5話 引越し
【第5話】引越し
引越し2日目。
配送業者のトラックが新居の前に到着した。
「では、こちらの荷物はすべて運び入れますので、ご確認お願いします!」
ーー何事!?
そんなことを思っていたが、姉からLINEが入った。
ーー家具やハルナちゃんのお洋服送ったよ♡
やはりあの姉からだった。山のように積まれていくダンボール、運び出されている冷蔵庫やソファ、洗濯機を見ながら祐介は呆然としてた。
「すげえ……完璧すぎる……」
積まれたダンボールの山。照明の下で光る新品の冷蔵庫。そして備え付けの大きなダイニングテーブルに、L字型のソファ、最新のドラム式洗濯機(乾燥機付き)。
祐介がこんな“家庭っぽい”家具に囲まれる日が来るとは思わなかった。
ハルナはというと──。
「はこ、いっぱい!」
家の中を探検するより、トラックに積まれていた箱そのものに興味津々のようだった。どこからか段ボールの切れ端を拾ってきては、剣のように振り回して遊んでいる。
「はるな、それは“ちいさな冒険者”のつもりか?」
「ぼーけんしゃ! ゆーすけ、まおー!」
「なんで俺が魔王なんだよ!?」
「たいせん! たいせーん!」
満面の笑みで棒を突き出してくるハルナに、祐介はおもちゃの杖で応戦した。
業者のお兄さんたちは笑いをこらえながら荷物を運び、祐介は少し気恥ずかしさを感じながらも、「まあ、こういうのも悪くない」と思い始めていた。
荷解きが終わったのは、夕方五時過ぎだった。
「ふぅ……。疲れた……」
祐介はリビングの床にへたり込む。
家具の配置や電化製品の接続、キッチンの整理、カーテンの取り付け。男一人でも地味に大変な作業だった。しかも、途中で何度も「ぱぱー、あそぼー!」の声が飛んできて、作業効率は下がる一方だった。
けれど──それも含めて、“家族”なんだろう。
「ねえ、ゆーすけ!」
「おう、なに?」
ハルナが、なにかを見せびらかすようにリビングに走ってきた。
手にしていたのは、祐介の古いアルバム。姉が勝手に荷物に詰め込んだのか、それとも実家にあったものか。
ページをめくると、祐介の幼少期の写真が並んでいた。
泥だらけの野球ユニフォーム、ランドセルを背負った入学式、親父に肩車された七五三。
……そして、母親に手を引かれて笑う、小さな自分。
ハルナは写真を見て、少し考え込んでから言った。
「ゆーすけ……ちっちゃかった」
「ああ。俺も昔はハルナくらいだったんだよ」
「そーなの?」
「ああ。誰でも最初は子どもだからな」
そう言って、祐介はアルバムを閉じた。
家の中は、新しいのにどこか懐かしく、すでに“自分たちの場所”という空気ができつつあった。
夜──。
「ねえ、はるなのへや、どこ?」
「ほら、こっち。階段上がって、右側」
新しい家には、ちゃんとした子ども部屋がある。可愛らしい壁紙に、小さなベッドと棚。姉が手配した家具だが、どれもセンスがよくて、無機質ではない温もりがあった。
ハルナはベッドに座って、嬉しそうにクッションを抱きしめた。
「ふかふか!」
「よかったな」
そのあと、風呂も済ませて、パジャマに着替えさせた。ちなみに、パジャマも姉が選んだらしく、なぜか“猫耳付き”だった。
「ゆーすけ、かわいい?」
「かわいいけど、着せたヤツは完全にアウトだと思う」
「アウト?」
「……大人になったら説明してやる」
ベッドに入る前、ハルナは天井を見ながらぽつりと言った。
「ゆーすけ……ここ、ずっとすむ?」
「そうだよ。ここが、俺たちの家だ」
「ずっと? はるな、ずっとここにいていい?」
祐介は一瞬、答えに詰まった。
“本当にそれを保証していいのか”という、自問が胸をかすめる。
だが──。
「ずっとだよ」
祐介はハルナの頭を優しく撫でて、もう一度言った。
「ここが、お前の家だ。ずっと一緒にいような」
「……うん!」
小さな返事が、毛布の奥から返ってきた。
夜が、静かに降りてきた。
引越しという人生の節目は、祐介とハルナにとって──“家族になるための第一歩”だったのかもしれない。