63話「ぱぱとハルナ、市民プール」
63話「ぱぱとハルナ、市民プール」
「パパ、プールいこ!」
朝からテンションMAXの声に、俺は目覚ましが鳴る前に叩き起こされた。まだ7時。日曜日の朝としては致命的な時間帯だったが、布団の中から覗くハルナの顔は、もう準備万端で目がキラキラしている。
「……お、おう……。でもまだ開いてないよ、プール……」
「いいの! まえにパパがいったの! はやくいったほうが、こまないって!」
「え、俺そんなこと言ったっけ?」
「いった! はやくいこう!」
間違いない。完全に俺の言葉がブーメランとして返ってきてる。寝ぼけた頭でなんとか状況を理解しつつ、渋々布団から出ると、すでにハルナは水着の上にワンピースを着て、足には小さなビーチサンダルという完璧な「準備できてるよ!」モードだった。
「パパ、おそい!」
「……せめて朝ご飯食べさせて……」
なんとかパンをトーストし、牛乳を飲ませ、バタバタと準備して家を出た。行き先は市民プール。車で15分ほどの距離にある、子ども用の浅いプールが併設された施設だ。数日前に姉貴に「水着ある?」と聞かれ、「何に使うんだ?」と疑問を返した結果、「今週末に連れて行ってあげなさいよ! 夏休み前よ!?」と鬼の形相で言われた場所である。
まんまとハルナにバラされたわけだ。
「パパー、うさぎさん、ちゃんともってきた?」
「うさぎさん……? ああ、浮き輪な」
「うんっ!」
プール施設に到着すると、思った以上に混んでいた。やはり夏休み前の日曜日、人が少ないわけがない。子どもたちの歓声があちこちから聞こえ、水しぶきがきらめく中、ハルナは俺の手を引っ張って駆け出す。
「パパ! あそこにいこう! あそこ!」
指差すのは、子ども用の浅いプール。すでに数人の子どもが水の中ではしゃぎ、大人たちは日陰で様子を見ている。
「じゃあ、準備しようか。浮き輪ふくらませないとな……」
「ハルナがふくらます!」
「いや、それはパパの仕事……!」
とはいえ、小さな体で一生懸命息を吹き込もうとする姿はかわいらしくて、少しだけそのまま見守ってしまった。
結局、俺が仕上げをして浮き輪完成。ハルナは大喜びで浮き輪を抱えてプールへ向かった。
「パパ、いっしょにはいろ!」
「え? 俺も?」
「はいるの!」
渋々、俺も足を水に入れた瞬間──
「うおっ、冷てぇ……!」
「パパ、おおげさ!」
笑いながらバシャバシャと水を跳ねさせるハルナに、他の子どもたちも寄ってきて、自然と輪ができていた。
「なまえ、なんていうの?」
「あたし、ハルナ!」
「じゃあ、いっしょにあそぼ!」
「うん!」
……なんというか、あっという間に友達を作る力がすごい。俺なんて、子どもの頃は砂場に一人でいたタイプなのに。
日陰から見守りながら、時々水に入ってハルナと一緒に遊び、しばらくしてからベンチで一休みすることに。
「パパー、つかれた〜」
「いっぱい遊んだもんな」
「パパ、たのしい?」
「もちろん」
「……パパと、こうやって、いっしょにいられるの、うれしいの」
不意にそう言われて、俺は息を呑んだ。
ハルナは汗ばんだ頬にタオルを当てながら、ちょっとだけ照れたように笑っている。その笑顔が、たまらなく、胸を突く。
「……パパも、すごくうれしいよ」
俺の言葉に、ハルナはふにゃっと笑った。
そうしてまたプールに戻り、午後までたっぷりと水と戯れたあと、帰りの車内。後部座席の新しいチャイルドシートに座ったハルナは、いつの間にかぐっすりと寝ていた。
水遊びの疲れもあって、頬はほんのり赤く、口元には薄く笑みが残っている。
「おつかれさま、ハルナ」
俺は静かにそう言って、エアコンの風を少し弱めた。
夏の日の、ほんの小さな思い出。
でもそれは、きっと一生忘れない記憶になる。