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90話「夏休み?1」

第90話「夏休み?1」


「パパー! おきてーっ!」


朝の静寂を破って響く、ハルナの元気な声。その声に祐介は、寝ぼけ眼をこすりながらベッドから体を起こす。


「……ん、なんだ……もう朝か……?」


カーテン越しに差し込む朝の光は、すでに夏の勢いを帯びている。外では蝉の声がけたたましく鳴いていた。


「ほら、パパ、きょうからなつやすみってせんせーがいってたよ!」


ハルナは嬉しそうに、小さな手にプリントを握りしめている。その紙をひったくるように受け取った祐介は、ぱちぱちと目を瞬きながら、内容に目を通した。


「……え、マジで? 保育園、今日から夏休み?」


「うんっ! なつやすみ! なつやすみ!」


ハルナは小さな体をバウンドさせるように布団の上で跳ねている。祐介は、ああ……そういや保育園もカリキュラム的に夏休みがあるって話、姉貴からも聞いたなと思い出した。


「てことは……今日からずっと家か……」


「あのねあのね、ハルナね、いろんなとこいきたい! すいぞくかんとか、スカイツリーとか、あと、おとまりもしたい!」


「おとまり? ……そっか、そうだよな……」


祐介は、娘の無邪気な期待にどう応えるかを少しだけ悩む。まだ仕事の調整もしていないし、夏休みが始まるとはいえ、日中の対応をどうするかも決まっていない。


「……よし、まずは朝ご飯食べようか。な?」


「うんっ!」


ハルナは嬉しそうに飛び跳ねて、先にリビングへと走っていった。その後ろ姿を見て、祐介は深いため息をつきながら、スマホを手に取った。


「……姉貴、頼れるかな……?」


姉・さやかは、前に出張から戻ったばかり。出張中でも毎日ビデオ通話を欠かさなかったくらいにはハルナに甘い。とはいえ、さやかにも仕事がある。全日面倒を見てもらうわけにもいかない。


――どうする、俺。


そんな思案をしながら、祐介はいつもより少し遅い朝を始めた。



「ぱぱー! テレビでね、なつやすみはいっぱいおもいでつくろうっていってた!」


「おう、そうだな」


テレビでは子供向け番組が流れており、ちょうど「夏休みの目標を立てよう!」というテーマだった。ハルナはそれを見て、自分の目標を考え始めていた。


「ハルナね、すいえいじょうずになる! あと、えにっきかく!」


「お、すごいな。じゃあ毎日、何したか絵に描くか」


「うんっ! ぱぱも、かいていいよ?」


「パパは……見る専門で……」


「えー!」


そんなやり取りをしていると、インターホンが鳴った。画面を見ると、そこには見慣れた顔――さやかが立っていた。


「おねーちゃ……じゃなかった、さやかお姉ちゃん!」


「よしよし、えらいぞー!」


インターホン越しにすでに満面の笑みを浮かべるさやかに、祐介は「はいはい、開けるから」とぼやきながら玄関へ向かった。


「お前、昨日来たばっかじゃなかったっけ?」


「いいじゃん、ハルナのなつやすみなんだから! ほら、これ見てよ。夏休みお助けスケジュール表!」


「……なんだそれ……」


手渡されたのは、カラー印刷されたスケジュール表。曜日ごとに誰がどの日を担当するかが決まっているらしく、岡本家や椎名の名前まで書いてあった。


「まさか、全員に根回し済み……?」


「当然!」


さやかは胸を張った。さすが、仕事でも剛腕を振るうだけはある。


「えっと、今日は……?」


「今日はわたしと交代。午後から祐介は会社行っていいよ」


「……いや、いいのか?」


「大丈夫、ちゃんと午後だけの出勤で許可もらってる。上司は……あんたの部長だっけ? もう話つけてある!」


「……姉貴、お前ほんとに……」


祐介は、頭を抱える。もう完全に、夏休みのプロジェクトは姉主導で動いているらしい。



午後、祐介は会社に出勤した。昼過ぎとはいえ、炎天下の中をスーツで出勤するのはなかなかに堪えた。


社内では、すでに岡本が祐介の席にやってきて、軽く叩く。


「夏休み突入か? いいなー、ハルナちゃんと毎日一緒とか、まじ羨ましいわ」


「まあ、ありがたいけど……体力が持たないな。今日の午前中だけでもうバテてる」


「そりゃそうだ。俺んとこも、嫁と交代制で面倒見るスケジュール作ったぞ」


「……まさか、お前んとこも……」


「さやかさん主導だよ。全部やってくれた。俺らは名前書くだけ。ま、助かるっちゃ助かるけどな」


祐介は深く頷いた。まさに、姉が動けば何でも整う。恐ろしいほどの行動力に改めて感心するしかなかった。



その日の夜。


「ぱぱー! きょうね、さやかおねえちゃんとすいかわりしたよ!」


「まじか、もうそんな季節か……」


「それでねー、あたまにすいかのたねがついたー!」


「それ、叱られなかったか?」


「ううん、さやかおねえちゃんわらってた!」


祐介は笑って、ハルナの頭をぽんぽんと撫でる。


「そっか。じゃあ、明日は何する?」


「えーとねー……あしたは、あいりちゃんのおうちでプール!」


「岡本んとこか。気をつけろよ?」


「うん!」


こうして、ハルナの夏休みは元気いっぱいに始まった。保育園がない時間、彼女にとっては新しい日々の幕開けだ。


――そして祐介にとっても、それはまた一つ、新しい「親としての挑戦」の始まりでもあった。


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