68話浮き輪を買いに行く
第68話「浮き輪買いに行く」
「パパ!うきわってどこにあるの?ピンクがいい!おおきいの!あと、あいりちゃんとおなじの!」
その朝、ハルナは朝ごはんの最中から“浮き輪”の話題で頭がいっぱいだった。保育園からのお便りで、今月末にある“海あそび体験”の準備が進んでいるらしく、先日あいりちゃんから「うきわ買ってもらったよ〜」と聞いたことで火がついたのだ。
「よし、今日買いに行くか。パパも岡本と約束してるしな」
実は先週、祐介と岡本は保育園のイベントに合わせて娘たちに浮き輪やラッシュガード、サンダルなどを買いに行く予定を立てていた。都内の大型ショッピングモールに行けば、夏物特設コーナーもあり、子ども向けの商品が揃う。
「パパ!パパ!おでかけ!」
「はいはい、慌てなくてもちゃんと連れてってやるよ」
朝食を終えると、ハルナは自分でリュックにお気に入りのくまさんとおやつポーチを入れ、玄関でスタンバイしていた。祐介は内心「くまさんまで?」と笑ったが、もう慣れたものだ。
岡本家とは現地集合。到着したショッピングモールの駐車場にはすでに岡本の車が停まっていて、あいりがハルナに気づいて手を振っていた。
「はるなちゃーん!こっちー!」
「あいりちゃーん!」
まるで運命の再会かというほどのテンションで駆け寄る二人。祐介と岡本はその後ろを追いながら、いつものようにお互いのパパトークを交わす。
「最近どう?パパ業」
「いやもう、寝顔で全部チャラよ」
「だな。俺なんて昨日『あいりとけっこんしてくれる?』って言われて、泣きそうになったわ」
「……それは尊い」
向かったのはモールの3階、夏物特設コーナー。色とりどりの浮き輪、ラッシュガード、ゴーグル、シュノーケル。まるで海そのものを詰め込んだような賑やかさに、ハルナとあいりは目を輝かせた。
「パパ!これ!」
ハルナが真っ先に指差したのは、ピンク地にイルカや貝殻のイラストが描かれた可愛らしい浮き輪だった。サイズもぴったりで、岡本家のあいりが持っているものと同じシリーズだった。
「これがいいの?ほんとに?」
「うんっ!」
「よし、買おう」
そのあと、ラッシュガードやビーチサンダルも選び、両家のカゴはあっという間に子ども用グッズでいっぱいになった。会計を終えてからフードコートでランチをとり、子どもたちがうどんをすすっている間、祐介は何気なくスマホの画面を眺めながら岡本に話しかけた。
「なあ、……ほんとにあの子たち、成長早いよな」
「うんうん、最近もう口ごたえもするしな」
「ハルナもさ、最近『ぱぱ、だめ!』って普通に言ってくるんだよ」
「わかるわかる。でもさ、……それも成長なんだよな」
その何気ない会話が、祐介にとっては少しじんと来た。たった数ヶ月前、彼女は言葉も通じず、おそるおそる世界に触れていた。今はどうだ。自分で意思を持ち、主張し、そして笑う。あの日、夢に現れたルルシアさんの言葉が、ふと胸をよぎる。
「……大人になったあなたを、見られないのは残念ですが……」
「祐介?」
「ん、いや、なんでもない」
ランチを終えたあと、モール内のキッズスペースで二人は思いきり遊び、最後はアイスクリームで締めた。ハルナはチョコチップ、あいりはストロベリー。頬をくっつけて並ぶ姿に、大人たちはまた親バカモードに入る。
「ぱぱ、ありがとう!」
「うんうん、パパも楽しかったぞ」
買い物袋を抱え、車に乗り込むとすぐにハルナはうとうととし始めた。後部座席でくまさんを抱きしめながら、小さく寝息を立てる。
信号待ちの間、祐介はルームミラー越しにその顔を見て、そっと呟いた。
「パパは……ちゃんと守ってやるよ。ずっとな」
祐介は静かにアクセルを踏んだ。