65話20歳のハルナへ手紙
65話「20歳のハルナへ手紙」
春のやわらかな陽光が窓から差し込む静かな朝、祐介はリビングのテーブルに座り、静かにペンを走らせていた。手元にある白い便せんは、彼の心に秘めた想いがぎっしりと詰まったものだった。そう、これはただの手紙ではない。あの日、夢の中で出会ったルルシアさん、ハルナの母親から預かった言伝を未来のハルナに伝えるための大切な手紙だった。
「20歳のハルナへ――」
祐介はその文字をゆっくり丁寧に書きながら、あの夢で交わした言葉を思い返していた。あの優しい笑顔の女性が、種族間の長く激しい戦争の中、ただ一人でも娘の命を守ろうと、自らの魂の一部を託したこと。幼いハルナをこの世界へ送り出し、二度と会えないことを覚悟しながらも、彼女に幸せになってほしいと願ったその切実な想い。
「祐介達に愛されて、大人になったあなたはどんな子になりましたか?お母様に似ていますか?それともお父様?素敵な人とは出会いましたか?優しくてたくましい人だったらお父様と一緒ですよ。あなたは祐介さんたちのそばで自由に育って欲しい。大人になったあなたを見られないのは残念ですが、幸せに育ってくれたのなら私は本望です。それだけがお母様としての最後の願い。そしてお母様とお父様はあなたを一生愛しています。それだけは忘れないでね、ハルナ……」
あの言葉はまるで温かな灯火のように祐介の胸を照らしていた。
「よし……これでいい。」
祐介は最後の一筆を終えると、そっと手紙を封筒に入れた。その重みはただの紙切れ以上のものに感じられた。未来に向けて紡ぐ想い、それは父としての決意でもあった。
その日の夕方、祐介はふと思い出した。「そうだ、ネットで『未来郵便』っていうサービスがあるらしい。手紙を未来の日付に届けてくれるって話だ。」
スマートフォンを手に取り、検索をかける。すぐに出てきたのは、未来の自分や他人に手紙やメッセージを送ることができるサービスの案内だった。祐介は半信半疑ながらも、ルルシアさんの願いをかなえる方法としてこれ以上のものはないと感じた。
登録を済ませ、手紙を写真に撮ってアップロード。配達予定日を「ハルナが20歳になる日」に設定する。これで、ハルナが成人し、自立した頃にこの手紙が届けられるのだ。
数日後の夕暮れ、いつもの散歩道を歩く祐介とハルナ。春風が穏やかに揺れて、満開の花がほほ笑んでいる。
「ねぇ、パパ、あれ何?」ハルナが指差すのは、近所の郵便ポストだった。
祐介は鞄から封筒をそっと取り出し、ポストへと近づく。
「ちょっとね、ハルナに届けたい手紙があるんだ。」
「手紙?」ハルナは首をかしげてこちらを見る。
「そう、ハルナが大きくなったときに読むための、パパからの手紙さ。」
「ふーん、パパってすごいね。」
その無邪気な笑顔に祐介の胸は熱くなった。ゆっくりと封筒を差し込んだ。
「これで、ハルナが20歳になったときに届くんだよ。きっとわかる日が来るさ。」
「わかった!楽しみだな、パパ!」
二人は並んで歩き出した。ハルナはまだ幼いが、未来の自分のために父が何かをしていることを不思議そうに感じつつも、どこか嬉しそうだった。
夜、家に戻った祐介はふとテーブルの上に手紙のコピーを置き、じっと見つめた。自分が今していることは小さな一歩かもしれない。しかし、それが大切な娘の未来につながるのなら、どんなことでもやり遂げたいと思った。
「この子の人生を、誰よりも大切に守ろう。」
その決意が、これから先の長い道のりを照らす灯火となった。
翌朝、眠るハルナの頭をそっと撫でながら、祐介は優しく呟いた。
「ハルナ、いつかこの手紙を読んだら、君に伝えたいことがある。君は一人じゃない。パパも、姉貴も、そしてお母様もお父様も、みんな君のことを愛しているんだ。」
そして、祐介はそっと目を閉じて、深く静かに呼吸を整えた。これからもずっと、この愛を胸に育んでいくのだと。