64話 ハルナの母と会話
作者からコメント(今回のみ少し長いです。感動もあるのでどうか最後まで読んでくれると嬉しいです。
【第64話:ハルナの母と会話】
朝の光がまだ届かない、静かな夜明け前の時間。祐介は不意に目を覚ました。
夢を見ていた。それはあまりにも現実味がありすぎて、まるで実際に体験したかのようだった。
──お花畑だった。
色とりどりの花が風に揺れ、その中央に小さな丸テーブルと椅子が三脚置かれていた。
そこには笑顔のハルナがいて、その向かいに、見知らぬ女性が座っていた。
いや、違う。
その女性は、見知らぬはずなのに、どこか懐かしい、そしてどこか「似ている」面影を持っていた。
澄んだ緑の目、柔らかな金髪、そしてほんのりと尖った耳……エルフのような、けれど人間に近しい特徴。
「……あなたは、ハルナの……?」
祐介の言葉に女性は静かに微笑んだ。
「ルルシア=エイヴァン……ハルナの母です」
──やっぱり。
心の中に確信のような何かが走った。夢なのに、祐介の中の直感が告げていた。「この人が、ハルナの母親だ」と。
「ここは……?」
「夢の中。正確には、あなたとハルナの意識が交わる場所。そして、私の魂が最後に宿った場所」
ルルシアはお茶を注ぎながら穏やかに語る。テーブルの上には湯気を立てるカップが三つ、そしてハルナはお花畑で嬉しそうに花冠を作っていた。
「ハルナを……日本に送ったのは、あなたですか」
「ええ。もうあの世界では……私たちの生きる場所はなかった。村は焼かれ、多くの仲間は殺されました。私の夫──アベルニアも……彼は、村を守るために……」
ルルシアの目に、かすかな悲しみが浮かぶ。その瞳に一瞬、紅く染まった空と、倒れる長の姿が映った気がした。
「私たちの種族は、元々土地を多く持っていなかったの。森の中、小さな村で静かに暮らしていました。でも、それが気に入らなかった種族がいて……攻めてきたの」
祐介は言葉を失っていた。現実離れした話──なのに、妙にリアルだった。
「なぜ……ハルナを俺のところに?」
「あなたを見つけたのは偶然。でも、あの子を任せられるのは……あなたしかいないと、そう思ったの」
「どうして、そんな風に思えたんですか?」
ルルシアは一拍置いて、優しく微笑んだ。
「夢の中で見たわ。あなたが、泣いているあの子を抱きしめている姿を。大丈夫だって、何度も言ってくれている姿を」
その光景に覚えがあった。あの日、初めてハルナが現れた朝。祐介は夢の中で、確かに女の人に「この子をお願いします」と託された。
「じゃあ、あの時の……あれも夢じゃなくて……」
「あなたと私を繋いでいた、最後の魔力。それが、あの夢の正体」
──魔力。そう、魔法のようなもの。
「この世界で……魔法は使えるんですか?」
「私たちの種族はあまり得意ではないけど……魔力は少しだけあるわ。ハルナには適性はあまりないけれど、少しだけ……物を動かしたりはできるかもしれない」
「……でも、あなたはもう……」
ルルシアの表情が穏やかに、少しだけ寂しそうに揺れた。
「ええ。今話している私は……私の魂の一部。ハルナをこちらへ送った時、全ての魔力を使い果たして、私は……本体はもう、あちらの世界では死んでいます」
その事実に、祐介は目を見開いた。
「そんな……」
「最後に、もう一度だけ、話したかったの。ハルナのこと……あなたの口から、聞きたくて」
祐介は、ハルナのことを話した。保育園で友達ができたこと。毎日笑っていること。アニメが好きで、甘えん坊で、そして少し泣き虫なこと。
ルルシアは目を細め、ハルナの頭を撫でながら、ゆっくりと祈るように微笑んだ。
「よかった……本当によかった……」
「会えないんですか? 一度でも……」
「もう私には魔力がない。今こうして話しているのも、奇跡のようなもの」
そう言って、ルルシアの体が少しずつ淡く、透けていく。
「最後に、あの子に伝えて欲しい言葉があるの。大人になったらでいいの」
ルルシアの声が、空気のように柔らかく、花の香りと共に響く。
ーー
「祐介達に愛されて、大人になったあなたはどんな子になりましたか? お母様に似てますか? それともお父様? 素敵な人とは出会いましたか? 優しくてたくましい人だったら、お父様と一緒ですよ」
「あなたは祐介さんたちのそばで、自由に育って欲しい。大人になったあなたを見られないのは残念だけど……」
「幸せに育ってくれたなら、それだけで私は本望です。それだけが、お母様としての最後の願い」
「そして最後に──お母様とお父様は、あなたを一生愛しています。それだけは忘れないでね、ハルナ……」
──そして、夢は終わった。
祐介が目を覚ますと、朝の光がカーテン越しに、差し込んでいた。隣には、すやすやと寝息を立てるハルナがいた。丸くなって、安心しきった顔で。
祐介は、ハルナの頭にそっと手を伸ばし、優しく撫でた。
「もう……この子は一人なんだな。家族は、俺だけなんだな」
涙が自然と溢れてきた。止まらなかった。
「ちゃんと、守るからな……絶対、絶対に守るから。だから……安心してくれ、ルルシアさん」
小さなハルナの寝顔に、そっとキスをする。これが、祐介にとっての「父としての決意」だった。
作者からコメント(2000字以上ある、今回の母親との会話を読んでくれてありがとうございます。
次回からほのぼのした日常生活をお送りします。
今後とも「異世界から娘が来たので、独身サラリーマンだった俺が突然パパになりました。」を何卒よろしくお願いします。