56話 保育園お遊戯会準備1後半
第56話:保育園お遊戯会準備1後半
土曜日の朝、俺は少し寝坊してしまった。
目覚ましは鳴っていたはずなのに、昨日の疲れが溜まっていたのか、珍しく二度寝してしまったらしい。時計を見ると、すでに7時20分を回っていた。
「ヤバい……!」
慌てて起き上がると、すでにハルナの声がリビングから聞こえてくる。
「パパー、きょう、ほいくえんいくんだよー!パパー!」
その声に胸が締めつけられる。
朝からこんなに元気に俺を呼んでくれる娘がいる。起きる理由なんて、それだけで十分だ。
「悪い悪い、すぐ行くっ!」
顔を洗い、シャツを着替えてリビングに向かうと、ハルナはすでに制服ではなく、私服に着替え、リュックを背負っていた。まだ出かけるまで2時間以上あるというのに、そのやる気と気合いに笑ってしまう。
「ハルナ……張り切りすぎじゃないか?」
「きょうはね、おほしさまのおようふく、つくるの!せんせいが、“おうちのひとと、いっしょに”って!」
そう、今日の保育園は、親子で参加する「お遊戯会準備」の日だった。衣装作りや簡単なダンスの練習があって、子どもたちは親と一緒に参加する形になる。
「はいはい、じゃあ朝ごはん食べよう。ホットケーキでいいか?」
「たべるーっ!」
朝から元気な返事が返ってくる。
俺は手早く材料を用意して、ホットプレートを温める。
「さやかおねいちゃん、こないのー?」
「姉貴は仕事だってさ。っていうか、昨日の夜中にLINE来てた。“明日は写真と動画を送れ”だとよ」
「うふふ……さやかおねいちゃん、また“おいしそう”っていうかな?」
ハルナが無邪気に笑う。姉貴の変態性癖をまだ理解していない無垢な笑顔。それが逆に心配だ。
――そして午前10時、保育園のホール。
保護者がぞろぞろと集まってくる中、俺たちも手を繋いで中に入った。
年少、年中、年長と分かれ、それぞれの担任が指導を始めていた。
ハルナたち年少クラスの出し物は「おほしさまたちの夜空ダンス」。
子どもたちは金色の折り紙を貼りつけた冠と、マントのような布を身に着ける予定らしい。
「それじゃあ、衣装を一緒に作っていきましょうね〜」
先生の掛け声に合わせて、各家庭に配布された手芸キットを開く。中には金色の布、柔らかいフェルト、マジックテープ、そしてシールが入っていた。
「パパ、これ、きるの?」
「そう。ハルナのために、世界一かっこいい“おほしさま”にしてやるよ」
「うふふっ、たのしみっ!」
そう言いながら、ハルナはフェルトを握ってニコニコしていた。
俺は隣に座った岡本の奥さんと軽く会釈する。どうやらあいりちゃんも同じ“おほしさま役”らしく、横で岡本が苦戦していた。
「いや〜、裁縫とかマジで無理……」
「はさみでまっすぐ切るのも難しいっすよね……」
「うちの嫁に完全に任せてるわ」
そんな会話を交わしながらも、俺は器用にフェルトを切って、金色の星をマントに縫い付けていく。
「すごーい!パパ、じょうず〜!」
「そりゃな、パパはなんでもできるんだぞ」
「ほんとに〜?ほんとにほんとに?」
「ほんとのほんとだ」
そんなやりとりをしていると、先生がカメラを持って近づいてきた。
「はーい、いいですね〜、パパと一緒に作ってるところ、写真撮りますね〜!」
カシャ、カシャ、とシャッター音が響くたび、ハルナは顔を赤くしながらも嬉しそうだった。
「パパ、しゃしんとった……」
「記念だからな。姉貴にも送ってやるよ」
衣装づくりが終わると、子どもたちは軽いダンス練習に入る。
保護者は見学にまわり、俺は後ろからハルナの姿を見守る。
小さな手足を精一杯動かし、先生の動きに合わせてキラキラポーズを取るハルナ。
よく見ると、動きは少しぎこちない。でも――誰よりも一生懸命だった。
(本当に……成長したな)
あの日、夢で出会った少女。
そして、現実に現れて「パパ」と出会った小さな命が、今、こんなにも生き生きと輝いている。
俺は、知らず知らずのうちに、胸の奥が熱くなっているのを感じた。
「……パパ、みてた?」
ダンス練習が終わって、走って戻ってきたハルナが、顔を上げて訊いてきた。
「見てたとも。最高にかっこよかったぞ、ハルナ」
「えへへ……ありがと、パパ」
小さな体をぎゅっと抱きしめた瞬間、まわりの保護者が少しざわついたけど、どうでもよかった。俺にとって、この子は――世界一の“おほしさま”だ。