61話魔法?
第61話「魔法?」
ある日の午後、リビングの窓から柔らかな陽光が差し込み、ハルナはお気に入りのクレヨンを手に机に向かっていた。色とりどりの紙の上には、丸や三角、そして不思議な生き物のような絵がにぎやかに描かれている。
「できたー!」
そう言ってハルナは満足げに紙を持ち上げ、祐介に見せた。そこには青い空と緑の草原、そして、空を飛ぶ羽の生えた動物の姿が描かれていた。
「おお、すごいな! ハルナ、絵が上手になったね」
祐介は微笑みながら絵を覗き込んだ。すると、その瞬間、不意にクレヨンがひとりでに動き出したかのように見えた。まるで風が吹いたようにクレヨンが動き、紙の上で線を描き足していく。祐介は思わず目を見開いた。
「え……今の、見間違いか?」
「えへへ、ハルナ、なにかしたの?」
「ううん、してないよ!」
ハルナは首をかしげ、無邪気に笑った。
祐介は再び目を凝らすと、紙の上の線が少しずつ伸びて、先ほど描いた羽の生き物がくるくると動いているように見えた。まるで魔法のようだ。
「ハルナ、もしかして魔法が使えるのか?」
「まほう? うん、ハルナ、まほうだいすき!」
ハルナの目はキラキラと輝き、魔法という言葉に憧れを隠せない。
「でもね、ハルナ、何度やっても魔法は使えないみたいだ」
祐介は笑いながらも、どこか不思議そうに言った。何かが起きているのは確かだが、偶然なのか、ハルナの知らない力なのかはわからなかった。
「お父さんの気のせいじゃないかな?」
祐介はそう結論づけ、ハルナも納得した様子だった。
その夜、祐介はこっそり姉・さやかにLINEで報告した。
「今日、ハルナの絵で不思議なことがあったんだ。まるでクレヨンが動いてるみたいで」
返事はすぐに来た。
「それは面白いね。もしかしたらエルフの血が少しずつ出てきてるのかも。エルフは魔法使いの血筋だし」
祐介は考え込んだ。確かにハルナの耳もそうだし、彼女には普通の子どもにはない何かがあるのかもしれない。
「でも気をつけて。無理に魔法を使おうとすると、ハルナが怖がるかもしれないから」
そうアドバイスをもらい、祐介は安心した。
翌朝、ハルナはまたお絵描きを始め、祐介も一緒にその様子を見守った。魔法の力があるかはわからないが、ハルナが楽しそうなのが何よりだった。
「ねえ、ぱぱ、きょうもまほうできるかな?」
「うーん、今日は見えないけど、ハルナの笑顔が一番の魔法だよ」
ハルナは満面の笑みを浮かべて「ぱぱ、だいすき!」と言った。
祐介は胸が熱くなり、優しくハルナの頭を撫でた。
この不思議な出来事が何なのか、それはまだわからない。けれど、ハルナと過ごす日々は、いつも魔法のように特別で、かけがえのないものだった。