74話 姉貴、岡本、椎名の再会
第74話「姉貴、岡本、椎名の再会」
金曜日の午後、笹原祐介は岡本と並んで職場の廊下を歩いていた。終業のチャイムまであと一時間。デスクに戻る前に軽く伸びをして、隣の岡本に話しかける。
「そろそろ行くか。お迎え」
「おう。今日は金曜だし、子どもたち、テンション上がってるだろうな」
祐介と岡本は、ほぼ毎日一緒に保育園へ子どもを迎えに行く。ハルナ、あいり、しおり。三人は最近になって急速に仲良くなり、まるで昔からの幼なじみのように遊んでいる。
エレベーターに乗ると、祐介はふと思い出す。
「そういやさ、ハルナ、昨日“あいりちゃんとしおりちゃんと、おうちでおやつ食べたい!”って言ってたな」
「ん、それって……」
「つまり、今日誘われると思う」
「うちの娘は確実に乗るな。しおりちゃん次第だが……」
「おうち、おやつ、あそぶ……。三拍子揃ってたら断る理由ないよな、4歳児にとって」
二人は笑い合いながら、会社を後にした。
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保育園の門をくぐると、子どもたちの声がワーッと聞こえてきた。園庭では何人かが鬼ごっこをしており、その中に、ハルナとあいり、しおりの姿もあった。
「あっ、ぱぱーっ!」
ハルナが真っ先に祐介を見つけて、駆け寄ってきた。続いてあいりも、岡本の足に飛びつく。
「ぱぱーっ、きょうは、あそびにいっていい?」
「あー……来たな」祐介は予想通りの展開に苦笑しながら、「誰と遊ぶの?」
「しおりちゃんと、あいりちゃんと!ねっ!」
しおりも小さく手を上げた。
祐介と岡本は視線を交わし、うなずいた。
「よし、じゃあ今日はうちでおやつ会だな」
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祐介宅のリビングには、いつもの三人が揃って並び、小さなテーブルを囲んでいた。フルーツポンチ、ヨーグルト、そして少しだけクッキーも。女の子たちはスプーンを手に大はしゃぎしながら「おいしい!」「あまーい!」と盛り上がっていた。
祐介はキッチンでお茶を淹れながら、その様子を見て微笑む。
「平和だな……」
すると、インターホンが鳴った。
ピンポーン。
画面に映ったのは──さやかだった。
「げっ……」
「ん?誰か来たのか?」
岡本がリビングから顔を出す。
「姉貴だ……」
「また突撃かよ」
玄関を開けると、エアコンの風が恋しかったという理由だけで現れた姉貴が、にっこり笑っていた。
「やっほ、ハルナちゃんたち、遊んでる~?」
「お、おう。勝手にどうぞ……」
さやかがリビングに入った瞬間、女の子たちが歓声を上げた。
「さやかおねいちゃーん!」
「はいはい、こんにちは、かわいこちゃんたち~!」
さやかはバッグから小さなお菓子セットを取り出し、まるでアイドルのように振る舞いながら三人の間にすっと入った。
「なにその扱い……」祐介がぼそっとつぶやく。
だが、それから間もなく、再びインターホンが鳴る。
「ん?」
画面に映ったのは、岡本の妻──そしてしおりの母親、椎名だった。
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リビングには三人の女性が並び、子どもたちはおままごとに夢中だった。
「椎名……じゃなくて、今は佐久間か」
「ううん、今は椎名のままだよ。離婚したわけじゃなくて、あの姓を選んだだけ。仕事の都合で」
「なるほど……」
祐介が目を丸くする横で、さやかが目を細めて言った。
「ほんっと、久しぶりね……椎名。高校ぶりかしら。あの時以来?」
「まさか、また再会するとは思わなかったよ。しかも、こんな形で……」
岡本の妻が笑う。「しかも、みんな娘持ち。時代感じるねぇ……」
岡本が懐かしそうに一言、漏らす。
「なあ……思い出すな、高校の頃」
祐介が「あー、あれか」と苦笑する。
「帰り道、橋の上で」
「そうそう、お前の姉貴と、椎名と、うちの嫁が……」
「乱闘してたな」
「いやいや!やめて!ほんとやめて!」さやかが一気に立ち上がる。
「もう、祐介!岡本くんも!なんでそういうこと言うの!」
「そうよ!あれは正当防衛だったの!相手のギャルがね、道でぶつかってきて!」
「わたしも止めたじゃん!」
三人の声が重なり、リビングが戦場と化す。
「えっと……おままごと中の子たちに悪影響が……」祐介が苦笑するが、ハルナたちは至って平和に「パパとママごっこ」を続けていた。
岡本が小さく祐介にささやく。
「この三人、昔から最強だったよな……」
「ああ、うっかり地雷を踏むと、な……」
三人はしばらく黒歴史トークに抗議を続けたが、やがて笑い合いながらお茶を飲み始めた。
子どもたちの笑い声と、大人たちの懐かしさが混ざり合い、笹原家のリビングには心地よい時間が流れていた。