表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/93

60話エルフの耳

第60話「エルフの耳」


「……あれ? ハルナちゃんの耳って、ちょっと……」


保育園のお迎え時、玄関ホールにいた母親たちの声がふと耳に入った。


祐介は一瞬、心臓が跳ね上がる音を聞いた気がした。


――まさか、耳を見られた?


今日のハルナは朝から少し機嫌がよく、いつもよりも元気に髪を結ってほしいとお願いしてきた。いつもなら耳を隠すような髪型にしているのに、「ハルナ、あたま、ちょんちょんにしてー!」とツインテールにしたがった。祐介としても可愛らしいその姿に逆らえるはずもなく、軽い気持ちで結んでしまったのだった。


だが、それが裏目に出た。


エルフの耳。普通の人間の耳とは違い、ほんのり尖ったその形状は、見る人が見れば一発でわかる特徴だ。


(くそっ、やっちまった……)


「お、おいハルナ、帰るぞー!」


祐介は咄嗟に声を張り、ハルナの手を引いて駐車場まで急ぎ足で歩いた。園の門を出るまでは、誰かが話しかけてくるんじゃないかと内心びくびくだったが、奇跡的に何も言われなかった。


助手席に乗せ、チャイルドシートのベルトを締めながら、祐介はハルナの耳をさりげなく確認する。


(……見えてるな。完全に見えてる)


本人は気にしていない様子で「せんせいねー、きょうカエルさんだったのー」と話しているが、問題は周囲だ。大人はまだしも、子供同士の間で噂が広がればどうなるか。


(……どうしたもんかな、これ)


その日の夜、祐介は姉――さやかに連絡を入れた。


「……で? 耳が見えたって?」


通話越しに聞こえてくる姉の声は、どこかくぐもっていた。風呂上がりらしい。すでに寝巻きに着替えているのだろう。


「ツインテールにしたら思いっきり出ててさ。……母親たち、気づいてたっぽい」


「ふーん。でも、保育園のママたちなら大丈夫なんじゃないの? あいりちゃんち、すでにバレてるし」


「そうなんだけど……」


祐介は唇を噛んだ。


あいりちゃんの母親は事情を察している。そして岡本の家族も含めて、ある程度のことは受け入れてくれている。だが、保育園全体となると話は別だ。


もしも「耳が尖っている=人間じゃない?」という疑問を持たれれば、最悪の場合、偏見や過剰な詮索につながる可能性もある。


「とりあえず、明日からは耳が隠れる髪型に戻そうと思ってる。……ハルナが嫌がらなければ、だけど」


「うーん、私が結ってあげようか?」


「……あ?」


「なにその警戒した声。あたし、美容学校行ってたでしょ。ちょっとは技術あるんだから」


祐介は返す言葉が見つからず、黙ってしまった。


姉が美容学校に通っていたのは事実だ。ただし、その後の進路が保育士とは関係ない方向へ迷走し、さらにロリ……いや、妹属性方面に突っ走っているのもまた事実である。


「まぁいいわ。明日、家寄るわね。ハルナちゃんの耳に似合う髪型、考えておくから」


「勝手に決めるなよ……」


「えー? でも祐介、私のこと、信頼してるでしょ?」


「……おまえなぁ」


電話を切ったあと、祐介は深いため息をついた。


明日からまた一波乱ありそうな気がする。ハルナの可愛さは武器でもあり、弱点でもある。



翌朝、姉は案の定、突撃訪問してきた。手には美容師が使うようなコームとスプレー、そしてヘアアクセサリーの袋がいくつもあった。


「おはよ〜。さてと、ハルナちゃんは?」


「あ……おきてるよ。あさごはんたべてる」


ハルナはトーストの端をかじりながら、姉を見上げて「さやかおねいちゃん!」と笑顔を見せた。


「おはよう、ハルナちゃん。今日はね、かわいくしてあげるからね〜!」


「やった〜! おねいちゃん、ちょんちょんしてくれるの〜?」


「ちょんちょんより、今日は……“ハーフアップ編み込みリボン隠し”にしてみようか!」


「なにそれ〜!? つよそう〜!」


「強いよー、耳も隠れるしね〜」


祐介はその会話を聞きながら、こっそりコーヒーを飲んでごまかす。姉はこういうとき、本当に頼りになる。問題は――


「はい、できた〜! どう? 祐介。可愛いでしょ、天使でしょ、合法でしょ?」


――その後に必ず一言多いことだ。


「可愛いけど、最後の余計」


「えー? 褒めたんだけどなぁ?」


「……ハルナ、歯磨きしたら保育園行くぞ」


「うんっ! おねいちゃんありがと〜!」



その日、祐介は保育園まで送り届けたあと、ハルナの後ろ姿を見送った。姉が編み込んでくれた髪型は、確かに耳を自然に隠していた。しかも可愛らしく、幼女として完成されている。


(……完敗だな)


親として、娘のことは誰よりも理解していたつもりだった。だが、姉のように女の子としての「魅せ方」に関しては、やはり一日の長がある。


それを認めるのは、なんだかちょっと癪だった。


仕事帰り、姉からLINEが届いていた。


「明日も結ってあげよっか? 週2くらいならボランティアでやってあげる♡」


祐介は「ありがとう」とだけ返した。


本当はもっといろいろ言いたかったけれど、それを文字にすると負けた気がしたからだ。



その夜、ハルナは風呂場で一言、こう言った。


「ぱぱ〜、きょうね、おともだちに『かわいいね』っていわれた〜!」


「そっか……よかったな」


「うんっ!」


祐介はハルナの頭を洗いながら、そっと耳元を見つめた。


そこにあるのは、誰とも違う、小さくて愛しい特徴。


守りたい。


それがどんなに変わっていても、特別であっても、俺の娘に変わりはない。


そう心に誓った夜だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ