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87話 姉、出張、ガチ泣き

87話 姉、出張、ガチ泣き


「ピンポーン」


電子音とともに玄関チャイムが鳴ったのは、夕飯を食べ終え、ハルナが食後のアイスを口に運んでいたときだった。


「ぱぱー、だれかきたー」


ハルナがスプーンを咥えながら俺の方を見上げた。俺は座椅子から立ち上がり、玄関へと歩を進めた。ドアスコープを覗くまでもなく、聞き慣れた足音と、鼻をすすってるような音で来訪者は分かった。


「……姉貴か」


ドアを開けると、やっぱりそこには姉貴が立っていた。スーツ姿、目元は赤く、そして涙の跡がくっきりと残っている。ハルナに何かあったのかと一瞬で思ったが、後ろにはいつもの姉のマイカーがしっかり駐車されているし、何より手には大量のコンビニ袋をぶら下げていた。


「姉貴……どうした。泣いてんのか?」


「……祐介ぇぇぇぇぇぇぇえええええええ!!」


姉貴が突然俺に抱きついてきた。涙声だ。思いっきりスーツが濡れた。


「ちょっ、落ち着けって、家ん中入れ、ほら」


「うううぅ……ハルナ……ハルナに会えなくなるぅ……」


「は? 何言ってんだよ、なんかあったのか?」


リビングに入った姉貴は、ハルナの顔を見るなり、再びわああと号泣。ハルナが目を丸くして姉貴を見上げる。


「さやかおばちゃん、どしたの……?」


――その瞬間、姉貴の動きが止まった。ガタガタと震える膝が、次の瞬間には崩れ落ちていた。


「……お、おばちゃん……?」


「ぐはぁっ!!」


膝を床について、白目を剥きながらぶっ倒れそうになる姉貴。とりあえず支えてソファに座らせた。


「おい、姉貴……」


「聞いてよ祐介……ひっく……ハルナに……おばちゃん……って……言われたのぉぉ……」


「いや、それは……まあ……そうなるだろ……」


「さやかおばちゃん、さやかおばちゃんって……ハルナが言うのぉ……!!」


「言わせたの先生だろ……」


姉貴はソファでひとしきり泣きながら、ハルナに手を伸ばす。


「ハルナぁぁぁ……おばちゃんじゃないのぉ……! おねいちゃん、なのぉぉ……!」


「うーん……でも、せんせいが……」


「せんせいがぁぁぁぁああああああ!!!!」


なぜかキレる姉貴。それでも、ハルナが姉貴の手にぴょこんと座って抱きついた途端、涙がピタリと止まった。


「……おばちゃん、がんばって」


「うっ……うっ……ハルナぁ……」


「どしたの? がんばるの?」


「うん……出張、行かなきゃいけなくなってね……北海道に……」


「ほっかいどう?」


ハルナが首を傾げる。姉貴はゆっくりと説明を始めた。来週から二週間、北海道の支社へ出張になったらしい。元々噂はあったが、正式に辞令が出たのは今日の午後。その瞬間から頭に浮かんだのはハルナの顔ばかりだったという。


「だって……二週間も会えないなんて……考えただけで……」


姉貴はまたハルナを抱きしめた。俺はキッチンからティッシュを一箱、そっと差し出す。


「ぱぱー、さやかおばちゃん、ないてるよー」


「おねいちゃん、な?」


「でもおばちゃんっていわれたし……」


「うっ……!」


姉貴が再び倒れかけた。とりあえず、ハルナの言葉の重さを知る夜だった。



「……で、さやかおばちゃん、いついくの?」


「……来週の月曜日……たぶん最終日まで生きて帰れるか分からない……」


「いや、それはないから」


ハルナは心配そうに姉貴を見つめていたが、すぐに笑顔を浮かべて、手を握った。


「おばちゃん、がんばってね!」


「うっ……ありがとうぉ……!!」


姉貴は本格的に泣き出した。俺はキッチンでお茶を淹れながら、少しだけ苦笑いを浮かべる。ハルナにここまで想われるってのは、やっぱすごいことだな。


その夜、姉貴はハルナの膝枕で寝落ちしていた。



後日談として、姉貴は北海道出張の間、毎晩ビデオ通話をかけてくることになる。通話開始五秒で「ハルナぁ……!」と叫び、会議の合間にも動画でハルナの様子を送ってこいと何度も頼まれた。


そして、二週間後――。


姉貴は最終日、朝の便で帰ってきて、その足で直接うちに突撃訪問。旅行バッグどころか、巨大な段ボール箱を三つも抱えて登場した。


「ハルナー!! 会いたかったあああああ!!」


ハルナが玄関に出た瞬間、姉貴はダッシュして抱きついた。箱の中には、北海道銘菓、お土産のぬいぐるみ、そして……白いおばちゃんTシャツ(なぜ)。


「ねえねえ、これなにー?」


「それは……うん、ちょっとしたおばちゃんからの愛……」


俺は思わず頭を抱えた。


「姉貴……なんでそれ買ったんだよ……」


「いいじゃない……面白かったから……」


「で、これからまた来るのか?」


「もちろん! この愛を届けるために、毎週!」


ハルナが笑っていた。


姉貴も泣いていた。


初夏の終わりに、またひとつ、家族の絆が深まった――。


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