」


「うわっ、冷たっ! こらー! ハルナちゃーん、それパパたちにかける用じゃないよ〜!」


「えへへ、ごめーん」


にこにこと笑ってホースの先をあいりちゃんに渡すハルナ。その後ろでは、しおりちゃんが慎重にバケツで水をすくっては足元にかけ、ちょっとひゃっとして笑っている。


「あ〜、いいなぁ……元気だなぁ……」


「岡本、お前が老け込むにはまだ早いだろ……」


「いやさ、最近さ……娘たちがなんていうか、女の子らしくなってきたなって……こう、言葉遣いとか、仕草とか。ちょっと前まで、ホースで泥投げてたくせにさ」


「あー、わかるわそれ……。ハルナも最近“かわいくなる!”とか言いながら髪結ぶし、やけに“おしゃれ”に敏感だよな」


「しおりちゃんに影響されてるのかもな。あの子、しっかりしてるし」


「そうだな……」


祐介は、3人の子どもたちが笑い合っている様子を静かに見守っていた。水しぶきがキラキラと朝日に反射して、まるで宝石のように輝いていた。


「――なあ、祐介。夏って、いいな」


「……ああ。ほんと、いいな」



「たのしかったー!」


「プールさいこー!」


午後2時過ぎ。プール遊びが一段落したあと、冷たいアイスを手に子どもたちは縁側で並んで座っていた。3人とも顔を真っ赤にして、ぐいぐいとアイスをかじっている。


「こらこら、頭キーンってなるぞ?」


「だいじょーぶ! ハルナ、つよいから!」


「しおりちゃんは、ちょっといたい……」


「うーん……ゆっくりたべよっか!」


そんなやりとりをしながら、子どもたちはほんのりと日焼けした頬をアイスで冷やすように押し付けていた。


祐介は、その様子をそっとスマホに収めた。


「――この写真、あと10年もしたら宝物になるんだろうな……」


「なあ祐介、お前さ、最近急に“父親”っぽくなってきたよな」


「え、どこが?」


「なんかこう……背中に貫禄? あ、ちょっとおっさん化もあるけど」


「それ褒めてんのか……?」


「褒めてるよ。俺もだけどさ、こういう時間を過ごせるって、幸せなことなんだよな。今までバタバタしてたけど、やっと“今”を楽しめるようになったっていうか」


「……そうだな。ほんと、そうだな」


祐介は、庭に広がる夏の匂い――濡れた芝生の匂い、アイスの甘い香り、そして蝉の声――を全身で味わっていた。



夕方になり、子どもたちはそれぞれ帰る時間になった。


「ハルナちゃん、またあしたあそぼ!」


「うん! またプールしようね!」


「ばいばーい!」


岡本夫妻があいりとしおりを連れて家の中に戻っていくのを見送り、祐介はタオルでハルナの髪をやさしく拭いていた。


「ねえパパ、きょう、たのしかった?」


「もちろん。ハルナは?」


「うんっ! すっごくたのしかった!」


「それはよかった。いっぱい遊んで、いっぱい笑って、いっぱいご飯食べて、よく寝て。――それが一番だな」


「うん!」


その後、祐介はハルナの手を引いて帰路についた。陽が傾き始めた道には、少しだけ涼しい風が吹いていた。



その夜。


「――ねえ、パパ」


「ん?」


布団の中、ハルナは少し目をぱちぱちさせながら、眠そうに祐介を見上げていた。


「……あしたも、あそぼうね」


「もちろん。約束だ」


「やくそくー!」


小さな手と大きな手が重なり、ぱちんと音を立てて、夏の一日が静かに幕を閉じた。



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