67話初めての川遊び
第67話「初めての川遊び」
「ぱぱー、ほんとに、かわにいくの?」
「行くよ。今日は川遊びって決まってるんだからな」
祐介の言葉に、ハルナは朝からぴょんぴょんと跳ねるように玄関を行ったり来たりしていた。リュックの中には姉貴――さやかおねいちゃんが用意してくれた着替えとタオル、そしてハルナが自分で詰めたお気に入りのぬいぐるみの“くまさん”。どうしても連れていきたいというので、川遊びには使えないと説明したうえで、「一緒に車でお出かけするだけだよ」と条件つきで了承した。
今日は岡本家と合同で、都内から少し離れた川辺へ行く予定だった。あいりも楽しみにしていたらしく、朝からLINEには「うちの娘、テンションMAXです(笑)」と岡本からメッセージが届いていた。
「パパ! あいりちゃんもくる?」
「来るよ。向こうで待ち合わせだから、今から出発な」
ハルナは嬉しそうに頷き、車に乗り込んだ。最近姉貴が買ってくれた新しいチャイルドシートに、よじ登るように座る。シートベルトをカチリと締めてから、「しゅっぱーつ!」と元気に声を上げた。
高速を少し走った後、山間部の緑に囲まれた清流のほとりへ到着したのは10時過ぎ。駐車場に岡本家の車が既に停まっていて、手を振るあいりと奥さんの姿が見えた。
「ハルナ〜!」
「あいりちゃーん!」
お互いの姿を見た瞬間、二人はリュックを背負ったまま走り出し、砂利の上で勢いよく抱き合った。
「ホント仲良いよな、あのふたり」
「なぁ。なんかもう将来が見えるレベルで」
祐介と岡本は苦笑いを交わした後、子どもたちに日焼け止めを塗って、浅瀬に一緒に降りていく。川の水は澄んでいて、膝下くらいまでの深さ。冷たくて心地よい。
「うわぁ、つめたーい!」
「つめたい!でもきもちいい!」
最初こそ驚いていたハルナも、すぐに足で水をパシャパシャとはね飛ばしながら、あいりと水かけ合戦を始めた。大人たちは小さな折りたたみ椅子に座って足だけ浸し、娘たちのはしゃぐ姿を眺めながら、冷たい麦茶で喉を潤した。
しばらく遊んだ後、あいりが小さな石に足を取られて転び、尻もちをついた。泣くかと思いきや――
「だいじょうぶ? あいりちゃん」
と、ハルナがさっと近づき手を差し出した。あいりは少し涙目になりながらもその手を取って立ち上がり、「ありがとう……」と小さく呟いた。
「あれ……成長したなぁ」
「俺もちょっとグッときた」
岡本と祐介は、思わず親バカ丸出しで目を細める。こうして少しずつ、娘たちは世界と、そして誰かとの距離を測れるようになっていくんだろう。
昼は川辺で簡単なレジャーランチ。おにぎり、唐揚げ、ポテトサラダ――すべて奥さんと祐介の姉貴が作ってくれたものだった。川辺の木陰で、冷たい水と鳥の声に囲まれながら食べるごはんの美味しさに、ハルナは「ぱぱ、これ、いちばんおいしい!」と満面の笑顔。
午後は再び川で水遊び。今度は祐介もズボンをまくって川に入り、ハルナと一緒に小さな魚を追いかけたり、流れに葉っぱを浮かべて競争したりした。
「パパ、はやく〜!」
「おう、まてまて!」
そんな他愛ないやりとりが、何よりも幸せだった。夕方になり、日が傾きはじめると、さすがに冷えてきたので着替えを済ませて撤収。車に戻ると、ハルナはくまさんを抱いたまま、助手席であっという間に眠ってしまった。
帰り道、助手席の小さな寝顔を横目に、祐介はふと空を見上げた。
「……ああ。こんな日が、ずっと続けばいいな」
そう呟いた声に、返事をする者はいない。だけどその願いが、未来のどこかで実を結ぶような気がしてならなかった。
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