6話ピクニック
【第6話】ピクニック
朝から空は雲ひとつない快晴だった。
春の空気はほんのりと甘く、少しずつ色づき始めた街路樹が風に揺れている。新しい家での生活にも少しずつ慣れてきた週末、祐介はある提案をした。
「なあハルナ、今日はピクニックでも行ってみるか?」
「ぴくにっく? なにそれ!」
「えーと、外でお弁当食べたり、遊んだりするやつ」
「いく! いくいくいくっ!」
ハルナは、もはや説明などいらない勢いでぴょんぴょん跳ねていた。
新生活の慌ただしさもあって、外に出てゆっくり遊ぶのは実はこれが初めてだった。祐介は少し遅めの朝食をすませると、キッチンで即席のお弁当作りを始めた。
「玉子焼きとウインナーは定番だよな……あと、おにぎりは……鮭と梅でいいか」
「ゆーすけ、なにしてるの?」
「お弁当つくってる。ハルナの分もあるぞ」
「わーっ!」
椅子に座って足をぶらぶらさせながら、ハルナは嬉しそうにおにぎりが握られていく様子を眺めていた。途中で勝手に一つつまみ食いして、「あちち!」と叫びながら笑う。祐介もつられて笑ってしまう。
昔、自分の父親もこうやって料理してたっけな──ふとそんなことを思い出した。
***
近所の大きな公園までは、歩いて十五分ほどだった。
新居から見て南の方向に広がる、池のある緑地公園。芝生が広く、子ども向けの遊具もたくさんある。休日ということもあり、すでに多くの家族連れが訪れていた。
ハルナは見るなり駆け出し、滑り台を一目散に目指す。
「ゆーすけ、みてみてーっ!」
「お、おい、ちょっと待て!」
祐介はレジャーシートとお弁当の入ったバッグを芝生の上に広げ、見守るように腰を下ろす。
──ふと思う。
こうして外で一緒に遊ぶのも、「普通の家族」のように見えるのだろうか。
たしかに、傍目には違和感などないはずだ。20代後半の男と、3歳くらいの女の子。父と娘としては不自然ではない。……ただし、「血のつながりはない」「戸籍も存在しない」「言語すらつい最近まで通じなかった」という点を除けば。
けれど。
ハルナの笑顔は、祐介にとって何より自然な風景だった。
「いっくよー! しゅーっ!」
滑り台をすべるたびに歓声をあげ、ブランコでは空を飛ぶみたいに足を振って──。
たったひとつのブランコに並んで座り、隣で笑っているその光景は──確かに“家族”だった。
昼になり、お腹が空いたところで、二人はレジャーシートに戻った。
「はい、お待ちかねのお弁当です」
「わーっ! おにぎり!」
「食べる前に、なんて言うんだ?」
「いっただきまーす!」
ハルナは両手を合わせて、口いっぱいにおにぎりをほおばった。
「……うまっ!」
その笑顔に、祐介の疲れは吹き飛んだ。
子どもがうまそうに食べる姿を見て、こんなに幸せになれるなんて。会社勤めだけしていたときの自分には、想像もできなかった感情だった。
「ハルナ、好きな具とかあるか? 今度買っておくよ」
「おかかすきー! あと、うめぼし!」
「しぶいな、お前……」
「しぶいってなにー?」
「うーん、パパっぽいってことかな」
「ぱぱっぽい!」
また笑う。祐介も笑った。
そんな二人のやり取りを、少し離れたベンチに座る老婦人が、微笑ましそうに見ていた。
「あら、仲の良い親子さんね」
「え? ああ……はい。ありがとうございます」
「お嬢さん、よく笑うわねえ。いい子ね」
「……ええ、まあ。俺の自慢の娘です」
言ってから、自分でも驚いた。
でも──それは、心からの本音だった。
この子がいてくれてよかった。出会えて、本当によかった。
帰り道、ハルナは疲れたのか祐介の手を握ったまま眠ってしまいそうになっていた。
ふらふらと歩く姿に、祐介はしゃがんで言った。
「おい、抱っこしてやろうか?」
「うん……」
ハルナは素直に頷き、祐介の腕の中に収まった。
軽い。けれど、たしかに“重み”がある。
守らなきゃならないものの重さだ。
初めてのピクニックは、ほんの小さな思い出になった。
でも、そんな“小さな一日”が、きっとこの先──家族の絆をつくっていく。
祐介は眠そうにしがみつくハルナの頭をそっと撫でながら、帰り道を歩いた。